天津院御影――夢に燃える―― その1
「エーレーガーンートォォォオオオオオオオ――――!!!!!」
クリスティーンだ。
甘楽は隣の美女がどこから声を出したのかと言うほどの大声量の叫びを聞いた。
彼女は両拳を天に突きあげ、ついでにモノクルを爆砕させ、
「―――――」
ぶっ倒れた。
顔面から地面に突っ込んだのでかなり痛みを伴いそうだが、
「……あら、良い笑顔」
「ほんとなんなんでござるかこの人は!?」
仰向けにしてみれば仕事をやり切ったような澄み渡る笑顔で気絶している。
エレガントがどうこうはよく分らないが、無理もない。
「流石に三鬼子を止めておくのに消耗したのでしょう」
究極魔法を用いたとはいえ。
三鬼子の断片であろうとはいえ。
相手は神に連なるものだ。
それを数分間完全拘束していたのだから成果としては破格だし、疲弊も尋常ではないだろう。
「今は休んでください」
くすりと笑う。
「後は、私の妹がやってくれるでしょう」
「―――――はっ! エレガントモーニングございます! この世紀のエレガントを見逃すわけにはいきませんわ!!!」
この人自由すぎないだろうか。
●
「そうだ……従妹だけじゃなくて俺も一緒にダンジョン攻略者になって最強無敵完全無欠になればいいだけじゃないか……!」
「どう生きるかなんて決まってた……! まずは嫁に許してもらうまでゲザをかまさないと……!」
「あはははは!! ぼっちでもダンスができるって僕が証明すればいいんだ!!」
「結婚相手がいないなら見繕えばいいだけじゃない!? この前隣の家の女の子が大人になったら……とか言ってくれてたし……!」
絶望が払われ、夢に満ちた声が上がっていく。
舞う火の粉は花びらのようだった。
それまで周囲一帯を支配していた三鬼子の汚染を禊ぎ焼くかのように。
ふりまかれた絶望を、鬼姫の夢が照らし浄化する。
炎のドレスを纏う御影がその中心だ。
正面から三鬼子を対峙する彼女は不敵な笑みを浮かべ、
「―――ごついなおい」
指運にて両刃斧を回した。
元々の大戦斧に、そのまま刃が三つ増えている。
両端に二枚ずつ故にバランスはいいとしても、
「存外軽い。お前たちのおかげか?」
自分の身に宿った三体の神精に語り掛ける。
不思議な感覚だった。
全身に力が漲ってる。
活力が心に溢れている。
出来ないことは何もないんじゃないか、そんな不遜なことを思ってしまうくらいだ。
「ふぅ」
息を吐いた。
それは熱を持ち、
「行くか」
行った。
「―――――あれ?」
前進は三鬼子を通過し、校舎へと突っ込んだ。
●
「…………?」
周りに微妙な空気が漂う。
甘楽も、いばらも、クリスティーンも、マクリアも、立ち直ったばかりの騎士たちも。
『―――――?』
三鬼子でさえ、振り返って首を傾げた。
「あら?」
「おや、どうされましたか甘楽様」
その中でふと目を空を見上げた甘楽は一歩横にずれたら、いばらの目の前に両刃斧が降って来て地面に突き刺さる。
「おおおおおおおおおおおおおお!?」
『しゃ、しゃー』
「あらかわいい」
半透明の蛇の妖精が焦ったように頭を下げているあたり、本人も困っているのだろう。
「おーい!」
声は大穴を空いた校舎から。
瓦礫を払いつつ頭を掻く御影は手刀を立てて、
「すまーん! いばら、ちょっと手と足が滑った」
「軽く死にかけたでござるよ!?」
「いやマジですまん。なんか、上手く行かんな」
はははと笑った御影は三鬼子に視線をずらし、
「そっちもすまん。ちょっとやり直していいか?」
拒否と言わんばかりに攻撃がぶち込まれた。
●
「――――――お、おぉ?」
三鬼子の攻撃は三つ尾だった。
高速で伸縮し、そのまま三つ槍となって御影のいた場所に突き刺さった。
対し自分は跳躍で回避を行おうとした。
軽い判断だが、動きとしては力の入ったものだった。
それくらいに三鬼子の攻撃は鋭かったし、新たな姿と力を得たからと言って慢心できるはずもない。
相手は神の断片なのだから。
だから、強く大地を蹴り、
「どんだけ跳んだんだ、私は」
空だ。
空の中にいる。
風が全身を包み、ドレスがはためく。
眼下、戦場となった王都の街が広がっており、おそらく一息に三十メートルほど跳躍したのだろう。
「――――」
流石に気づく。
先ほどの無様な突進の原因。
さらには巨大な両刃斧が軽いと思ったことが勘違いだったと。
自分の膂力が、それまでと段違いに跳ね上がっているのだ。
身体強化の魔法を全力で回すよりも遥かに強力な強化。
それが息を吸う様に、当然のように使えている。
「――――はっ。これがお前たちの力か?」
『わふー!』
『こーん!』
両肩に狐と狗の妖精が降り立ち、声を上げる。
良く見れば結構可愛い。
もう一体を地上に置いてきてしまったのは申し訳ない気もする。
『しゃー!』
言った瞬間、眼下から両刃斧が飛来して手の内に収まった。
「……至れり尽くせりか?」
目を伏せながら苦笑。
開いて、
「―――」
街を見下ろす。
戦火が広がっている街を。
戦っている者がいる。
守っている者がいる。
戦いきった誰かがいる。
守れなかった誰かもいる。
民だ。
国は違えど、御影が背負うべき人たち。
「――――なら、やることは決まっている」
強く。
優しく。
美しく。
「行くか」
今度こそ。
●
