アルマ・スぺイシア――エメラルドの魔法――
「≪
「≪
「――――≪
デメテル、ヘスティア、アテナの三人は最初から全力だった。
アルマ・スぺイシア。
3人とも直接対面をするのはこれが初めてではあるが、ヘラから父であるゴーティアが語っていた危険性を知っている。
曰く、次元世界最強の魔法使い。
ゴーティアたち次元を渡り歩く者の天敵。
異なる世界の力を手にしてもなお、勝てる見込みが無いということは分かっている。
だが、
「はははははは! だが、罠には掛かってくれたなぁ!」
デメテルが纏うのは全身を覆う重装甲だった。
元々大柄な体をさらに包み、全高三メートルほどの科装。
両肩から太い角を生やした姿はまるで機械化した猪のようでもあった。
アーマーの表面には樹の蔓がまとわりつき、二重の装甲を為していた。
「―――ヒヒッ。じゃなきゃ死ぬだけ、だ」
ヘスティアが纏うのはほとんど装甲を持たない軽装備だ。
科装仕様の競泳水着のようなボディスーツの上から白衣。
耳を覆うヘッドギアから伸びるセンサーイヤーと太ももまでのロングブーツは驢馬を思わせるもの。
白衣の下や両手の指の間には電熱ブレードのメスが何本も収まっている。
「―――」
アテナが纏うのは騎士らしい中装甲だ。
それまでの騎士甲冑が科装らしい鋭角的なデザインにリメイクされたと言うべきだろうか。
随所に猛禽類、それも梟の衣装があり、口元意外を隠すバイザーが備わっている。
両手には細見の科装剣が握られ、銀光を放つ。
重軽中、猪驢馬梟。三者三様の偽神たち。
「―――!」
三人が同時に攻撃を放つ。
デメテルは纏わりついた蔓を槍のように射出して。
ヘスティアは十指で挟んだ電熱メスを投擲して。
アテナは双剣を振り、十数の剣閃を放って。
単純だが、しかし牽制というには苛烈な三種の攻撃はアルマへと殺到し、
「――――アッセンブル」
展開された七色の光が弾き飛ばした。
七色七枚の円形魔法陣。加えて複雑な文様が刻まれた帯状魔法陣が彼女の周囲を包み込む。
魔法陣がそれぞれ独立し、彼女の周囲を巡って軌跡を描いた。
「ギャザリング―――」
光の中で、アルマが手にしたのは万年筆だった。
艶の無い黒地に二つの銀の糸が螺旋を描く様な装飾がされたもの。
アルマの誕生日に、ウィルがくれたもの。
宙に線を描くように、軽く振るい、
「―――アルテマ・エレメンツ」
その軌道に従い、彼女の魔導着が光に包まれた。
ペン先が触れれば纏うマントが消え、次に胴着、黄金のブローチ、アームカバー、ブーツと順番に。
首のチョーカー以外の全てがほんの一瞬だけ消え去り、次の瞬間に再構成を開始した。
虹の光が集まってミュールになり、アームカバー、ドレスを形成し、かつて王城の舞踏会で身を包んだプリンセスラインドレスとよく似たものに変化する。
違いは濃い翡翠と白の色。
トレードマークのマントの代わりにはシースルーのケープが肩を覆い、頭部には花を模した髪飾りも。
さらには銀の髪が腰まで伸び、先端に行くにつれて翡翠のグラデーションを生んだ。
最後に、変わらぬチョーカーの鍵を弾けば澄んだ音。
それ共に手の中の万年筆が光となって弾け、背後にさらなる形が作りだされる。
赤青緑橙黄白紫。
七色の翼のように背後に広がったそれは、ウィルから貰った万年筆を模した筆剣。
そうして、彼女の変身が完了した。
虹が重なった翡翠の風が周囲に吹き荒れ、真紅の瞳が輝く。
笑みは不敵に。
その名を告げる。
「――――≪シュプリーム・エメラルド≫」
その姿こそがアルマ・スぺイシアの究極魔法。
七属性全てを同時展開した、ウィル・ストレイトの系統収束の完成形。
かつて魔人ル・トを下した姿が、ここに降臨する。
「おいおいおい! なんだあれは! テレビ? のアニメ? だかあぁいうのちょっと見たぞ! マジカル少女戦士!」
「言ってる、場合か……!」
「ッ―――!」
翡翠の魔術師に対し、真っ先に飛び出したのはアテナだった。
