フォン――同心協翼―― その2



 ≪龍の都≫の一件から一月と少し。

 あれからフォンは真面目に体術というものを学び始めた。

 飛べなくて戦えないという状況がこれから先無いとも限らない。だからドニー師範に弟子入りし、体術、拳法というものを学んだ。

 そして、分かったことがある。

 鳥人族の肉体は人種の体術とは相性が悪すぎるということだ。

 ドニーのように獣人種ならばまだ良い。

 だが、鳥人族はダメだ。

 なぜなら――――体重が違い過ぎる。

 正確に言えば体重を含めた筋肉や骨格の強度や密度の差異。

 人種と同等か、それ以上なら良い。

 だが骨がハニカム構造となり、全身のあらゆる部位が飛ぶ為に軽くなっている鳥人族には都合が悪すぎた。

 パンチ一つ、キック一つにも威力を出す為の大きな要素として自重の移動がある。

 だが、体重30キロを切るフォンにはそれができない。

 人種の動きを可能な限りトレースしても、軽い攻撃にしかならないのだ。

 この体重や骨格も含めてシュークェは鳥人族でも異端児だったのだなと改めて思う。

 勿論鍛錬自体はしている。

 体の動かし方を学ぶのは決して無駄にならない。

 ただ、実践において最も大事なこと。

 鳥人族におけるそれは、


「重なれ、加速……!」


 結局、それなのだ。

 行先はポセイドン。

 打ち込んだのは肘だ。

 人体で最も固いとされる場所の一つであり、それは鳥人族も同じ。

 寸前で三叉槍に受け止められたが構わず、加速の白をぶちまける。

 勿論、強度自体は人種に劣るが、


「オォ……!」


「ぬぅっ……!」


 加速。

 ただ、それ任せに全てを押しのけて行った。

 肘を中心に全身に白を纏うことで速度を生み、全方位に黒を放出することで荷重へと対抗とする。

 一瞬で移動したのは数十メートル。

 冥海を黒白が突き抜け、


「舐めるな……!」


 ポセイドンが動く。

 指の動きにて受け止めに使っていた三叉槍を回した。

 同時の周囲の海流も動く。

 三叉槍を中心に発生した渦巻がフォンを弾き、ポセイドンは背のジェットスクリューを噴射。

 背面飛びの要領でフォンを飛び越えてから槍を構え直し、


「――――?」


 それを、フォンは無視した。

 攻撃が弾かれたことも、背後を取られたことも構わない。

 やることは一つ。

 再加速だ。

 向かう先、突き抜けたのは、


「っ――――!」


 冥海神殿の外。

 全開の加速で、フォンは水牢から飛び出した。







「っ……はぁっ、はぁっ……! ……きっついなぁ!」


 水獄を飛び出し、翼を大きく広げながらフォンは呼吸を荒くした。

 冷たい水中の後に感じる空気は冬の終わりとはいえ太陽の光もあって温もりを感じる。

 温度差に体を震わせつつ、


「ふぅっ……―――んっ」


 視線をずらした。

 北の方だ。

 それは一瞬であり、


「―――――シュークェぇっ! おぉうい!」


 同郷の火翼の姿を探し直し、声を張った。

 冥海神殿の水牢の下方、人の群れを守っている彼は遠いが、こちらに気づき


「―――――ぁああああんんんんぁああああああ!」


 長く伸びる声で答えてくれた。

 だが、距離があり、あちこちにある戦闘音のせいで上手く聞き取れない。

 

「えーと……」


 フォンが下に移動すれば攻撃がそちらに来るかもしれないので、彼の元には行けない。

 だから、


「――――気づいてよね!」


 フォンは全身を使った。







「むっ…………?」


 シュークェはフォンの動きに首を傾けた。

 彼女は、巨大な水の塊を指さし、両腕で大きな丸を描き、それを両手で押し出した。

 最後に親指を立てた拳を突き出す。

 

