童乃いばら――主の下の心―― その1


 王都北部。

 その中心部にあったのは小規模の学校だ。

 王都の学校といえば中心部のアクシア魔法学園が世界的に有名だが、それは各国から集まった一部のみが入学できる選ばれた場所。王都の一般の子供たちが通える場所ではない。

 そのため、平民には平民向けの学校が、貴族には貴族向けの学校がいくつか存在している。

 初代国王の意向により、王国、特に王都では読み書き計算の習得が推奨されており、貴族の家系ならばより高等な教育が義務とされている。

 『貴風園』という名の貴族向けの学校もその一つ。

 主に10歳ごろまでの少年少女が通う場所。

 王国の中心部に小さい町くらいの広さを持つ『アクシア魔法学園』が例外であり、基本的には他よりも大きい建物と小規模な校庭を持つ程度だ。

 いつか国の未来を担うことを願われた子供たち。 

 そんな場所で、


「っ……良くないでござる……!」


 童乃いばらは口と鼻を覆う布当ての下で苦々しげに呟いた。

 三十メートル×五十メートル程度の広さの校庭は普段生徒たちの運動の場は、しかし今は戦場となっていた。

 大量に湧いて来た魔族は良かった。

 対処できる。

 この場に向かった御影、甘楽、いばらの相手にはならないし、同着した騎士団もいた。

 問題はそこではなかった。


「オォォォォオォ――――!」


 慟哭を上げ、絶望をまき散らす三つ首の獣。

 三鬼子。

 皇国神話の化生を前に、危機へと追い詰められていた。


「姫様……!」


 声を上げた先。

 校舎、校庭の中央に三つ首がおり、外周部の物置小屋か何かを背にし膝をつく主の姿。

 戦いの中、三鬼子の吐いた息吹ブレスの波動を彼女はまともに受けてしまったのだ。


「っ……くっ……これは……!」


 御影の下に駆けつけようと足を踏み出しかけ、しかし足の重さに驚く。

 ダメージや疲弊ではない。

 精神が、蝕まれているような感覚。

 或いは、


「姫様の継承権第一位獲得祝いに十升開けた次の日の二日酔いのような……!」


 王国に来てからは主に倣って禁酒しているが、過去最高の二日酔いをさらに重くしたような負荷。

 そういえばあの時姫様本人は倍以上飲んでいたのに全く堪えてなかった。

 流石姫様。

 手足に重りを付けたようなものだが、心の中で御影への礼賛を五回繰り返し、


「忍者ぱぁうわぁ……!」


 どうにも発音が上手く行かない共通語と共に立ち上がる。

 ついでに周りを見れば、校舎に避難してた生徒や一般人を守る衛兵たちが膝をついており、


「できるわけないだろ…………従妹を最強無敵で完璧無欠のダンジョン攻略者にするなんて……」


「分からない……接待の飲み会のせいで嫁に出て行かれて…………俺はどう生きればいいんだ……?」


「僕……社交ダンスやりたかったんですけど……無理ですよねへへ……だってプライベートに友達いない……コミュ障ぼっちが社交ダンスなんて……」

 

「結婚……年齢……親の気配……私のことが大好きな男……!」


 なんか凄いことになっていた。

 三鬼子の影響なのか、直前彼らが頑張っていたからか魔族が少ないのは不幸中の幸いだが彼らが闇を吐いて動けないのは拙い。

 だがそれ以上に、


「姫様……!」


 未だ動かない御影が最優先だ。

 三鬼子は低く唸り天を見上げ、おそらく精神汚染らしきものをまき散らしているがすぐにでも彼女を攻撃してもおかしくない。

 行かねばと身構え、


「――――!」

 

 それよりも先に奔る影があった。

 着物姿の白角の少女。

 両手に鉄扇を構えた彼女は、


「甘楽様!」


「気を逸らしますよ」


 短く己に告げた甘楽は、止まらなかった。

 日頃ころりと優しいほほ笑みを讃える主の姉は、しかし黒曜の瞳は鋭く染まり、


「―――えいっ」

 

 軽い掛け声と共に鉄扇を振るった。

 結果生じるのは破壊を伴う豪風と幾本もの雷撃の刃だ。

 通常火か土属性を得意とする鬼種だが、次いで持つのは雷属性。

 彼女はそれに特化している。

 鉄扇を媒介に雷刃を生み出し、しかし風の方はほとんど素の膂力らしい。

 それだけで巨大な鉄槌に打たれたのに等しいだけの衝撃を生むのだから流石姫様の姉上だ。

 

『――――シャッ!』


 反応があった。

 三鬼子の三つ首の内、額に角を持つ蛇だけが攻撃を察知。

 残りの二首はまだ姫様を見ていたが、激突する前に共通する四肢が跳ねる。

 巨体はしかし俊敏だ。

 跳んだ。

 傾いていく太陽を背にした三つ首は風雷を軽い動きで避けながらも御影から距離を取り、


「――――忍法・影縫いの術……!」


『―――!』 


 いばらが投擲した苦無が影に突き刺さり、その動きを止める。

 指で印を組み発動するのは土系統を軸に封印系統と荷重系統を織り交ぜた拘束鬼道忍術。

 真正面から殴り合いを好む鬼種だが、中には自分のような絡めてを得意とするものもいる。

 忍なのだ。

 自分の主は呵呵大笑と共に最前線に殴りこむに行く性格なのでそういう術を覚えたし、無論鬼種として必要があれば殴り合いもする。

 忍だからって忍ぶとは限らない。

 結果、入学時五位だった。

 ダメだ、思い出すとちょっと心が浸食に負けそうになる。

 だから力を振り絞り、それでも、


「く、ぬっ……! 甘楽様、長くは……!」


「頑張ってください。私も頑張りましょう」


「っ―――御意!」


『オォォォォ―――!』


 影縫いの精度は敵の強さとそのまま直結する。

 そして三鬼子の強度はいばらの知る何よりも強い。

 例え甘楽が気を引付けても、そう長くは止めて置けない。

 なら後は。


「姫様……!」


 ここしばらく、彼女の調子が悪いことをいばらは知っている。

 或いは主が三鬼子について気にかけていたことも。

 彼女の身に植え付けられた呪いと関係がある、かもしれない。

 この学校に辿りつき、三鬼子と戦い始めた時は普段通りだったが、何かしらの影響が出たのかもしれない。

 拘束を維持しながら視線だけで主を見る。


「―――?」

 

