天津院御影――プリンセスの条件――その1


 さて、どうしたものかと御影は息を吐いた。

 三鬼子は不動を与えられ、自分もそれは同じ。

 甘楽、クリスティーン、いばら、マクリアの視線を受けつつ御影は考える。

 良い状況ではない。

 クリスティーンの究極魔法により、場の停滞が生まれているがそれも長くは続かないもの。

 そしてその彼女が示した。

 自分が、自分で抑えているものが勝機だと。


「――――ふむ」


 吐いた息には力が抜けていた。

 不動のせいで、体に力を入れなくても立てるのだ。

 だからリラックスして考えることにする。

 思い当たることは、ある。

 いばらに言われたことだそうだ。

 

「確かになぁ」


 学園に来て、温くなっていると言われれば否定できない。

 肉欲的には燃え広がるどころか爆散している自覚があるが、それまで命題として掲げて来た自己の証明、その全てをウィルにぶつけて来たのだ。

 結果、一歩引いた一年間があり、その半年後に結ばれた。

 そう思うと自分の肉欲大爆発を一歩引いて一年半受け続けていたウィルは凄いんじゃないだろうか。


「……うぅむ」

 

 こういう思考が、いけないのだろうか。

 身を引いてた。

 力量的にアルマ、トリウィア、フォンに劣るために結婚は考えていたが四番目だと思っていた。

 今更思えば入学直後、ねじ込まれたウィルの主席に殴りこんだ自分と比べれば甘いということもできるだろう。

 何故、そうなってしまったかといえば。


「――――」


 苦笑してしまう。

 きっと、ウィルだけではなくアルマも、トリウィアも、フォンも。

 自分の身内として、好きになったからだ。

 だからこれは悪いことではない。

 いばらもそう言っていた。

 言っていた本人は膝をついた角晒しから地面に激突したので土下座体勢が固定になっているがまぁ良いだろう。

 だったら、


「―――難しいな」


 悪いことは、なんだろうか。







「第一皇女殿下、貴女の妹御はどうにかできると思いますか?」 


「そうですねぇ」


 甘楽は右に土下座を置き、左のクリスティーンの声に首を傾けた。

 視線は、小さく息を吐いたり、言葉を漏らす妹に向けて。

 珍しい様子だ。

 彼女が生まれてからの付き合いだが、あぁして悩む様子は見たことが無い。

 即決即断、ないし精々が一呼吸で決断を出すのが妹だ。

 それがあぁしているということは、思う所が多々あるのだろう。


「クリスティーン様は、どう思われます? そのエレガントスカウター的に」


「生憎、私が分かっているのは秘めたエレガンスだけです。それがどのようなものかは私には分かりませんわ」


「なるほど」


「甘楽様、何故そちらの方と意思疎通できているのでござるか……?」


「大事なのは本質ですよ、甘楽」


「えぇ……?」


「ふふ」


 笑みを扇子で押さえ


「少し、そちらの貴女」


「え、あ、はい!」


 妹の傍にいた少女を呼ぶ。

 制服らしき姿を見るに、逃げ遅れたこの学校の生徒だろう。

 絵本を抱えた少女は可愛らしい小走りでこちらの元に来て、


「プリンセスのお姉様!」


「あら」


 呼び方に意外を感じた。

 

