天津院御影――夢に燃える―― その2



 見届けなければならないと、御影は己を奮い立たせた。


『ナゼ―――?』


 この三鬼子の慟哭と悲嘆を。

 同時、巨体を活かした高速の突進も受け止めなければならない。

 獣の体、三つの頭と三つの尾。

 それらはどれも立派な武器だ。

 四肢の打撃、口による噛みつき、尾は槍衾。胴体でぶつかってくるだけで十分な破壊を生む。

 対し、御影は両刃斧の長い柄を活かし、それ自体を回転させることで三鬼子の攻撃を受け流す。

 

「ハッ―――」


 言葉で言うのは簡単だが、難易度は高い。

 高速で迫る巨体というのはそれ自体が脅威だ。

 まず突進があり、そこから四肢、口、尾の攻撃に分岐するためにそれに合わせた対処が必要になる。

 難しい。

 難しいが、


「お前の葛藤は、もっと難しいものだったんだろう……!」


 出来ないことではない。

 今の自分ならできる。


「ハハ――!」


 笑うような案件でもない気がするが、しかし鬼種の本能として声が上がるのは抑えきれない。

 闘争に、酔うのだ。

 受け流すというより、より正確に言うなら弾いて威力を逸らすというべきだろうか。

 当てた瞬間、重低音と共に両手に衝撃が走る。


『オマエハ―――!』


 そう認識した瞬間には、三鬼子は既に駆け抜け、踵を返している。

 次だ。

 鬼獣が駆け。

 鬼姫が弾く。

 巡る鬼獣が描く起動は、鬼姫を中心とした天体図のように。

 

「簡単なことだ!」


 汗を流し、衝撃の余波で浅く全身を裂かれながら御影は叫んだ。


「それが私だから!」


『――――!』


 対し、何を感じたのか鬼獣が跳ねた。

 抱きしめるような前足の動きは、しかし両足による押し潰しだ。

 全体重を乗せたような飛びかかり。

 対し、


「ハハハハハハ!」


 御影は避けず、両刃斧を掲げて迎え撃つ。

 世界が、激震した。

 

「ぬっ……ぐぬぬぬぬ……!」


 大地に亀裂が入り、力んだ全身に血管が隆起する。

 大質量による大衝撃。


『イトシクテモ、ニクラシイ! ソレヲナゼ!』


「っ―――」


 何故と。

 数千年分の問いが、超重量となって御影にのしかかる。

 自分が和解し、力になってくれた三鬼子とは怨念の質量と密度が違うのだろう。

 同じ問いなれど、怨念としての純粋な圧力が違う。

 

「だった、ら……やはり鬼らしく、物理か……!」


 全身が軋みを上げる。

 掲げた両腕、握った両刃斧、ちょっとはしたなく広げた両足。

 

「っ―――――」


 一瞬、息を吸いながら体を沈め、


「だっ――――――あぁあああああああああああ!」

 

 跳ね上げた。


『――――!?』


 巨大な獣がひっくり返る。

 即座に追った。


『マザリモノガ!』


 だが、三尾が瞬発した。

 速く、鋭く。

 槍となって御影を止めようとする。

 対し叫ぶのは、


「玉藻! 力を貸せ!」


『こーん!』


 名を与えられた鬼狐が一瞬実体化。

 すぐに消えるが代わりに、


「舞い燃えろ九尾……!」


 腰裏から炎の尾が九本。 

 乱れ舞い、三本ずつが鬼獣の尾を弾き、


「吠えろ、拒魔コマ!」


『わふっ!』

 

 一瞬浮かんだ狗鬼は姿を消した後、御影の髪に影響を与えた。

 髪が揺らぎ、犬耳のような形を取ったのだ。

 跳躍中、未だ宙に体を置く御影は豊満な胸を逸らし、


「雄ォォォオオ――――――!」


 吠えた。

 声であり、それは同時に衝撃であり、熱だった。

 三鬼子が使っていた振動咆哮と同種のもの。

 鬼獣のそれは精神汚染を伴っていたが、御影の場合は純粋な高熱だ。

 熱波咆哮が、獣を撃ち焼く。


『―――――ッ』


 流石に直撃は堪えたのだろう。

 初めて三鬼子が体勢を立て直す為に体を横に回し、背後へ跳ぶ。

 御影は咆哮の反動によりすぐには追えなかった。

 だから呼ぶ。

 

