フォン&トリウィア――重なる歌―― その1


「ぬおおおおおおお…………!」


 シュークェは腹から声を捻り出し、気を練り上げていた。

 水球の真下、並ぶ建物の中近くで一番頑丈そうだった石造りの屋根に立ち、両腕と翼を広げ、


「おおっ……ほっぉおおおお……んふあああああ……!」


 腕と翼の先に、巨大な火球が練り上げられていた。

 現在直径五メートル。

 顔の近くで焚火をしているような熱があるが、しかし球自体の熱量はさらに千度は超えている。

 球形の中で熱が循環し、内部で高まり続けているのだ。


「シュークェ!」


「おわっ!」


 急にフォンが隣に現れた。

 彼女は全身濡れ鼠だが、それには構わずに火球に視線を送り、


「―――小さいよこれじゃ! 伝えたでしょ、あの水蒸発くらいさせるような凄いやつ作っといてて!」


「あんなジェスチャーでは分からんわ! ドニー殿が解説してくれたが! あとこのシュークェでも流石にちょっと無理ないか!? 規模感違い過ぎるであろうが!」


「私が仙術でどーにかするから!」


「なら自分で飛ばせばいいんでは?」


「あの超寒くて超重い水の中で引きつけてたの見てたでしょ! あと私範囲攻撃苦手だから、シュークェのを加速と減衰で良い感じにして吹っ飛ばす!」


「できるのか!?」


 強く、問いかけた。

 正直、ちょっと無理がある気がする。

 実際に火球を生み出してみて思ったことだ。

 通常、絶招による爆熱体当たりでその身に宿す熱量を体外に放出して固定化しているのだが、しかしそれでも半分消し飛ばすのがやっとな気もする。

 正直あの根暗男の魔法はシュークェの常識を超えている。

 仙術を以てしても届かず、神に近い領域かもしれない。

 

「――――できる! というかやるんだよ! 私とシュークェで街を、みんなを守るの!」


 だが、彼女は吠えた。

 迷いなく、できてて当然と言わんばかりに。

 その在り方は、幼い頃の彼女とも、翼を失った時とも違う。

 もしかしたら初めてシュークェは今のフォンを見たのかもしれない。

 ウィルと出会って変わった彼女と。

 なら、言うことは一つだ。


「仕方あるまい……!」

 

 丹田に力を入れ、気を練り上げる。

 さらなる火、さらなる熱量を。

 瞬間だった。


「っ――――!」


 水球から奔流が飛び出した。

 最初のフォンが受け止めた現れた時と同じもの、それが八つ。

 それだけではない。半分程度の細さの水の槍が、螺旋を描きながら周囲、人々にも向けられていた。

 ドニーやフランソワ、数人の衛兵なら止められるかもしれないが、


「ほとんどは、足りないぞ……!」

 

「――――私が行く。シュークェはそのままで」


 横が見た時、妹分はもういなかった。




 



 フォンは、今度こそ飛翔を全開にした。

 冥海のではなく、空に飛び込むことよりその神速は十全を発揮する。

 一番近い水流へは、文字通り刹那で辿りつく。


「っ……!」


 即座に黒の減衰を盾のように展開し、受け止める。

 減速は強烈だった。

 時間が遅くなったかのように、目に見えて動きが衰える。

 一本だけなら、そこからさらに白の加速でぶち抜けばいい。

 だが、一本ではない。

 大が八、小は十五。

 だからフォンはさらに飛ぶ。

 黒の風はそのままにして、彼女だけが次の水流を受け止めに行った。

 コンマ秒以下の移動。

 黒で受け止め。

 白で渡り。

 二色が連続し、止まらない。


「a―――」


 喉から声を零しながら。




 



「―――おい、見ろよ」


 逃げていた人々の誰かが、足を止め空を見た。

 黒と白の翼を持つ少女。

 彼女が、


「分身……!?」


 水流をその身で同時に受け止めていく。

 水流の受け止めと移動を超高速で繰り返すが故の残像分身。

 火球に向かっているものも、避難民に向けられたものも残らず受け止めながら、次々に数が増えて行き、


「………………歌?」


 誰かが、呟く。

 そして誰もが聞く。


『―――――くろく、くろく、くろく』


 分身と残像によって全方位サラウンドで重なる歌を。


『―――とおく、おそく、おもく』


 風が、歌に溶け、


『―――つめたく、にぶく、ねむく』


 歌に、風が舞う。

 

『―――かぜが、うたうよ』


 少女は黒を翳し、


『―――あなたと、ふたり』


 白を纏い、


『―――いつだって』


 残像がブレ、


『―――どこだって』


 ここにはいない誰かへの想いを歌いながら、


『―――このはねが、つむいでいくよ』


 合計二十三本の水流、超高速の残像分と減衰の風による同時の受け止めを完了させた。

 

「おぉ……!」


 その背を、誰もが足を止めて見上げていた。

 背に粒子の翼を背負い、全身の刺青を輝かせる少女。

 彼女は、


「学園、一年次席……!」


 声を上げたのは、街で八百屋を営む中年の男であり、


「毎朝、街を飛んでる子だ……!」


 隣にいる軽食屋の店主も声を上げる。


「朝、見かけるとその日の売り上げが良くなるっていうあの……!」


「そうだ、開店準備する時ふと空を見上げた時、あの子が見えたら最高だぜ……!」


「おぉ……!」

 