「私も、一応皇国の姫になるんですよ」


「え、あ、す、すみません! 失礼をしました! ――――セープックします! 皇国では、そうするんですよね!?」


「まあまあまあまあ」


 開いた扇子を上下に仰いで諌め、覚悟決まってるでござるな……! とか感心しているいばらには軽い蹴りを入れておく。


「ぐあっ」


「おぉ、五センチ真横スキッド―――エレガンスワン!」


 隣、モノクルの美人は一体の不動による負担が強烈なはずだが楽しそうだ。

 独自理論で生きているタイプの変人は色んな意味で強い。

 なので、目の前で慌てた様子の少女に改めて声を掛ける。


「お名前は?」


「ま、マクリアです!」


「マクリアさん。んー」


 ぱちんと、音を鳴らして畳んだ扇子を顎に当てて、身を小さく屈める。

 新鮮な気持ちだ。

 鬼種の男衆は大柄だし、女性として甘楽は平均的だ。

 第一皇女という立場上、大人と接することが多いので子供相手に視線を合わせるの久しぶりで、


「妹を、御影を知っていたのですか?」


「え?」


「プリンセスの姉、と呼んでくれたでしょう? ということは御影を知ってるのかなと」


「あ、はい! プリンセスのことは前から知っていました!」


「へぇ、それはどうしてですか」


 聞いた答えに、甘楽は笑みを深めた。







「先ほどの質問にお答えしましょう、クリスティーン様」


 濃くした笑みを隠さず、御影の元へ行く少女の背中を見つめていた甘楽は言う。


「大丈夫ですよ、あの子は」


「その心は?」


 えぇ、と頷き、


「皇位継承権を掛けて彼女が私たち兄弟姉妹に戦いを挑んだ時、誰も侮りはせずとも負けるつもりはありませんでした。ですが―――負けたんですよね。正面から、一切の言い訳もできぬ敗北を彼女は与えました」


 くすりと笑う。


「その最後に負けたのが私だったんです。あの子の証明が何に対してなのかを見ました―――えぇ、あの子は、天津院御影ですからね。大丈夫ですよ」








「プリンセス!」


「ん?」


 御影は声を聴いた。

 それはマクリアのものであり、彼女は不動の自分の正面に笑顔で来て、


「私、プリンセスが憧れだったんです!」


「………………んん? どうした、急に。私のこと……知ってたな、そういえば」


 嬉しいことを言われたが、しかしピンとは来ない。

 今が初顔合わせのはずだ。

 だが彼女は初見で自分が皇国の姫であるということを知っていた。

 皇国皇女として、或いは学園の二年次席として一般市民にも知られているからそのあたりは流したが、


「この学校は、貴族向けの学校です! だから色々、算数とか、語学とか、礼儀作法とかそういうの、たくさん勉強します! 男の子なら紳士らしく、女の子なら淑女らしく! みたいな」


 確かに今の言葉からも彼女の教養の高さは伺えた。

 そして彼女の言葉は笑顔と共に続き、


「それで―――私の目標はプリンセス、貴女なんです!」


「―――」


「プリンセスはうちの学校じゃ有名なんです! 毎年、魔法学園の生徒会の人の話は沢山来ます! 『貴風園』じゃ魔法学園への入学を目指している子も沢山いますので! 私もそうです!」


 理解できる。

 アクシア魔法学園は世界最高学府であり、入学して卒業すれば将来は引く手数多だ。当然、王国貴族にとっては子供が入学するだけでかなりのステータスだろう。

 溌剌した声で彼女は語る。


「私はいつか、魔法学園に入学します! それで、プリンセスになります!」


 それは。


「強く、優しく、美しく!」


 少女の夢だ。


「お仕事もできて、みんなの模範になって、旦那様になる人も支えてて、戦っても強くて! 私はそんなプリンセスになります!」


 彼女が両手で差し出したのは、抱えていた絵本だ。

 マクリアがあの物置で読んでいたのは、


「血蹴りの王女様か……」


 確か、王国、というか初代国王由来の子供向けおとぎ話だ。

 内容は確か、


「はい! 平民の女の子が継母の意地悪で世界一王女決闘回に出場して、伝説の達人老人から貰ったガラスブーツのキックで沢山勝ってついでに王子様も張り倒したらプロポーズされて、プリンセスになるお話です! 私はこれが大好きで、このプリンセスが大好きで、プリンセスは元々プリンセスだけど、かっこいいのは同じで……えぇと……はい!」


 自分で言っていて、内容が荒れ始めたのに気づいたのだろうか。

 まだ子供のようで、敏い。

 マクリアは笑っていた。

 春に咲く、花のように。


「――――プリンセス、貴女は私の夢なんです!」


 少女は夢を語る。

 