「―――夜刀!」


『しゃー!』


 両刃斧の柄に巻き付くように、蛇鬼が浮かび消える。

 それをその場で振りかぶり、


「ふん……!」


 投擲した。

 黒の影を残しながら高速で空を駆ける獲物に対し、三鬼子は回避するが、


「食らいつけ、夜刀!」


『!!』


 両刃斧に宿った夜刀が御影の意思に応え、追尾。

 うねる様な軌道を描きながら三鬼子を追いかけ自らを叩き込んだ。

 

『しゃー!』


『キサマモワレラトイウノニ……!』


 当たりは浅い。

 三鬼子は自ら零れた瘴気も構わず、三尾を夜刀へと瞬発させ、


「させるか……!」


 両刃斧が消える。

 柄から伸びていた帯を御影が全力で引いたのだ。

 元から通常の大戦斧時から鎖鎌感覚で用いられていた黒帯。

 伸縮自在のそれは元々皇国で討伐された蛇の魔物から作られたものであり、夜刀とも親和性が高い。だからこそ夜刀も『伊吹』に宿ったのだろう。

 引き戻し、握りこみ、


「はっ! 流石は、神の力だな……!」


 賞賛と共に自らも前に出る。

 対する三鬼子も体勢を立て直し、それまでのように全体を駆使し襲い掛かる。

 今度は御影も舞いによる迎撃ではなく、両刃斧の重量移動を活かした炎の大輪を咲かせ自ら攻めに行った。

 激突音と燃焼音が連続し、互いに高速で位置を入れ替えながら、

 

『ナゼダ、ドウシテ――――!』


 同じ問いを三鬼子が叫ぶ

 だが、同じことをと、とは思わなかった。

 だって、その問いは。


「これから先、ずっと私が受けるであろうものだ……!」


 天津皇国の皇族において、異種の血を持った混ざり物の王として。

 そして、これから人種の子を孕み、鬼の血を薄める女王として、だ。




⚫︎





 皇国の歴史でも、異種が皇族の家系図に記されることはある。

 だがそれは立場的には側室であり、長い歴史の間、王はずっと純血だった。

 御影は違う。

 このあたり大戦によって世界のあり方は変わり、父はその出兵のついでに母を連れて帰ったのだから時代の流れとでも言うべきものかもしれない。

 それでも事実として、御影は皇国始まって以来の混血の女王となり、さらには婿としてウィル・ストレイトという人種と結ばれるのだ。

 鬼と人の子である御影が二分の一。

 半鬼と人種である御影の子の、鬼の血は四分の一。

 血が、薄れていく。

 悪いとは思わない。

 そもそもその是非は後の歴史家が判断すればいいだけだ。

 ただ生まれる前に両親の選択があり、自分の選択があり、ウィルとの選択があり、それらすべての結果だ。

 

「あぁ、そういうことだ……!」


 御影は笑みを浮かべながら両刃斧を回し、


「聞け、三鬼子……!」


 威力に言葉を乗せて行く。


「詳しく語ってやる……!」


 いいか、


「―――――ウィルはな、普段は大人しいくせにたまに急にとんでもないことを言うんだ!」







 鬼の姫が、荒ぶる神に想いと力を奉納していく。


「だがな、そこがいい! 支え甲斐があるし、我がままを通してほしいと思う!」


 全身を振り、


「アルマ殿は、私以外には母性とか年長者的な雰囲気を出すのに私にはたまに変な意地を張ってくるから寂しい! だがそれが良い! 私にだけ見せてくれる可愛らしさだ!」


 炎を滾らせ、


「先輩殿は、日常生活がちょっとずぼらすぎる! 今後一緒に生活をすると思うと心配事が多い! だがそれが良い! 独自路線で生きてるからなあの人は!」


 舞いを巡らせ、


「フォンはたまにやたら辛辣だ! 呪いの一件は一先ず黙ってくれてたが、今後がちょっと怖い! だがそれが良い! されたらちょっと興奮するかもしれん!」


 大輪を咲かせ、


「分かるか!?」


 想いを力に乗せて叩きつける。


「愛しさも憎らしさも紙一重だ! 別けなくていいんだ! 好きな相手の嫌いな所も言えないなんてどうかしてる! 私はウィルのダメなところは沢山言えるし、好きな所はそれ以上に言えるぞ! アルマ殿や先輩殿やフォンにもな!」


