童乃いばら――主の下の心―― その2
「……!?」
なんでござるかこれは!? と叫ぼうとし、しかしいばらは口を開くことができなかった。
三鬼子に対する影縛りが限界を迎えようとした瞬間だった。
変な声があり、変な詠唱があり、変な宣言があった。
そして何かしらの魔法行使があり、結果が不動を強制されている。
自分だけではない。
影縛りでなんとかという度合いだった三鬼子の動きが止まり、
「まぁ? どういう神髄でしょうか」
「!?」
鉄扇を口元に当てた甘楽は、普通に動いていた。
不動の様子もない、むしろ、
「おや? おやおや? 妙に動き安い気がしますね。いばら、貴方は違うのですか?」
「……!」
片膝を立てて、指で印を組み、全身で力んだ状態のままの不動なので体勢的に負担を覚えるので動きたいが動けない。
動きたいが動けない。
何故。
「―――簡単なことです」
答えは校舎の屋上から跳び、危なげなく着地した女。
皇国で見ないどころか王国にしかないシルエットの細い白のスーツドレス、片目にモノクルを掛けた金髪の美女。
その人物をいばらは知っていて、
「……! ――――……。」
名を叫ぼうとして、喋れなかった。
その様子を見た女はキレのある動きで自分を指で指し
「貴女には――――エレガンスが足りませんわ!」
酷いダメ出しが来た。
●
「言葉は使えるでしょう。良く通る発声と声質をしているのは認めることですから」
「―――クリスティーン・ウォールストーン女史ですか」
いばらは甘楽に抱えられながら御影とクリスティーンの会話を聞いた。
主は動きを止めたままだが会話は可能なあたり不動の条件が良く分からない。
もっと言うと、
「ぷ、プリンセスと……ご、ごゆーじん、でしょうか!」
彼女が守ったであろう少女は不動を受けていなかった。
御影の様子を気にしつつ、慣れない動きでスカートを広げる礼をするあたり中々の胆力だ。
「……?」
「……何故、彼女は動けているのですか、女史」
「私の究極魔法による効果ですわ、皇国皇女殿下」
本来秘するべきものを、彼女は何気なく口にする。
彼女は有名だ。
初代国王が発端とした王国の多様な文化をさらに広げ、世界的にも美のカリスマと呼べる存在。
さらには『二つ名』持ちであり、その名は、
「私が頂いた二つ名は『
その条件とは、と口にしつつ彼女は体を振る。
高く掲げた右の五指を天に翳し、左手を首元に添え、腰に反りを作り、右の踵を上げで両足に角度を生み、
「――――そう! エレガントさを持たぬ者には、そのノットエレガント故に不動を与える! それが私の能力なのです!」
「……」
いばらはちょっと何を言っているか分からなかった。
共通語、難しくないでござるか?
だが、
「……なるほど」
御影は言葉で頷く。
理解できたらしい。流石姫様。
だが同時に疑問を得た。
姫が守った少女が動けていることもそうだが、甘楽は動けている。自分が動けていないのもまぁ仕方ないだろう。
忍者故に華やかさはない。
だけど。
続けて思うことは一つだ。
えれがんす、と言う言葉は知っている。優美や雅、風情を現す言葉。
ならば。
どうして姫様が動けないのでござる?
●
「貴女がエレガンスに欠けているとは言いませんわ、皇女殿下。むしろ、私の知る限り有数のエレガンスボルテージの持ち主。こうして直接話すのは初めてですが噂はなんども聞いていましたもの。えぇ、アベレージ30000EVはあるでしょう」
御影は困っていた。
初手から何を言っているのかよく分らん。
とりあえず体は動かせないし、聞いておくことにする。
●
今、訳の分からん言語で訳の分からん言葉を連ねたモノクル女に対して御影は動揺もしなかった。
流石だ。
しかしやはり疑問だ。
優美さが足りないということはないはずだ。
御影は鬼種として戦闘に関してはアグレッシブ極めているが、だが同時に文化面的にも完璧なのだ。いつだったか、学内料理コンテストでも1年次の段階で優勝して今年はフラワークイーン先生と共に審査員側に回っていて食レポも完璧だった。さらには裁縫や掃除やら所謂花嫁修業的なのも完璧。
完璧が三つ並んでしまったが、それが自分の主というものだ。
流石。
これも何回目か分からないが、まだ足りないくらい。
それを踏まえた上で思うのは、やはり何故、だ。
「――――ですが」
クリスティーンはポーズを変えながら言葉を続けた。
トリウィア・フロネシスがたまにやっているようなのと似ている。
「今の貴女は本来持つエレガンスとは、少し違いますね。皇女殿下――――そこの従者の方」
「……?」
突然振られたが、返事はできない。
