ウィル・ストレイト&アレス・オリンフォス――ボーイ・フェイス・ボーイ その1
「――――すぅ」
アレスは深く息を吸い、体に染みついた動きを実行した。
右手で刀の鞘を、左手で柄を握る。右足は後ろに下げ、左膝は沈め、体もそれに応じて深く屈める。
飛び出すことのみを前提とした抜刀体勢。
アレスにとっての基本姿勢。
この状態に雷属性の加速魔法をかけて斬撃を放つのが彼の基礎にして奥義。
だが、今はそれだけではない。
全身の軽科装と背後のフレームによる六枚翼が赤雷と共に鳴動。
アレスの疾走を補佐する。
息を吐き、
「―――ハ」
踏み出した瞬間、視界から色が去った。
魔法と科学により体感速度、身体強化、移動補正、それら全てが極限域まで強化。
神速を体現し、それに対応した動きを実現するために、色覚を捨てるほどの集中力を発揮しているのだ。
行った。
行って、
「―――!?」
赤い稲光の一閃は、既にウィルの肩を斬りつけていた。
彼の背後、後方五メートル程度の距離で静止して再びウィルへと体を向ける。
瞬発から疾走斬撃、反転までコンマ一秒にも満たない。
ウィルでさえも反応できない動きは、当然のように止まらなかった。
流れる様に右刀を納刀、左刀での抜刀体勢を取る。
全身で稲妻を宿し、
「――――≪纏雷縮地≫」
名の通りに。
雷光を纏い、地の道を縮めた。
やることは変わらない。
違うのは、向かう先がウィルの背だということだ。
色を失った世界では、まだ肩から噴き出した真っ黒な雫が宙を舞っている。
確かに入ったが、浅かった。
第三形態に移行し、跳ね上がった速度故に、僅かに斬線がブレたせいだろう。
次は通す。
「シッ―――!」
振るう。
右から左上。
確実にウィルの脊椎を断ち切る軌跡。
抜刀と斬撃の刹那には、思考の余地は無い。
刃は振るわれ、
「≪ペリドット≫!」
「―――!?」
色彩を失ったはずの世界に、緑が吹き抜けた。
紋様剣だ。
それは軽やかに宙を駆け、稲妻の通り道に割り込む。
光の線で剣の形を取っているだけのそれは、確かに斬撃と拮抗。
それが何なのか、アレスはすぐに理解した。
「フォンさんのか……!」
≪偽神兵装≫で強化されたアレスの速度域に追いついてくる風の紋様剣。
もとより、ウィルの属性特化変身はそれぞれが御影やトリウィア、フォンを模したもの。
その発展型というのなら、その剣がフォンの力を象徴していても不思議ではない。
「っ――!」
反撃として右刀を逆手で握り、即座に刀身を射出した。
≪纏雷縮地≫による上乗せが無くても、鞘の内部機構に電磁力による加速がデフォルトで備わっている。
故にその気になれば体勢が崩れていなくても、その射出力のみでも高速斬撃が可能だ。
「――――その翼に、追い付けないものは無く」
だが、それすらも紋様剣は反応する。
剣のような、翼のような鮮やかな緑の軌跡。
まだアレスの左刀が、直前の拮抗から立て直しきれていないほど僅かな間にも間に合わせていた。
「くっ……!」
咄嗟に背後にステップ。
まだウィル自身は振り返ってすらいない。
紋様剣が抜刀斬撃に追いつくなら、それを上回る速度と密度で攻撃をすればいいだけ。
判断し。
「――――≪サファイア≫」
軌跡が彩りを描くのを見た。
青だ。
速度が速いわけではない。
振り返ろうとしているウィルの肩越しに、青の紋様剣が遅いとさえ言っていいほどの速度でこちらに切っ先を向けた。
向けられたと思った瞬間、閃光が放たれた。
「そうなるか……!」
考えるまでもない。
トリウィアを模したものであり、彼女よろしく遠距離攻撃を担うもの。
閃光に見えたのは青く輝く高速の水流だ。
だが、今のアレスからすれば避けるのは容易い。
右に一歩分だけ体をズラすことで回避し、
「――――その瞳に、見通せぬものは無く」
水閃が、曲がった。
「あぁ!?」
真っすぐに飛んでいたはずの水閃がほぼ直角にアレスを追ってきた。
驚いて思わず、さらに背後に跳んだらまた軌道を曲げて追尾してくる。
「この追尾力……!」
流石に刀で切り払いながら、思ったことをそのまま口にした、
「帝国学会で伝説になったという素人質問事変の執拗さを再現したのか……!?