 獣の攻めと激突するたびに肌が裂け、衝撃が体を撃つ。

 構わない。

 この相手には、言葉だけじゃダメなのだ。

 力だ。

 鬼という種が信仰するもの。

 己の生命、その全てをぶつけ合う相互理解。


「感情なんて纏らなくていい!」


 熱を宿した咆哮が放たれ、


「理性で抑えきれなくていい!」


 九尾が攻防一体を体現し、


「何もかもは一つなんだからな!」


 両刃の斧が蛇のように駆ける。


『ワレラハオニヲ、ヒトヲ!』


 獣もまた、吠え、暴れ、力を叩きつける。


『アイシテイタ! ニクンデイタ! ソレデモイイトイウノカ!』


 その力は無尽蔵のようであり、それだけ多くの苦しみがあったのだ。

 だからこそ、姫もまたありとあらゆる全てを重ねて行く。


「あぁ、何も問題は無い!」


 激突。

 舞い、咲いて、駆けて、暴れて。

 力を以て何度でも語り合う。

 数千年の葛藤が張れるまで。


「何度でも問え! 何度でも叫べ! 何度だって暴れろ……!」


 笑う。

 楽しい。

 これで楽しめるのは人としてどうかと思うが、鬼種としては全うなので良いだろう。

 思えば学園に来てからこういう戦いは全然していなかった。いばらにも変わったと言われるわけだ。もう一度反省。全部終わったらウィルたちとも思いっきり戦ってみたいし、それが終わったら肉欲大爆発させてもいい。これはいつも通りか。

 あぁと、口端が吊り上がる。

 歓喜と充実が、全身を巡り、


「それがこれまでのお前たちだというのなら、その証明を何度だって私は受けよう……!」


 そして、


「私を知って、これからを積み上げろ……!」


 その全てを解き放った。


『―――――!』


 炎が巡る。

 

『わん!』


『こーん!』


『しゃー!』


 拒魔、玉藻、夜刀もまた御影の意気に応える様に吠え、


『≪征花絢爛・夢天ノ焔≫――――!』

 

 狗耳が盛り、九尾の衣がはためき、蛇の斧が灼熱を迸らせた。

 宿った三鬼子の断片、それらの同時展開に最終形態変化。

 火の粉が花の様に舞い、


『―――――』


 獣は、それに目を奪われた。

 人と神の力が溶け合った炎。

 それはかつて、三鬼子が愛したものに他ならなかったから。

 無くなったと、彼らは思った。

 神は消え、人と鬼だけになった。

 だから苦しんだ。

 だから憎んだ。

 そして今、愛し憎んだものが自らを受け入れようとしてくれている。

 

『アァ……ソレハ、マルデ―――』

 

「――――夢のよう、か?」

 

 鬼の姫は微笑んだ。


「あぁそうだ。夢を見るだけがお姫様じゃない―――――自らを以て、誰かに夢を示すものだ!」


 火が、炎が、真紅が、火の粉が、何もかもが溢れ出す。

 何もかもは握った両刃の戦斧集った。

 振りかぶり、


「≪神髄≫―――――」


 絶望を解き放つ夢を、神に捧げる。


『≪天津叢雲≫―――――≪禊祓≫ッッ!!』


 古来、炎とは不浄を浄化するもの。

 闇を照らし、営みを照らす。

 故にそれは、超高熱による灼熱の奔流であり、同時にあらゆる穢れを焼き祓う禊ぎだった。

 光が、駆け抜けた。

 両刃斧を振ったのは二度、十字の大斬撃。

 浄化の炎閃が、鬼の獣を飲み込み、


『ソレガ、オマエカ――――』


 理解と納得のつぶやきを漏らし、三鬼子が光となって弾けた。

 三つの光は空に昇っていく。

 それがどうなるか、御影には分からない。

 皇国の聖域に帰るのか、空に溶けるのか。

 分からないけれど、彼らが解き放たれたのは確かだった。

 だからドレスの裾をつまみ、膝を少し沈める。

 顎を引き、片角を晒して別れの言葉を告げた。


「――――――ごきげんよう」



 

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