ウィル・ストレイト――僕は君の――
落下した先は、学園にある時計塔の正面だった。
開けた場所ではあるが故に、人影はない。
だから止まらなかった。
「あぁ……そうだ! そうだよなぁ、アンタは!」
≪第二・進軍戦型≫と変化、一刀を握りしめながらもアレスは叫ぶ。
「なんのことですか!?」
ウィルもまた、属性特化の姿ではない黒衣と虹刀を以て答えた。
「教えてください! どうして……どうして僕を憎むんですか!? 僕を苦手と思っていたのは知っています! なんなら嫌われているとも思っていました! だけど! だけどどうして!?」
斬撃が高速で交わされ合う。
アレスの一刀は正確にウィルの命を狙い、ウィルはアレスの動きを止めようと刀を振るう。
属性変身をしていなくても、もはや技量は互角に近い。
「っ……!」
その動きに、アレスは思わず歯噛みした。
ちょっと前まで刀という武器での戦いなら、アレスが勝っていた。
なのに、ほんの少しの時間ぶつかり合っただけでこれだ。
己の動きを見取り、自分のものとする。
ウィル・ストレイトにはそれができる。
「ぁ……のっ……!」
喉から叫びが漏れそうになった。
胸の奥に溜めていた暗い感情。
この一年ずっと蓋を閉じていた闇。
言ってはいけないと、叫ぶにはあまりにもみっともないと思っていたものをなんとか抑え、
『――――言ってやると良い。お主はもはや、何も抑えなく良いのだからのぅ』
「―――どうしても何もあるか!」
気づいた時には叫んでいた。
「アンタはそうだ! いつだって! どんな時だって! 何もかもを手に入れている!」
「何を―――」
「俺はずっと見て来たんだ!」
握る刃には過剰な力がこもり、しかし≪偽神兵装≫がそれをアジャスト。
最適な行動として、ウィルを殺害するために実行させる。
身体はもう勝手に動き、故にアレスは全てを吐き出した。
「愛しい人と結ばれ!」
春にアルマと。
夏に御影と。
秋にトリウィアと。
冬にフォンと。
「敵とさえも、分かり合って!」
バルマクとは奇妙にかみ合った会話をしたり。
ディートハリスとは親戚として。
シュークェとは彼の一族の恩人として。
本来恋敵であるはずの彼らとも、最終的には良好な関係になっていた。
「多くの人がアンタを応援して!」
学園の生徒も教師も。
王都の人々も。
ウィルを応援していたし、今まさに背中を押している。
「アンタはずっと―――光の中を歩んできた!」
「だから何だって言うんですか!」
「――――俺は違う!」
叫びは引き裂く様なものだった。
言っていることが情けなさすぎるのに、体は止まらない。
むしろ、赤雷は勢いを増していく。
「俺は違う! 俺は違う! 俺は……違うんだ! 誰も俺の背中なんて押してくれない!」
世界に対する背反者の息子だから。
それを自分は理解している。
だから誰とも距離を取るようにした。
「俺のことを知れば、誰もが敵になる!」
魔族に乗っ取られた英雄の息子だと知られたなら。
ほんの少しだけ繋がりがある人にも、見放されるかもしれない。
それが、ずっと怖かった。
「誰よりも、愛しい人とも―――彼女にも会えやしない……っ!
ヴィーテフロア・アクシオス。
ずっと離れていたけれど。
幼い日々、彼女と過ごしたことは忘れていない。
彼女と交わした約束を。
彼女だけの騎士になるという誓いを。
それはもう、果たされることはない。
果たされてはいけないのだ。
『そうじゃのう。仕方ないのぅ。だったらどうするべきか今のお主には分かるじゃろう?』
「―――だからこの世界を、壊さないといけないんだ……!」
自分は何を言っているのか。
八つ当たりだ。
あまりにも醜い嫉妬だ。
ずっと心の奥底で淀んでいたものだ。
それを今、止められない。
「だから……!」
叫び、刀を振るう。
刃が、稲妻が。
アレス・オリンフォスの感情が、
「アンタのことがずっと嫌いだったんだ―――――!」
ウィル・ストレイトへと到達した。
●
「――――!」
ウィルがまず感じたのは、ぞっととするような冷たさだった。
すぐにそれは熱になり、左鎖骨から右脇腹に刻まれた線から血が噴き出す。
瞬間的な失血と呼吸の静止に、一瞬意識が遠くなりかけ、
「っ……ぁ……!」
精神力で無理やり己の意識を繋ぎとめる。
「はぁっ……はぁっ……はぁっ……!」
「っ……はっ……はっ……!」
荒い息は、自分だけでは無かった。
思わず膝をついてしまった自分とは違い、アレスは両足で立っているが呼吸は乱れ、科装のあちこちからは蒸気が噴出している。
王都での戦闘が始まって数時間分の疲労が、一気に襲い掛かって来た。
激痛と倦怠感はこれまで感じたものの中で、最も強烈だ。
今すぐにでも倒れたくなる。
だけど、そんなことはできない。
「っ……それが……君の、本音ですか……?」
やっと彼の言葉を聞けたから。
「あぁそうだ! アンタのことが大嫌いだ!」
赤毛の少年は、これまで見たことのない様子だった。
あまりにも荒々しく。
あまりにも悲痛に。
「何もかも、俺が手に入れなかったものを持っている! アンタはずっと自由で、俺は運命に縛られて! 何も手に入れられなかった! なぁ、おい。分かるかよ、アンタには!」