「あの探求心がトリィの魅力だよ……!」
「限度があるだろうが!」
言い返しつつ、赤雷を纏う。
≪纏雷縮地≫に追いつく速度の緑。
必中と見てもいい追尾の青。
そうなればもう一色が何なのかは考えるまでもない。
「天津院先輩……!」
「流石、分かってるね!」
「分からないわけあるか! それを言ったらスぺイシアさんの分どうしたんだよ!」
「≪ルビー≫―――――ッッッ!」
「あ! 誤魔化すなよ!」
やっと振り返ったウィルは右手に虹刀を、左手に赤の紋様剣を握っていた。
「っまずい……!」
アレスは即座の判断を敢行した。
対して、赤の剣は切っ先を地面に掠めながら火花を散らせ、
「その炎に燃やせぬものは無し……!」
炎閃が突っ走った。
●
アレスが展開した十字フレームは、炎熱斬撃が放たれた時には赤雷の盾となっていた。
それ自体が触れたものを焼き焦がす攻性防御は、
「っ……バ火力だと思ったぞ……!」
一瞬で蒸発した。
炎熱斬撃は、二段構えだった。
まず振り上げの一閃が盾に走り、それだけでは盾には大したダメージにはならなかった。
問題はその後。
刻まれた斬撃痕が爆発を起こしたのだ。
数メートルの火柱が上がり、フレームの盾は破砕。周囲に衝撃波をまき散らした。
「ふぅっ……!」
アレス自身は盾を展開した時には≪纏雷縮地≫で真横に数メートル移動していたから爆発には巻き込まれていなかった。
その上で、止まらない。
広がる爆風の前に再移動、背のフレームウィングで衝撃を受け止めながら加速。
三色の紋様剣の能力は把握できた。
その上で、やることは変わらない。
雷を纏い、駆けるだけだ。
●
アレスに対する迎撃は最早ウィルの意思を超えて行われている。
≪トリニティダイヤ≫は≪ルビー≫、≪サファイア≫、≪ペリドット≫の収束強化形態だ。
今のウィル自身に特別な能力が備わっているわけではない。
各形態の特化した身体能力をそれぞれに同時に発動し、現在のウィルにとって最高値の強化を得ているのだ。
膂力、思考速度、速力。
それぞれが極限まで高められている。
加えて三色の紋様剣。
防御破壊、必中追尾、最速反応。
通常時の≪
加えて、ウィル自身の長所である目の良さは当然据え置き。
間違いなく、今のウィル・ストレイトにとって最強形態と言っていい。
だが、
「速い……!」
爆発斬撃を回避され、さらには駆けだしたアレスに思う。
フォンのような目にも止まらぬ、というわけではない。
彼女とは違い、赤雷を纏うが故に移動の残滓が必ず残る。
だが、それだけだ。
ウィルの目をしてでも、追いきれず、気づいた時には赤い稲光が嘶くだけ。
「だからこそ、頼むよ……!」
神速には神速を。
アレスなら真っすぐに向かってくると信じて、風の紋様剣を走らせる。
「!!」
気づいた時には、眼前でアレスと風紋剣がぶつかり合っていた。
やはり今はまだ目で追いきれない。
それでもやりようはある。
故に、虹刀を握る力を込めて前に出ようとし、
「――――!?」
見た。
アレスが取った二つの動きを。
一つは振りぬいた左の刀を手放したということ。
そしてもう一つは、
「翼……!?」
「来い……!」
言った通りのことだ。
背に展開されていた六枚のフレームウィング。
その一つがアレスの手に飛来し収まり―――雷刃が射出された。
「抜刀……!」
「トリィ!」
叫んでから本人の名前を呼んでしまったと気づいたが、そっちの方がテンションが上がる説もあるので良しとする。
実際、水紋剣は叫びに応えてくれた。
水閃が放たれ、抜刀と同時に着弾。
握られていた刃を弾き飛ばす。