「――――っ」


 御影は、息を飲んだ。

 あまりにも真っすぐで、無垢な、澄んだ祈り。

 なりたいものになると、誰に恥じるでもない宣言。

 それは。

 それは。

 まるで。


「……って言っても、周りには笑われちゃって。だからあの物置で読んでたんですけど……えへへ、やっぱりおかしいですよね。私、王族ではないですし」


「………………あぁ、確かにおかしい」


「ぁ―――」


 声を漏らした少女に自分は、


「おかしくて、素敵だ」


 不動だったはずの手を頭に乗せる。

 動きは、当たり前の様に取り戻し、


「私もな、初めて皇位を求めた時笑われたよ。お前には無理だとな。混血で、さらに遥か異国の血を引き、体も鬼種の女らしくなかったからな」


 まぁ、と苦笑する。


「連中も悪気はなかったんだろうな。そういうものだと思っていた。当然だ、私は何も示していなかったからな。―――だから、私は自分の力を示した。お前はどうだ? マクリア」


「えっ……えっと! お勉強、頑張ってます! 入学した時はクラスでドベあたりだったんですけど、最近は半分より上の成績になりました!」


「素晴らしい。半分超えたな、他には?」


「運動も頑張ってます! 戦闘訓練は、私はまだ解禁されてない年齢なんですけど、魔法の扱いは取り組んでます! 筋トレもします! プリンセスみたいに大きな武器振り回したいので! あとキックの練習も!」


「うむ、良い心がけだ。お前くらいの年頃の人種が無理に筋トレとかすると背が伸びないらしいから無理はするなよ?」


「はい! 先生にも言われました! 無理なく頑張ります!」


「作法はどうだ?」


「それも頑張ってる最中です! どれも、あんまり得意ではないですけど、上手な人に教えてもらっています! 最近は先生にも同級生にも上達したねって褒められるようになりました!」


「最高だな、向上心があり、少しづつでも前に進んでいるのだから」


「ありがとうございます!」


「あぁ――」


 息を漏らす。

 最早惑いは無かった。

 膝を折って、少女に目線を合わせる。

 綺麗な空の色をしていた。


「――――ありがとう、私に憧れてくれて。焦がれた先に向かって全力で駆け抜けることができるならお前と私にそう違いはない。先か後かというだけだ」


「……え、えっと」


 少し難しい言い方だったか。

 ならもっと分かりやすく、頭に乗せた手を引き寄せて、彼女の額と自分の額を重ね―――――片角で彼女の額に触れながら言った。


「マクリア、お前はプリンセスになれるということだ」


「ほんとですか!?」


「あぁ、私が保証しよう。私も今のお前と同じように立場を得たからな」


 にやりと、口端を歪めて笑う。

 すると少女も同じような笑みを頑張って真似してくれた。

 かなり嬉しい。


「ようし。それじゃあこれからあっちの土下座かましてる私の忍者とその隣の綺麗な私のお姉様に守ってもらうと良い」


 今は。

 そう、今は。


「未来のプリンセスが夢を叶える為に―――――私が良い所を見せよう」

 






「――――全く、我ながら鈍かったな」


 苦笑しつつ、動きを取り戻した体で角に触れた。

 大戦斧は地面に突き刺し、空の手。

 マクリアが姉の元に辿りついたのを確認して、


「さて」


 軽い動きで一歩前に出て、


「クリスティーン殿!」


「なんでしょう?」


 振り返らない。

 視線は真っすぐに、不動、しかし僅かに動きを取り戻そうとする三鬼子を見据えながら吠えた。


「時間稼ぎと忠言、天津院御影が感謝する! その礼に」


 右の五指を開き、呪いが刻まれた腹を叩くように指を食い込ませ、


「――――見たいと言ったものを見せよう!」


 封じていたものを解き放った。







「――――姫様!?」

 

 その気配に、いばらは顔を上げた、

 不動は掛からない。

 忍が、主を想った故の行動だったからだ。

 だがその事実は気にならなかった。

 気になったのは御影から溢れ出したもの。

 ここ一月、主を苦しめたそれの正体はもう見当が付いている。

 それは、


「三鬼子の呪いと、同質のもの―――――!」



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