フォン&トリウィア――重なる歌―― その2
ポセイドンがその瞬間見たのは白だった。
自身の肉眼、科装ゴーグルのレンズの視界補助、或いは全ての近くがその色に染まった。
神速を受けた大熱球が冥海に激突したことによる大規模な水蒸気爆発だということには意識を取り戻してから思い至った。
人種の街に火と水の混じり合いが、爆裂となって咲いたのだ。
陽鳥の白は、大熱球を押し出すだけではなく、その内部にも溶け合っていた。
それがどうなるか、それが真上数百メートルまで吹き上がった神殿が教えてくれた。
加速はあらゆる現象に及んだ。
単に高速で飛んだだけではない。
仮想水との反応よりも高熱と衝撃が全体に伝播するのが速かったのだ。
ただ熱や火を外部から冥海神殿にぶつけたのなら、一部は蒸発するがすぐに深海に押し留められただろう。
そうはならなかった。
深海が熱球を飲み込むよりも早く爆裂し、衝撃と熱は全体を駆け抜ける。
直上加速を付与されたために、全方位ではなく真上へと。
何もかもが、飛沫となって跳ね上がった。
下手にポセイドンだけを倒して残った膨大量の水が街に落下しないようにさせるためだろう。
これだけの水量が街に落ちれば甚大な被害となる。
だからぶち上げたのだ。
「っ……!」
そんなことを、飛沫舞う空の中で思った。
落ちている。
意識を取りもしてもなお、爆発による衝撃のせいか視界は歪んでいた。
≪偽神兵装≫に備え付けられた処置術式でも回復に数瞬掛かるほどだった。
背や両足のジェットスクリューも一時的にダウンし、異能によって体勢を整えるまでさらにもう数秒。
「―――――やぁ」
「っ……!」
それよりも早く、陽鳥が目の前に現れ、
「これ以上、迷惑かける人が多い場所で戦うのは止めようか――――!」
拳が顔面に突き刺さり、
「――――!?」
白い風と共に、世界が引き延ばされた。
打撃を顔面に受けたまま、フォンがそのままに飛んだのだ。
一瞬で移動したのは数百メートル。
あまりの速度によってまたその一瞬意識が途絶えた。
次に目覚めたのは、
「――――ここなら、迷惑かけても問題なさそうだしね」
王都北西部、どこかの劇場の直上。
蹴りの一撃と共に、劇場の天蓋に開いていた穴へと叩き込まれた。
●
「っああああああああああ!!! これで私が動かなくなると思ったら大間違いよぉおおおお!」
叫びながら、ヘファイストスはやっとの思いで立ち上がった。
全身をぶち抜いた大量の刃は、自分をハチの巣にしたがそこは異能のおかげだった。
蛸という生物を模した故に、ヘファイストスの≪偽神兵装≫は再生力に長けている。
体中に開いた穴も、一分ほどで塞がり、回復することができた。
その間にも悪魔の女はアポロンとアルテミスと戦っていた。
戦っているというか、滅茶苦茶にさせられているというべきか。
それでも踏ん張って倒されていないのだからここは流石と言うべきだろう。
だが、
「ここから、逆転劇よぉ……!」
瞬間だった。
頭上の天蓋、そこに開いていた影が墜落してきた。
粉塵を巻き上げ、そこに大の字で伸びているのは、
「――――ポセイドン!?」
「っ……ぐ……!」
埋めき声を上げる陰気な同胞だ。
それだけでは無かった。
続いて舞い降りる翼。
鳥人族の少女に、悪魔は微かに唇を尖らせ、
「…………私なら、迷惑かけていいんですか?」
「だって――――トリウィアなら問題ないでしょ?」
鳥人族が、その黒風を解き放った。
●
劇場内の全てを黒風が埋め尽くすのをトリウィアは確認した。
一瞬だ。
黒の奔流が形成する翼を勢い良く広げた結果。
屋外ではなく、室内でその権能を用いるとどうなるかがその答えがこれだ。
あらゆるものの停滞である。
重力による荷重ではない。
まるで時間が遅くなったかのように、あらゆる速度、行為が遅くなる。
開いた掌を握りしめるだけでも十数秒かかるほど。
驚いた。
風は移ろうものだ。
何らかの形を得ても、役目を果たせば解けて世界に溶ける。
それが閉所で用い、空間に積層させるだけでこうなるとは。
アポロンも、アルテミスも、ヘファイストスも、ポセイドンも。
トリウィアでさえ≪
「―――」
魔力が、既に尽きかけていた。
ヘファイストスを倒してから僅か一分と少しだが、常時≪魔導絢爛≫を使い続けているようなものだ。
当然、消耗も大きくこの超停滞の中では何もできない。
故に、
「――――廻せ、≪
新しい煙草を咥えながら、頭上の天輪が輝き回転する。
結果、使い果たした魔力の全てが回復した。
天輪は、ただの飾りではない。
弁だ。
アカシック・ライトはマルチバースから力を引き出す魔術。
不足系統を引き出して全系統を体現した。
だから今度は純粋なリソースとして引き出すだけだ。
理論上は無限に戦い続けられるが、実際の所は精神的な消耗は避けられないのでいつかは限界が来るだろう。
「ですが、今ではありませんね」
魔力は回復。
だがそれでも超停滞の中では足りない。
故に、
『――――≪
最大効率の身体強化を発動する。
身体能力強化魔法『黄金童話』。
≪龍の都≫でもアポロンに対して用いた『戦乙女騎行』や『英雄凱歌』は、それぞれに特化した身体機能があった。
だが、『神々の黄昏』が強化するのは、