 そして気づいた。

 なんとか片膝を立てた彼女は、しかし三鬼子では無く背後に意識を向けていることを。





 

 

「っく……効いた、な、流石に」


 ふらり立ち上がりながら血の塊を御影は吐き捨てた。

 直前に受けた息吹は、振動咆哮とでもいうべきものだった。

 音の打撃。

 空気が振動が指向性を持ち、全身を破砕させるもの。

 加えて精神汚染付き。

 気力を奪い、諦観を与える波動だった。

 精神汚染は、まだよかった。

 それはここ一月、断続的に御影が蝕まれているもの。

 だが振動咆哮の方が直撃した。

 鬼道による火炎の防御膜を咄嗟に展開したが、防ぎきれずに無様にも倒れ伏すことになった。


「……やれやれ」


 全身の皮膚が浅く裂け、血に濡れた髪をかき上げながら見るのは背後だ。

 三鬼子も恐ろしいが従者と姉が引き付けてくれているので任せるとする。

 重く感じる大戦斧に体重を掛けつつ、背にあった小さな倉庫が無事なのを確認し、


「――――おおい、怪我は無いか?」


 声を掛ける。

 少しを間を開けて、恐る恐るという感じでスライド式の戸が開いた。

 顔を出したのは、


「……あ、あの」


 幼い女の子だった。

 白と青の制服の少女は顔色が悪く、怯えも見て取れる。


「怪我は無いか」


「は、はい! ありがとうございます……えっと」


 少女は胸元で抱えていた絵本に一瞬視線を落とし、


「―――ヒメトーノサマー!」


 微妙に間違った皇国語で呼ばれた。

 

「……いや、共通語でいいぞ?」


「は、はい! お姫様プリンセス!」


「うん、まぁいいか」


 苦笑しつつ、歩み寄り頭を撫でた。

 くしゃりと、髪に通した指からは震えが伝わってきている。


「逃げ遅れたか?」


「は、はい……わ、私、ここでこっそり本を読んでて、それで、周りの音、聞こえてなくて、それで……」


「どうどう、落ち着け落ち着け。もう大丈夫だからな」


 実際は大丈夫かどうか怪しいが。


「……大丈夫、なんですか?」


「―――あぁ」


 それでも大丈夫と諭すのは大事だ。

 相手は子供なのだから。

 自分もまだ大人、と言えるほどではないかもしれないがそれでも少女がよんでくれた通り自分は皇国皇女だ。

 例え、自分の国ではなかろうと民を守らなければならない。

 三鬼子の咆哮に対し、回避をしなかったのもそれだ。

 攻撃の直前、背後に人の気配を確かに感じ、それゆえにまともに受けた。

 少女に傷はないのだからその価値はあった。

 

「すぐに安全な所にと言いたいが……うぅむ」


 三鬼子はかろうじで姉と従者が引き付けてくれているが、長くはもたない。

 遠く、魔族から学校関係者や避難民が集まった校舎を守ってくれていた騎士団も崩れ落ちていて動くのは難しそうだ。今は魔族の侵攻が落ち着いているようだが、それもどれだけ持つのか分からない。

 精神汚染が良くなかった。

 気力や活力を奪い、諦観と絶望を強制させる波動が広範囲にまき散らされた。

 必要なのは決断だ。

 最優先するべきは民であり、次のその民を守る騎士、さらには姉と従者、そして自分。

 となると目の前の少女を、この精神汚染が広がる状況でどうするかなのだが、


「…………ん? お前、名前はなんだったか」


「あ、はい! マクリアです! マクリア・エアル!」


「なるほど、良い名前だなマクリア。しかし……マクリアは、大丈夫なのか?」


「はい! プリンセスが守ってくれましたから!」


「んー……?」


 そういうことではないと思うのだが。

 実際に騎士団は潰れているし、今の自分だって三鬼子から受けた汚染とが同時に身を蝕んでいる。

 平気面しているのはこれまでの一月の慣れとマクリアに対する見栄だ。

 その二つが欠けていたら、動きが制限されていただろう。

 なのに、マクリアは顔色は悪いしこの状況故の消耗は見られるが精神汚染を受けた様子は無い。

 

「―――」


「……え、えっと? どうしました、プリンセス?」


 何か、見逃してはならないという気がした。

 根拠はない。

 直感だ。

 だがやはり具体的な何かに思い至らない。

 少女が絶望に染まらない理由、それは、


「―――――即ち、エレガンス!!」


 答えが、上から来た。







 光は、声と共に来た。

 カーテンのように広がり、『貴風園』全体を覆い、


「輝けエレガンス! 我がエレガンティア! エレガントなエレガンテーション!」


 続く声が響き渡り、

 

「≪究極魔法アルテママジック≫!」


 宣言が行われ、法則が伝播した。

 

「≪――――パレス・オブ・エレガント≫!!」


 『貴風園』内に存在する存在、そのほぼ全ての動作が停止した。


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