御影は自らの力を違えなかった。
足先から溢れた炎はドレスの布と一体化し、宙に爆ぜた。
天空の真紅の花を咲かせて向かう先は、当然地上の三鬼子だった。
『オオオオオオオ―――!』
迎え撃つ慟哭。
即ちそれは、一度は御影に痛撃を与えた振動咆哮だ。
指向性を持ち、振れたものの肉体を心を砕く声。
斜め上、爆裂加速で迫る御影に対して放たれたそれに、
「お―――おおッッ!」
大上段から両刃斧を振る。
刃に灼熱を宿し、大気を焦がしながら、何一つ滞ることはい。
威力が線となって通った。
咆哮を縦に割ったのだ。
『―――!』
「―――!」
どちらともなく声にならない音を口から漏らした。
三鬼子のそれは驚愕であり、御影のそれは次の動きの為のものだった。
中空で大質量を振るったことにより、彼女の体もそれに振り回される。
今の膂力ならそれを抑え込むことも可能だ。
抑え込まなかった。
「踊ろうか、三鬼子」
大斬撃の勢いを殺さず、そのまま体を縦に回転。
姿勢と勢いを制御し、前宙しながら距離を詰める。
まだ両刃斧の間合いではない。
それでもそのまま握った大物を横に薙ぎ払った。
『ゴアアアアア!』
灼熱の斬撃波が三つ頭に悲鳴を上げさせ、止まらない。
回転運動だ。
爆裂による加速と大質量の武器によって生じる慣性。
膂力によって制御するのではなく、それらを先行させて力を上乗せする。
勢いによって前に出つつ、炎によって刀身を包み斬撃を振るえば、
「咲け……!」
燃える大輪を咲き誇らせる。
『ア――――!?』
駆け抜け様に放った炎熱斬撃は確かに三鬼子の体を焼き斬った。
裂いた体表から零れたのは血では無く、魔族の瘴気のそれだ。
おそらく、三鬼子の魂、その断片とでも呼ぶべきものを瘴気で肉付けしているのだろう。
「ま、だからどうって話だがな、とっ」
勢いに靴先が地面を削りながら滑り、両刃斧を構え直す。
絵面がちょっと変わるくらいか、なんて考えつつ軽く頭を振った。
両刃斧を中心とした体重移動は威力は出るが、少し目が回る。
使いどころを考えなければと思っていれば、
『―――――ナゼダ』
「お?」
声が耳に届いた。
狗、狐、蛇。
三つの口から零れた声は、その通り三つ重なって、
『イトシイ、ニクラシイ…………クルオシイ』
呪詛が空気に滲む。
それまでのようにまき散らされたものではなく、御影に直接向けられたもの。
『オマエハ、チガウノカ。オマエガ、マジリモノ、ダカラカ――――?』
「はっ、そう言われてもな。そのあたりはお前たちの分身? ともうやったんだが」
『わん!』
『こーん!」
『しゃー!』
『―――――ナゼ』
「お前たち、可愛すぎて気が抜けるぞ?」
苦笑し、
「いいだろう、三鬼子。そっちの方は言葉じゃ理解し合えなさそうだ」
その笑みにさらに悦を乗せた。
口端が凄惨に歪み、
「お前たちも鬼だ―――戦いで解り合おうじゃないか」
●
マクリアは御影と三つ首の怪物の戦いを見ていた。
もっとも、彼女自身はまだ戦闘訓練も受けておらず、憧れの人が何をしているのかを理解できるわけではない。
理解できるのは、怪物がその巨体さを感じさせない速度の動きでで御影を襲っていること。
そして、
「――――プリンセスが、踊ってる」
少女の目には、そう見えた。
残像すら残して駆けまわる怪物の動きの中心に御影はいる。
両刃斧を振り、されど大きく動かず、踊る様に。
「迎撃、カウンターに徹しているようですね」
隣に立つ甘楽が解説をくれた。
自分と違い、彼女は全て目で追っているのだろう。
「あの子の新しい『息吹』……あの斧、クの字が四つ付いてるのはちょっとやりすぎかと思いますけど」
「かっこいいですね!」
何故か目を細められた。
「……まぁいいでしょう。刃は大きいですが、クの字の分持ち手は長いですからね上手いこと自分が軸になって指運で回しているようです。いくら鬼種でもあの三鬼子のような大型の魔獣に対して、あの大きさの武器を使うのは大変でしょうけど今の御影なら問題ないようで」
「えぇと……つまりプリンセスは凄いってことですか!?」
「はい、そういうことです」
「なるほど!」
分かりやすい。
御影も素敵な人だけれど、その姉も良い人だ。
「!!」
豪と、また強烈な音がマクリアを打撃する。
思わず身を竦めるが、
「目を逸らさないのですね、貴女は」
ころころと甘楽は目を細めて笑う。
「あの戦いは、この世界においても最大規模のものです。正直、私が混ざっても足手まといになりそうですし。三鬼子も御影にご執心のようなので今すぐ危険、ということはないですし、何かあれば私も守りますけど」
それでも、
「怖いでしょう?」
「怖いです!」
だけど。
「プリンセスは良い所を見せてくれるって言いました!」
そうしたら、彼女はそれまで以上の彼女自身を見せてくれた。
だったら。
「私は見届けたいです! プリンセスの戦いを!」
「そうですか」
ころりと甘楽は口端を歪めた。
「エーレガァーンスゥ……!」
背後で美女が低く唸っていたがそれはよく分らないので気にしないことに。
「いいですね、貴女」
「わっ」
くしゃりと、自分の頭に手が乗る。
甘楽が撫でる手は優しく滑り、
「見届けましょう、一緒に」
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