思わず叫んだデメテルに思わず突っ込んだヘスティアに構わず駆ける。
姿勢は低く、両手に握った剣を背後に流しながら。
「へぇ、中々速いね」
アルマの前へ一瞬で到達し、双剣を振るい、
「散れ……!」
言葉通り、剣閃が散った。
刹那の間に放たれた数は三十。
≪偽神兵装≫による権能や科装による機能でも、魔法ですらない。
無論、兵装による前提の身体強化は強烈に掛けられているが、それでも根幹を為すのは純粋な彼女の技量。
魔法と戦闘術が前提で融合したこのアース111では極めて珍しい剣術で、
「―――これも中々だね」
「―――え?」
バイザーの奥で、アテナは目を見開いた。
繰り出した三十の高速斬撃。
その全てをアルマは手刀で一つ一つを完璧に捌き、受け流していたから。
「ぁ―――」
次の瞬間には、声を後ろから聞いた。
≪偽神兵装≫の感覚素子が全く感知できない動きで背後にアルマは現れ、
「はい、お疲れ」
ぱちんと、指が鳴る。
次の瞬間には七色の筆剣がアテナの全身を貫き、その場から吹き飛ばした。
「ぬおおおおおおおおおおおおお!!」
続いて咆哮と共にデメテルが大きな両の拳を叩きつける。
一息にジャンプして来た勢いで叩き込んだ衝撃は、敷かれていた古い石畳を爆砕し、
「ぬぅ……!?」
既にアルマはいない。
彼女もまた跳躍し、中空で姿勢を整えながら離れた石柱の側面に着地。
石柱と垂直に一瞬停止し、
「―――!」
顔を上げ、真紅の瞳が輝いた。
行く。
跳躍は、筆剣と伸びた長髪により、虹と翡翠の残光を描く。
真っすぐにデメテルへ駆け抜け、
「息吹け、大樹よ……!」
対する重鎧の右腕に蔓が集い、巨大な拳を作りだす。
≪
それは膨大な生命力の発露だ。
超再生と身体能力の超活性、それと同時に身にまとう植物を自在に操作し攻防一体と武器とするもの。
≪ディー・コンセンテス≫においてその耐久性は随一であり、だからこそ時間稼ぎという点においては最適な人選だった。
龍の突進を上回る威力の樹拳が飛来するアルマへと、カウンター気味に放たれる。
対し、その直前で彼女は着地、大質量に対して掌を掲げ、
「―――!?」
「軽い」
ぴたりと、受け止めた。
衝撃は風となってアルマの背後に駆け抜けたが、ただそれだけ。
「よっ」
続く動きは軽いものだった。
拳を受け流したのは手首の軽いスナップ。
「うおっ!?」
だがそれだけでデメテルは体勢を崩し、前につんのめる。
そして見た。
懐で、舞う様に背を反らす少女を。
動きは美しく、ゆっくりとさえ言える。
まるで女神のように優雅に。
地面と平行になるほどに体を反り、可愛らしい膝が差し出され、
「ふっ―――!」
鋭い呼気と共に足先が跳ね上がった。
「あぼぉっ……!?」
爪先がデメテルの腹部にめり込み、潰れた蛙のような声が漏れた。
直後、衝撃が炸裂する。
全高三メートルの科装と樹木の二重装甲を破砕し、天上へと跳ね上がった。
天井に激突した時にはデメテルの意識も≪偽神兵装≫も既に消失し、アルマの蹴り上げの威力が強すぎて天上に張り付いたまま落ち来なくなっていた。
「―――おっ?」
「滅茶苦茶、か……!」
蹴り脚を下ろしたと当時に、アルマの周囲に突き刺さるものがある。
ヘスティアの電熱メス。
アルマを囲んで石畳に突き刺さった数は十二。
「開け、ウェヌスの祭壇……!」
ヘスティアの叫びと共に、メス同士が赤い光で繋がれた。
≪
ヘスティア、ウェヌスとは炉を司る神であり、その能力もまたその概念を模している。
アポロンの日輪のように直接燃えるのではなく、熱という概念を起点として結界を作りだすことも可能だ。
味方がその領域に収まれば心身を温める暖炉のように体の傷を治し、敵を収めれば焼き焦がす焦熱の炉となる。
「っ……!」
ヘスティアも必死だった。
展開した正十二角形の方陣は攻撃目的というよりはアルマの動きを押し留めるためのもの。
動きを止めることで、あっという間にやられてしまったデメテルとアテネを回復させなければならない。