「従者であるなら、貴方があるべきは主を想うことでしょう。為すべきことを為すといことがエレガントではないと断ずるほど私は無粋ではありませんわ。故に、主への敬意と親愛を以て答えてください。――――貴方は、主がらしくないと、そう思うことはありませんか?」
「――――それは」
いばらは、発声を自覚した。
そして主を見る。
現在主の姉の肩に米俵のように担がれているのが恰好が付かないが、それでも発言を求められており、これは否定できないものと判断できる。
なぜなら、
「―――――拙者、思わなくなくもないでござる」
色々な思いを込めて口にする。
そして思った。
ないが三度も続いてしまって分かりにくいでござる。
言葉って難しい。
●
難しいことを言うなぁと御影は息を吐いた。
身体は動かず、続きを待った。
「……その、姫様が皇国の時はもっと前に出ていたでござる。皆の前に、混血であり、遠い異国の出であるが故の不利を払い、母のため、父のため、民のために自らの価値を証明する。それが姫様でござった」
だけど、と繋いだ瞬間に彼女の体が動いた。
気づいた甘楽が自然な動きで下ろしてくれたので、いばらは降りつつ頭を下げる。
膝をついた。
首を引く。
即ち、自らの角を晒したのだ。
「ですが、姫様は学園に来て―――お館様、ウィル・ストレイト様と出会い、変わられました」
そこで僅かに言い淀み、
「いえ、お館様を疎んでいるわけではござりません。姫様の良人として過不足無いと思うでござる。鬼種の女として、相手に尽くすことも素晴らしく流石姫様と思うのも本心でござる」
ただ。
言葉を選びながらも、自らの腹心は言う。
「――――かつて、皇国の誰もを認めさせた熱を持つ姫とは変わってしまったな、と」
●
「――――そうかぁ」
わりと、効いた。
それの是非はともかく、しかし受け入れなければならない言葉だ。
自分は変わってないのかと思っていたが、しかし根本的に一歩目で変わっていたらしい。
まぁ、仕方ないとも言える。
ウィルとの出会いは衝撃だったし、そこからずぶずぶ沼に嵌っていった。
一年時はウィルがこちらに対して一歩引いていたから、そのギリギリのラインを楽しんだが、アルマが来て、序列を自ら定め、しかし夏の一件が極めつけだった。
確かにここ最近、自分はウィルにとって良き妻であろうとしていた。
思えば、昔の自分なら入学試験の時に演説は自ら行っていただろうし、学園の建物の見回りも、いばらに任せていたように思う。
三年になり、卒業が見えて来たからだ。
ウィルやアルマ、トリウィア、フォンと五人でどういう生活をするのかを真面目に考えなければとも思うし、それぞれの立場や進路も踏まえる必要がある。そのあたりは当たり前の様に自分が率先して考えるべきと思っていた。
確かに、変わっている。
変化はあったのだ。
気づいていないだけで。
だったら、まずは言うことがある。
「ありがとう、いばら。お前には世話を掛けるな。私は良い従者を持った」
「―――いえ、拙者姫様の忍び故に」
膝をつく己の忍の様は、確かに美しかった。
有り難い。
出来ることならば今すぐ彼女を抱きしめたいが、
「――――動けないということは、これが私の不足ですか? クリスティーン女史?」
問いに対して、クリスティーンはゆっくりと頷いた。
「いえ、それは知りませんけど」
●
「まぁ、面白い方ですねぇ。……大丈夫ですか、いばら?」
「つ、角に響いたでござる……!」
今度はクリスティーンの言葉を理解で来たが、できたが故に頭から地面に激突してしまった。
痛みに顔をしかめ、立ち上がろうとし、
「あ! 動かないでござるよ!?」
「落ち方がエレガントではなかったのでしょう、えぇ」
甘楽が厳しい。
この人はこの人で楽しそうにしているあたり凄い。
少女は少女で動けない頭を撫でてくれるあたり良い子だ。
ちょっと和み、
「ど、どういうことですかクリスティーン殿……!?」
「私にわかるのはエレガントか、エレガントでないか、いかなるエレガントを秘めてるだけですわ!」
最後で急に分からなくなった。
エレガントとはなんだろう。
そもそもカウント制だったのだろうか。
王国文化はやはり良く分からない。
「私の究極魔法であのケダモノを止めていますが、しかしそれもあとわずかでしょう! EVがマイナスに振り切れてますが、あの強度は流石に止め切れません! そして、私には分かりますわ、えぇ!」
語気が強め、テンションが上がった彼女は主を指指す。
「皇女殿下には尋常ならざるエレガントが秘されています! 故に! 解放するのです! それが勝機と私のエレガントスカウターが言っています! さぁ、見せてください、貴女のグランドエレガントを!」
やっぱり意味が全く分からないでござるよ?
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