「あらゆる全て……!」
その通りの強化が、それまでをはるかに上回る強化を発揮した。
頬や露出した太ももやニーソックスの下から青黒に淡く光る幾本もの直線のラインが浮かぶ。
それまでは、例えば『英雄凱歌』なら鬼種に匹敵する膂力があった。
今は違う。
あらゆる種族において頂点である龍人族にも届く性能を手に入れた。
それを以て、時間加速と重力制御を発動。
結果、
「――――ほら、トリウィアなら問題ない」
どんよりと時が流れる世界で、背後から声が掛かった。
軽い音と共に背中が重なり、煙と共に嘆息する。
「無茶ぶりじゃないですか」
「でも、それに応えてくれるのがトリウィアでしょ。戦ってる途中でもこっちに合図送ってくれたし」
「まったく」
苦笑してしまう。
最初に天蓋に立った時、巨大な水球の中で戦うフォンが見えて、その後の列車砲の爆裂で気づいてくれるだろうと思ったのは確かだが。
これは彼女なりの自分への甘えなのだろうか。
だったら良いなと思い、知りたいなと考えた。
それからやっぱりいいかなとも。
知識欲は自分にとって呪いだった。
知りたいという呪縛のままに多くの知識を得て、けれど代わりに失ったり傷つけたものがあった。
けれど。
ウィルは、それを祝福と呼んでくれた。
呪いではなく祝福であり、それがトリウィア・フロネシスだと。
そして今、
「えぇ。この祝福が、貴方を一人にしませんとも」
「ほぅら」
二人で笑みを零し。
そして行く。
●
『―――しろく、くろく、あおく』
歌と共に黒白の陽鳥と青黒の天使が駆ける。
何もかも停滞する中で二人は高速で、フォンが言葉を口ずさみ、
『―――天高く、空深く、風強く』
そこにトリウィアが言葉を重ねる。
フォンがアルテミスとポセイドンを。
トリウィアがヘファイストスとアポロンを。
それぞれ蹴り上げ、飛ばし、
『―――かぜが、はこぶ』
『―――深淵が、深まる』
中空、四人を一か所に纏めた。
『―――しゅくふくを、このめに』
『―――連理が、この背に』
一塊の真下、フォンとトリウィアは集い、
『―――広がる叡智と!』
『―――ふかき、ひよくを!』
手を、刃銃を翳し多重方陣が展開された。
青、黒、白。
三色で構成された魔法陣。
アース111の神性を受け継ぎ、自らの名を正した陽鳥と。
マルチバースの力を引き出し、境界を超えた天使が。
『
フォンが拳を振りかぶり、トリウィアが引き金に指をかけ、
『――――≪
深淵の暴風をぶちまけた。
この世界を構成する三十五の要素が織りなす破壊概念が加速に乗り、減衰によって触れた瞬間に重く残る。
何もかもを打ち砕き、破砕する風のミキサーだ。
アポロンも。
アルテミスも。
ヘファイストスも。
ポセイドンも。
抗うことは許されない。
事前の超停滞から叩き込まれたが故に、防御も回避もできず、
「―――――終演」
トリウィアの宣告により、全ての幕は下りた。
●
「おー、ちゃんと生きてる」
「こっちで非殺傷掛けてましたからね。まぁ、甘い気もしますけど……」
「ウィルさんは、こうするよね」
「えぇ」
打ち上げた四人をトリウィアは重力制御で回収し、魔力で作った鎖で拘束をしておく。
トリウィアは白衣、フォンは鳥人族の装束の上からスカジャンを羽織った姿に戻り、
「どうするの、こいつら」
「一先ず能力を封印しておきました。なんならちょっとした仮死状態なので、しばらくは大丈夫でしょう。正直、今は放置するしかないですね。この場にずっといるわけにもいきませんし……」
≪龍の都≫の時のようなヘラとやらの転移で回収されても困るが。
今は手が足りていない。
あちこちに蔓延る魔族を倒し、民間人の救助も必要だ。
アルマと連絡が付けば助かるが、現状未だ無し。
「一先ず可能な限り強力な結界を張って、認識阻害と拘束をしておきます」
「ん、任せ―――」
頷きは、行えなかった。
フォンが顎を真上に跳ね上げ、トリウィアも同じ動きをする。
トリウィアが手を伸ばせばフォンがその手を取って飛翔。
大きくなった天井の穴から飛び出し、
「っ……!」
二人は北の空に、息を飲んだ。
あちこちで戦火や煙が上がっているが、それ以上の異変は無い。
だが、知覚とは別、もっと深い所。
精神を蝕む何かが、広範囲にばらまかれている。
「これは―――」
何かの精神汚染。
王都の北部。
思い返すのは、そこに現れた存在とそこに向かった人。
その名を、フォンが噛みしめる様に口にした。
「御影……!」
●
「―――――ごほっ」
天津院御影は、血の塊を吐き捨てた。
身体には傷があり、膝をついた地面には既に血だまりができつつある。
「…………参ったな」
大戦斧を支えにしつつ、前を見た。
そこには、
「オオォォオオオオオ――――――!」
雄たけびを上げる、巨大な三つ首の獣。
蛇と狐と狗の頭。
それは天津皇国における神話。
皇国の三大聖域に封印されていた鬼神。
エウリディーチェ曰く、人を愛し、憎み、寿ぎ、矛盾に耐えられなかった神格。
つい先日、封印が破られたと聞いたその名は、
「≪三鬼子≫……!」
それが現実となって、絶望をばらまいていた。
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