能力の発動媒体であるメスから伸びる光が結ぶまで約二秒。
光が繋がり合い、
「―――欠伸が出るね」
七色が駆け抜け、
「…………あぁ?」
何も起きなかった。
「なに、を―――?」
「君が張ろうとしていた結界を書き換えた。これ、ペンに見えるのは別にハッタリじゃないんだよ」
「―――」
当然のように、アルマは言葉を並べる。
やったことはただその通り。
紋様の筆剣はそれ自体が魔法発動媒体でもある。紋様は圧縮された術式であり、自律駆動するそれぞれの属性の乗算式結晶体。
同時に形通りのペンとして魔法術式を刻み、構築もできる。
だから、ヘスティアの能力を無効化したのもそれだ。
ペンとしてヘスティアの結界に直接介入し無効化したというだけのこと。
「そんな、ことが……! ≪偽神兵装≫の権能は、この世界にはなく、ゼウィス・オリンフォスが雛型を作り……ヘラ母様、が、完成させた、ものを、私が発展、させたのに―――」
「おいおい」
苦笑しながらアルマは右手をヘスティアへと突き出す。
人差し指と中指を立て、その先に筆剣が舞った。
一瞬だ。
筆剣が軌道を描いたと思った時には、指先に複雑に編み込まれた紋様の術式が既に完成されている。
曲がりなりにも≪偽神兵装≫を作っていたヘスティアには分かる。
その完成度と美しさが。
自分が同じものを作ろうとした何か月もかかりそうなものを、アルマは文字通り一瞬で作りだしてしまう。
「―――だから、簡単すぎるんだよ」
指先が光る。
光は魔法陣を通り砲撃となってヘスティアを飲み込んだ。
●
「――――大したものですね、全く」
「そうかい?」
聞こえて来た声に、アルマは振り返った。
ヘスティアは砲撃を受けて壁にめり込み、デメテルも天井に張り付いたまま。
そして気絶したままアテナを膝に乗せ、頭を撫でているのは、
「ヴィーテフロア・アクシオス」
「えぇ、アルマ・スぺイシアさん」
セーラー服にも似た修道服姿のヴィーテフロアだ。
彼女は自分の騎士を優しく撫でながら周りを見回す。
「この子は勿論、デメテルもヘスティアも。戦えば『二つ名』持ち数人だろうと容易く倒せるとか、うまくやれば一国の軍も制圧できるとかの触れ込みだったのですけれど。貴方を相手の対策も、まるで意味を為さなかったようですし」
「次元封鎖のことかい?」
肩を竦めたアルマは一瞬光に包まれ、元の赤マントと青の魔導着に姿を戻し、
「対策になってないんだよね、それ」
ため息を一つ。
「多分ゴーティアから聞き齧ったことをそのまま使ったんだろうけど、次元封鎖が効くのは僕が他の世界にいる時だけだ。別のアースから転移する分にはちょっと困るけど、もうその世界にいるなら自前の魔力と魔法でどうとでもできるわけだね」
「あー……なるほど。別にそのアカシックライトとやらが使えなくても、この世界の魔法は使えますものね。それにしたってここまで瞬殺とは思いませんでしたけど。なんですかさっきの姿」
「ウィルと合わせたんだよ」
「おぉ……! その話、もうちょっと詳しく聞きたいですね……!」
ヴィーテフロアは一瞬、顔を喜色に染めるが、
「それよりも、ヘラはどうした?」
「ここのさらに奥にいます」
アテナを膝から下ろしたヴィーテフロアは立ち上がり、ホールの奥を指差した。
明かりがなく、暗がりが広がっているが、
「正確に言えばこの地下ですね。地脈へ直接干渉できる儀式場があります」
「はぁん、なるほど。悪の親玉はそこで仕上げをしているというわけか」
「えぇ―――お伝えした通りです」
だからと、ヴィーテフロアはにっこりと笑う。
無垢な少女のようであり、魔性の妖女のようでもあるほほ笑みで。
「後は――――貴女が全て解決すれば御終いです」
「いいや」
「――――?」
アルマもまた笑った。
眉を顰めたヴィーテフロアに対し、肩を竦めて言った。
「悪いが――――君の計画はご破算にさせてもらおう」
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