ウィル・ストレイト――僕は君の――

「えぇ、お待たせしました。アレス・オリンフォス」


 静謐すら伴った彼の言葉を聞いた瞬間、アレスは飛び出していた。

 ≪第二・進軍戦型≫移行により巨大化した二刀はフレームが分離し、刀を佩くように腰にジョイント。

 刃渡り一メートル程度、対人用の機械二刀に変形する。

 脚部装甲の足裏から赤雷を放出する加速器の速度に乗り、彼我の距離を一瞬で詰め、


「……!」


 ×の字に振り下ろす。

 言葉は、作れなかった。

 だが言語化できない激情は斬撃となり、


「――――」


 ウィルの虹刀が正面から受け止める。

 激突による衝撃は、周囲の瓦礫らを吹き飛ばす。

 それでも。


「アレス君」


 細められた黒い瞳は何かを言いたげながらも、静かだ。

 二刀を押し込み、一刀に押し返され、


「言いたいことがあるなら言えよ、ウィル・ストレイト……!」


「―――」


 赤雷のスパークが二人を中心に弾ける。

 

「……分かりました。君の事情は、マキナさんから聞いたんですが」


 彼は息を吸い、小さく首を傾げた。


「――――――それはそうと、なんでそんなに僕に対してキレてるんですか? 会話から始めようと思ってたんですけど」


 怒りのあまり、二刀を力任せに振りぬいた。




《id:r3966》3966:《color:#008000》二年主席転生者/color

めっちゃキレゲージ振り切れたんですけど、僕なにかしました!?

《id:r3966e》 

《id:r3967》3967:《color:#008000》ステゴロお嬢様/color

言いたくないけどそう言う所ですわよー!?

《id:r3967e》 



「アンタの、そういうところが……!」


 吹き飛ばしたあと、地面を削り滑るウィルを追って飛び出しながら、体を回す。

 二刀を地面と平行に揃えれば、刀同士が合一。

 刃渡りは倍に、刃幅は三倍の巨大刀になったそれをぶち込んむ。

 横一文字の大斬撃。

 赤の斬撃は体勢を立て直していたウィルへ放たれ、


「――――≪ルビー≫!」


「!」


 赤の魔法陣がそれを受け止める。

 斬撃は回転から放った都合、ウィルから見れば右斜め前から差し込まれていた。

 それに対し刀を握ったままに掲げた右手の先に展開された魔法陣。

 受け止めたのは一瞬だ。

 防御というよりも瞬間的な間を生んだだけ。

 その間の間に、魔法陣は斬撃よりも早くウィルを通過し、


『≪光彩流転カレイドスコープ≫―――≪花紅グラニット≫!』


 刀から大戦斧に、黒の戦装束から赤の鬼装に。

 武器と姿を変化させるのと大斬撃が受け止められた。


「天津院先輩の……!」


 言うまでもなく知っている。

 ウィルの固有魔法による能力、武装、姿の変身。

 天津院御影との絆の発露。

 それを初めて見せた時、アレスもまたその場に立ち会っていた。

 そうだ。

 ずっと、アレスはウィルの足跡を見ていた。

 だからこそ。


「俺は、アンタが……!」


「アンタが……って、僕がなんですか!?」


 少年が問いかけ、


「――――知るか!」


 少年は答えなかった。


「なら―――」


 そして。


「聞かせてもらいます……!」


 真っすぐに、彼は来た。





 ウィルは自らの力を振り絞った。

 二色の赤が激突し合い、衝撃の花を咲かせる。

 片や灼熱の戦斧であり、片や雷撃の大刀だ。

 灼熱が守り、雷撃が攻める。

 ウィルは向上した膂力によって、アレスは全身の加速器の補助によって大振りながら高速でぶつかり合う。

 

「っ……!」


 対峙するアレスの目元はバイザーで覆われていて見えない。

 分かるのは固く結ばれた口元だけ。

 今分かっていること、つまりはマキナを通してアルマから念話で送られたことは限られている。

 アレスが洗脳されたのか、或いはこれまでの鬱憤が爆発したのか―――或いは、元々裏切っていたのか。

 最後のそれは可能性としては存在しているが、元よりウィルは信じていない。

 分かっているのはただの事実と結果。

 そこに込められたものを、自分はまだ知りえてない。

 だから、


「知るために……!」


 燃え盛る力を振るう。

 動きを変える。

 防御主体から攻撃主体に。

 前に出る際、足裏で爆発を起こして加速。

 既に放たれていたアレスの斬撃に合わせ、


「爆ぜろ……!」


 力任せに押し込み気味に振りぬいた。

 想いを、心を、希望を咲かせるように。

 この赤は、それができる色だ。


「はっ……!」


 大刀が跳ね上げられ、しかしアレスは笑った。

 それでこそだと言わんばかりに。

 後ろに大きく後退しつつ、しかし体勢は崩さず、


「あぁ、それでいい! 俺は、アンタを斃さないと駄目なんだ……!」


 大刀を手を離した。

 