凌ぎはしたが、問題は解決されたわけではない。
「その翼も、君の刀……!?」
「素直に教える馬鹿がいるか!?」
「僕は言えるよ! 赤は御影、青はトリィ、緑はフォンの!」
「さっき種明かししたしそれは基本的に説明になってないだろうが!」
一瞬納得しかけたが、アレスにはちゃんと伝わっているのでこれは問題は無いだろう。
問題はアレスのフレームウィングだ。
ウィングの根元が柄になっていて、そこから刃が射出された。
つまり、それ自体が抜刀機構となっている。
腰の二刀を合わせ、合計八刀流。
それは、
「マキナさんが喜びそうじゃん……!」
「風評被害で訴えるぞ―――!」
●
アレスは八刀の内、七を切り捨てた。
フレームウィングから発生する刃は稲妻が刀の形に固定化されたもので重さはほとんど無く、ウィングの柄自体も非常に軽量。
さらにはどんな体勢でも背から手中に収まってくれる。
結果的に斬撃を繰り出し柄を放棄。自律飛行で自動納刀されることで、
「食らい尽くせ……!」
一瞬の内に八撃を繰り出すことが可能になる。
だがその内、順に繰り出す七撃は、ウィルの紋様剣によって阻まれる。
「っつ……!」
最初の三撃は風紋剣に撃ち落とされた。
次の二撃は鋭角軌道を描く水紋剣の狙撃によって雷刃を撃ち抜かれている。
続く一撃は炎紋剣の斬撃が刻まれ、爆発する前に雷刃自体を消失させることで爆撃を回避。
風紋剣の速度は今のアレスでも意味が分からない速度域で最速斬撃三回でやっと対処できる。
水紋剣の狙撃にしても異常な精度でこちらの動きを先読みしているのか抜刀しようと思った時には刃に着弾していた。
特に炎紋剣は完全に一手分の攻撃を潰されているが、まともに受ければ耐えるのは難しい。
故にこそ、
「一刀、専心……!」
最後の一太刀を以て、ウィルに届かせる。
元より唯一つのことに全てを懸けるのはアレスにとっては当然のことだ。
むしろこの他の斬撃を迎撃されることを前提とできるが故に、さらに速度と鋭さを上乗せできる。
なのに、
「ここに来て、まだ……!」
「当然……!」
届いていない。
ウィルの反応速度が上がっている。
音速の数倍の雷閃に、虹刀を確実に合わせ撃ちあってくる。
「ちっ……!」
つい先ほどもアレスに追いつくように飛躍的に剣術の技量を上げて来たが同じことが起きている。
そして、改めて思うことは、
「嫌味か、アンタそれ!?」
「ごめん、もう何を指しているのか全然分かんないや!」
彼の剣術は、あまりにも正道が過ぎる。
アレスの場合であれば、極端な前傾姿勢から移動を兼ねた抜刀剣術。
父から教わった≪オリンフォス式戦神術≫も所謂必殺技として会得しているが、それも含めて通常の剣術体系から見れば邪道と言うか一極特化しすぎたものだ。
対して、ウィルのそれは基本の形に恐ろしく忠実だ。
決められた形を、アレスの攻撃に応じて繰り出す。
言葉にすれば簡単だが、実行することは簡単ではない。
三流は型通りに動くのがやっと。
二流は型を正しく出せるようになる。
一流であれば状況に応じて最適な型を使いこなし、咄嗟のアドリブすら繰り出せる。
そういう意味ではウィルは間違いなく一流に到達していた。
「お」
どんな角度、姿勢から最速抜刀を射出しても確実に彼は刀を合わせてくる。
故に、アレスはその完璧を崩そうと速度を上げ、
「おぉ―――」
ウィルもまたそれ追い付き、
「おぉ……!」
激突は苛烈さを増して行った。
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