 男二人が頷き合い、周りも深く同意し、


「あの子が、こんな無茶を……! 俺たちは、どうすれば!」


 自ら問いかけ合い、その瞬間に声を聴いた。


「応援よおおおおおおおおおおおお!!」


「!!」


 声を上げたのはチアガール姿の筋肉エルフだった。

 彼女は両手のポンポンをリズムよく振り、


「今から逃げても間に合わないわ! 戦いに参加することもできない!」


 だったら、


「応援よぉーー!」


 躍動する筋肉を大きく弾ませる彼女に対し、恰好と存在に疑問は持ちつつも言葉に対して迷いは無かった。


「あぁ……!」


 彼らは頷き、フランソワも力強く頷きを返す。

 拳を握り、


「さぁ、応援するのよ―――」


 振り上げる為の力を込め、


「―――――あの、不死鳥のシュークェを!」


「…………」


 拳の動きが、止まった。







『が、がんばれー』


「なんだ貴様らその腑抜けた応援はぬおおおおおおおおおおおお!! はっ! ぬん! とぁー!」


 あまりにも心の入ってない民衆の応援に、抜けそうになった気合を入れ直す。

 眼前、風の歌、それも通常喉の震えであるはずのものを確かな言葉の連なりとしたフォンがポセイドンの攻撃を阻止してくれている。

 だが、火球はまだ小さい。

 否、既に七メートル近くに大きくなかったが、


「まだ、足りんだろうこれでは……!」


『がんばー』


 せめて倍は欲しい。

 だがシュークェは既に魔力も気も限界まで振り絞っている。

 絶招の火力としては二割増し程。

 即ち、全力をさらに超えている。

 

「っ…………!」


『がんばーれーっ』


 それでもと、魔力を、気を、命さえも振り絞り、


「――――一人では限界があるアルよ」


「!!」


『おぉ……!』


 火球が一息に一回り大きくなった。

 横を見れば、三つ編みの少年が片手を火球に手を翳し、何かを注ぎ込んでいる。

 それは、


「仙剄……!? お前も、仙術を……!」


「フォンから聞いたのを自分なりって感じアルだけどね。それより、練った気と魔力を送り込んでるけど良い感じアルか?」


「ぬっ……!」


『いいぞ、頑張れー先生ー!』


 言われ、感じ、気づく。

 火球にシュークェ自身の仙剄とは別の気と魔力が流れ、それが火球を大きくしているのだ。


「おぉ……こんなこともできたのか……!」


「魔力と気はコンフリクトしないアル。だから、こうして他者から魔力を供給してもらえれば―――」


「なるほど、そういうことか!」


『頑張れー!』


 両手両翼を掲げつつ、背後に振り返り、


「貴様ら―――――このシュークェを応援するがいい!」

 

 叫んだ。

 そしてその声を受けた彼らは互いに顔を見合わせ、声を揃えて、


『めっちゃしてただろ!』







 フォンは風を聴いた。

 それは小さく吹く、熱を持つ風だ。

 数は多く、至る所から一点に向かう。

 一つ一つはあまりにもか弱い。

 当然だ。

 彼らは、彼女らは戦う力を持たないが故に逃げているのだから。

 けれど不死鳥が目に届く誰もが手を伸ばし、熱を送る。


「―――がんばれ」


 誰かが小さく口にする。


「―――がんばれ……」

 

 誰かが言葉を零す。


「―――頑張れ……!」


 誰もを守ろうとする不死鳥へと。


「上手く行ったら合コン、セッティングするからよ……!」


「あぁ、俺も、俺の娘―――の、友達の友達を!」


「ほぼ他人じゃねぇか!」


「だってうちの娘はなぁ」


「私半裸は嫌よお父さん!」


「だよなぁ……」


「鳥人族の文化だとなぁ。俺も嫁が魚人族だから困ったけど……フォンちゃんみたいに服着てくれれば……」


「うちも旦那が蟲人族だから食事とか生活とか合わせるの大変だったのよねぇ」


「…………」


「…………」


「…………」


 一瞬、風が止まり、


「うおおおおおおおとにかく頑張れえええええええ!」


「貴様らぁー! ほんと応援する気あるか!? あと、友達の友達、お願いします!」


 また風が吹き、熱が集う。

 青黒を受け止め、神速を体現し、残像を残す中で、くすりと笑ってしまう。 

 面倒がられたりはするけれど、それでも嫌われないのがシュークェという男なのかなと思う。

 

「っ……!」


 不死鳥が、声にならぬ雄たけびを上げる。

 腕と翼の中に、本来彼でも扱いきれぬはずの熱が形になり、


「鳳仙絶招・改……!」


 結実する。

 三十メートル近い直径に達した大熱球。

 

「――――≪三界火翼・一切衆生≫!」


 放たれた。

 両腕と両翼に押し出されるようにゆっくりと冥海神殿へと浮上していき、

 

「っ……はっ……はっ――――――フォォォォン!!」


 不死鳥は陽鳥の名を叫ぶ。

 故に、フォンは飛翔を以て応答とした。

 水流からの離脱際に、細いものには加速と減衰のバランスを甘くした仙爪を置いておく。結果、激突当時に二種の力が暴発し、水流を砕いた。

 爆砕の瞬間には、とっくにフォンは大熱球の下にいる。


『―――しろく、しろく、しろく』


 起こしたのは加速の白だ。


『―――ちかく、はやく、かるく』


 それを大熱球の周囲を飛び回り、


『―――あつく、するどく、さましく』


 加速を注ぎ込む。


『―――かぜが、うたうよ』


 さらに真下に跳び、手と翼を翳す。

 

『―――みんなと、かさねて』


 白が、大熱球を頂点として螺旋を描き、


『―――いつだって』


 その権能が発揮される。


『―――どこだって』


 加速が、神速を奏で、


『―――このねつが、とんでいくよ……!』

 

 赤熱を押し出した。

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