「!」


「オリンフォス式戦神術――――」


 新たに手にしたのは両腰にジョイントしていたフレーム。

 アレスが逆手で握れば、展開し小太刀サイズの二刀になる。

 抜刀と同時に、振りぬいた。


「―――十式・移ろい風息!」


 逆手抜刀から放たれたのは乱斬撃六閃。

 迫るそれに対しウィルはほとんど反射で動いた。


『≪サファイア≫――――≪光彩流転カレイドスコープ・フューリーズ≫!』


 右手を握ると同時に体を回しながら跳んだ。

 それを迎える様に青の魔法陣が展開、くぐり抜けて変身が完了する。

 青のコート姿、アンダーフレーム眼鏡、右目には青く浮かぶ十字架。

 さらに赤い大戦斧もまた青の二丁拳銃として姿を変える。

 かつてトリウィアと戦った時は魔法による武装形成だったが、≪極虹鍵ビフレスト≫の形状変化により実体を得ている。

 それを、回転と共に振った。

 アクロバットな側宙でアレスの乱斬撃にあった隙間に飛び込みつつ、二丁拳銃と両足で打撃。

 砕いた。

 着地し、


「――――!」


 迫るアレスの二刀斬撃を迎撃する。

 

「おぉ……!」


 逆手二刀の速度は高速の一言だ。

 もとより普段から雷魔法による移動と抜刀術による高速斬撃を得意としていたアレスだが、≪偽神兵装≫による補助もあり、その速度はさらに上がっていた。

 今のウィルを完全に上回っている。


「フッ―――」

 

 それでもウィルは焦らない。

 迎撃と同時に展開した水の衣を防御手段として増やし、超高速の動きを観察、理解、先読みすることで速度差を穴埋めしていく。

 もとより目は良く、この姿はそういった分析と対処に適した姿だ。

 深淵に沈みながら己のものとする叡智。

 即ち、


「愛しき祝福よ……!」

 

 数秒間に交わされた攻防は百に届いた。

 その全てをウィルは完全に捌き切り、


「アンタは……!」


「―――?」


 アレスは表情を歪める。

 何故かは分からない。

 だが疑問について考える暇はなかった。


第一ファースト開戦戦型マーク・ボレアス!』


 重装を纏う騎士が空へと飛びあがったからだ。







『≪ペリドット≫―――≪光彩流転カレイドスコープ・エアリアルプリズム≫!』


 薄緑の魔法陣を通り、また姿を変える。

 鳥人族のような黒い袖無しと臍出しの戦闘着。

 首元には風に吹かれて棚引く濃い黄色のマフラー、露出した腕や腹筋にはそれぞれに流線形の刺青がある。

 青かった右目は、やはり薄緑に。

 変身と同時に空に上がり、


「拙い……!」


 しかし、気持ちは穏やかではない。

 先ほど戦っていた闘技場の跡地はまだよかった。

 上空の戦いもまだいい。

 だが、この後またどこか学園内の別の場所に降り立ったら良くない。 

 現在の学園は人々の避難場所になっており、そんなところで戦うわけにはいかないのだ。

 地上で戦えるとしたら、人々の避難所になっていない場所。

 幸いと言うべきか、来るまでに確認した限りでは屋内や地下の空間が使われているようなので、場所がないわけではない。

 それでも今の自分とアレスがやりすぎれば余波でどんな被害が出るのか。

 彼は分かっているのかいないのか。


「分からない君ではないでしょう……!」


「っ……!」


 一瞬、その声は迷いを見せ、


「――――俺にはもう、関係ない……!」


 次の瞬間、その迷いは切り捨てられ、両肩の砲口が光を放つ。

 赤雷砲撃を避けるのは、今の姿なら容易い。

 だがそうすれば地上に着弾することもある。

 なら、


「速く、高く、強く……!」


 飛んだ。







「あれは――」


 学園に避難している誰かが、空を見上げて呟いた。

 薄緑の翼と黄色の尾を靡かせ、赤雷を砕いていく。

 彼らは少し前のマキナとアレスの戦いも見ていた。

 だが、上空で行われていたこと速度域、さらには一部目で追えたものもどちらも全身を覆う科装故に誰なのかは分からない。

 敵味方なのかも判断できず、怯えることしかできなかった。

 だが、


「―――生徒会長だ」


「ウィル・ストレイト……!」


 誰かがその名を呼び、空を見上げた。

 地上に向けられる光を砕き、学園全体を守っている彼の姿を。

 空において、緑は時に赤になり、青になりながら、落ちてくる赤雷の砲撃の全てをカバーする。


「おぉ……!」


 ある人は水の槍から守ってくれた少女を思い返した。

 ある人は劇場から逃がしてくれた少女を思い出した。

 ある人は絶望を燃やして夢に舞う少女を思い出した。

 誰もが知っている。

 彼女たちと彼の繋がりの深さ。

 もとより二年前に王都に彼が現れてから、その全系統保有ということで噂で持ち切りだったし、それ以降も話は終わらなかった。

 今年一年、街は彼の話で持ち切りだ。

 夏には聖国を救い、皇国の王女と婚約。

 秋には帝国の大貴族と友誼を結び、世界一の才女との婚約。

 冬には≪龍の都≫を守り、鳥人族代表とも婚約をした。

 栄光とロマンスに溢れ、学園での人望は言うまでもない。

 そのことを多くの人が知っている。

 だから、どんな状況なのか分からなくても信じれることがある。

 それは。


「彼が―――戦ってくれている」

 

 どうして? 

 そんなの簡単だ。


「僕たちを―――誰かを守るために……!」


 誰かが、或いは誰もが叫んだ瞬間に。

 赤が緑に追いつき、二つの色は大地へ落下した。


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