見つめても、彼の目は隠されて見えなかった。
だけど。
ウィルはまるで、彼が泣き叫んでいる子供のように見えた。
「何もない自分が……アンタが何もかも手にするのを見せつけられるのを! 打ちのめされた! 見せつけられた! 俺じゃあダメだって! 俺はアンタには絶対に届かないんだって! 俺には……俺には……彼女と会えないんだって! アンタがいる限り、俺はずっと負け犬なんだって」
「…………だから、僕を殺すんですか?」
「そうだ!」
アレスは表情を歪め叫ぶ。
「――――」
対して、ウィルは顔を落とし、ただ一度息を吸った。
長く吐き出し、顔を上げ、
「それでも――――僕は君のことが好きですよ」
首を小さく傾けて、笑いかけた。
「――――」
「君が僕のことを嫌いでも、僕が君のことを好きだということも、友人だと思っていることも、大切な後輩であることは何一つ変わりません」
ふらつきながらも立ち上がる。
止まるわけにはいかないから。
「だから、君を止めるよ―――アレス」
「…………せん、ぱい」
「うん。僕は君の先輩だからね」
彼の話は聞けた。
悪意を以て吐き出されたものだとしても、彼の言葉であることは変わりない。
だったら、今度は自分の番だ。
我ながら悪い癖だとは思うけれど
彼が止まれないのと同じように、自分だって止まれない。
「我がままだけどね」
苦笑し、
「僕の幸福には、君もいて欲しいんだ。だから、うん。乱暴な言い方だけど……張り倒してでも、君を止めるよ」
「…………俺は、アンタを殺す」
「ダメだよ。殺させないし、殺されない」
「アンタの幸福に、俺はいない」
「それを決めるのは僕だから」
「アンタの近くにいたくないんだ」
「僕は君にいて欲しいんだ」
「俺がこんなことをしても?」
「マキナさんには後で謝りに行こう」
「あいつも嫌いだ」
「えーと……それは……悪い人じゃないよ?」
「鬱陶しいだろ」
「まぁそういう時があるかもだけど。頼りになるでしょ」
「……アンタには、もう沢山の人がいる」
「君も必要だ」
「俺に必要なのは、一人だけだ」
「なら、その人も一緒に」
「………………話し合おうとか最初に言ったが、聞く気ないだろ」
「話し合うなら、ここじゃなかったね」
きっと。
相応しい場所がある。
それは御影やトリウィア、フォンにアルマ、パールやイザベラもいる場所で。
彼が淹れてくれたお茶なんかを飲みながらがいい。
「だから今は、全部ぶつけて良い。僕は全部受け止めるよ」
ウィルは笑って、右手を横に突き出し、
「――――あぁ、本当に。アンタのそういう所が大嫌いだ」
アレスは吐き捨てながら、刀を軽く振って。
二人は自らの力を行使する。
『アッセンブル―――――トリニティエレメンツ!』
ウィルが右手を握りしめた瞬間、周囲に三枚の魔法陣が発生。
赤、青、緑。
三方向から彼を包み、光に包まれる。
『≪
アレスが自らの神の名を告げた瞬間、纏うフレームの全てが分離して周囲に展開。
赤黒い稲妻で繋がり合い、雷光が迸った。
そして。
『―――――≪トリニティダイヤ≫ッッ!』
『≪
ウィル・ストレイトとアレス・オリンフォスは、今の己における最高の姿を持って相対した。
「きっと、君のことが好きなのは僕だけじゃないよ」
ウィルはこれまでとは違い白を纏っていた。
握る刀は変わらず、戦闘装束だった黒の胴着の色違いだが、肩幕は腰に広がる短いマントとして移動。
白の衣には所々に赤、青、緑の金属パーツが張り巡らされている。
大きな違いは彼の背後だった。
紋様剣だ。
燃える炎のような。
深い水の流れのような。
羽ばたく翼のような。
それらを模した三色三種の紋様剣が片翼のように左肩の後ろに広がっている。
それまでの変身は単一属性の特化だった。
これは違う。
御影の炎、トリウィアの水、フォンの風。
三つの姿、三つの属性を融合させた今の彼にとって最大最高。
「アンタは惚気ないと戦えないのか?」
アレスはこれまでと同じ黒を纏っていた。
変化は体に装着されたフレームの大半が外され、軽装になっていたこと。
両手両足や関節部保護の最低限の装甲以外は体に張り付く様なアンダースーツであり、両腰には機械刀を佩いている。
大きな違いは二つ。
目元を覆っていたバイザーが外れ、赤い瞳が露わになっていたこと。
そして彼の背後二本三対、計六本のフレームが翼のように広がっていたことだ。
赤雷の双翼。
それぞれ左右三本同士の間には薄い光の膜が張られて、スパークを弾けさせていた。
「まだ、足りないくらいだけどね」
「……そう言う所も嫌いだ」
やっと二人の視線が交わる。
黒は真っすぐに見据え、赤はうんざりするように見返す。
ウィルは苦笑し、刀を構えた。
アレスは何も言わず、右刀の柄に手を添えた。
「それじゃあ」
「あぁ?」
「もっと君のことを教えて欲しい」
「言ったら何か変わるのか?」
「君がすっきりするよ、多分」
「…………あぁもう、勝手な人だなアンタは」
「よく言われる」
「ちょっとは直す気になれ――――!」
そうして。
二人の少年は、己が全ての激突を開始した。
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