「おぉ……なるほど!」


 ジェスチャーだ。

 おそらく意味は、


「あの水よりも大きい愛を持てば番も見つけられるから頑張れ―――――ということだな!?」


「絶対違うアルよ」







 ポセイドンはフォンが再び冥海に飛び込み、上昇する軌道を目で追った。 

 速く、そして先ほどよりも余裕がある。

 一瞬外に出たことで空気を確保したのだろう。

 この海底神殿においてポセイドンのジェットスクリューによる最高速とほぼ同等の速度を出しているのだから通常のそれがどれほどかは考えたくはない。


「だが……敢えて飛び込むか、比翼」


 この水底。 

 呼吸を保ち、速度を出せると言ってもポセイドンの領域に。

 舐められていると理解する。

 いや確かに先ほどは攻撃をすり抜けられるような完璧な回避をされてびっくりして一撃を受けて反撃しようとしたらスルーされて外に飛び出されたがそれは初見なので仕方ないし戦いでも尚スルーされたりしてショックだったことなんてことは全くないし逃げられたらどうしようとかも別に思っていない。

 なにはともあれ、


「改めて―――歓迎しようか」


 今度は一人言。

 そして己の権能を行使した。

 即ち、全てを満たす仮想水の操作。

 先ほども行ったが、あれではダメだった。

 おそらく、弾丸のように打ち出すのもダメだ。螺旋は勿論、線でもダメだろう。速度は勿論、超高速で尚自在に動くセンスが人種の限界を超えている。

 故に、


「打ち出すのは、面であるべきだ」


 三叉槍を頭上へ、薙ぐように振るう。

 結果生まれるのは波だ。

 水中でありながら、上を取ったフォンへ一辺五十メートルの立方体。幅は周囲の水が追加されていくために、フォンに辿りつくまで広がり続ける。

 操作した水は魔力を通し色が濃くなるせいで、目視できるが、


「避けるならば、それはそれで容易い……!」


 避けた先で新たな波をぶつければいい。

 ぶつけて行く。

 彼我の距離は三十メートル程度、到達には数秒。

 対して、フォンは、


「―――!」


 白風を纏い、真下に飛翔。

 正面から波壁へと突っ込む。

 

「―――――」


 動きにポセイドンは僅かに目を細め、三叉槍を握る右手とは逆の左手に力を込める。

 頭上を取るフォンのさらに上。

 そこに新たな水の壁を用意するためだ。

 彼女が波壁を突っ切るにしても、あの黒白の飛翔でも速度は落ちる。ならそれを上からさらに押しつぶせばいい。

 そう思い、


「――――しろく、くろく」


 歌を聞いた。

 短いものが深海に響いて。

 陽鳥は波壁を突っ切るのではなく、断ち切った。







 フォンが行ったのは、実戦では初使用の仙術だった。

 波壁へと飛び、ぶつかる直前に体を回した。

 放つのは蹴りだ。

 打ち込むようなものではなく、体を回して足先が弧を描く蹴り。

 波壁ではなく、激突の直前に放てば虚水を裂く。

 それだけでは何も起きない。

 生まれた風が水に溶けて行くだけ。

 だから、


「にぶく―――」


 蹴りが描いた弧に、黒の風を詰める。

 結果、生じた風圧が押し留められる。

 同時進行で白の風で弧を覆い、


「―――――するどくっ!」


 打ち出す。

 蹴圧の霧散を減衰で押し留め、それを加速させることによって生じる風の爪だ。

 高速で突っ張った仙爪は波壁を割り、数メートル分の亀裂を作り出す。

 無論それだけでは足りず、


「鳳仙剄・四つ葉翠……!」

 

 一息に四閃をワンセットとして連続させた。

 暗い海底に芽生える道標の四葉。

 乱斬撃は波壁を裂き割るが水という性質を持つ以上、間隙をすぐに埋めてくる。

 だからフォンは止まらなかった。

 生み出した亀裂が埋まるよりも先に進む。 

 体を回し。

 弧を描き。

 風が裂き。

 体を進めた。

 ポセイドンの元へ到達するまでの数秒で放った数は五セット。

 それだけの数の仙爪を繰り出し、


「おお……!」

 

 壁波を抜け、


「っ!」


 二十一撃目はポセイドンの三叉槍と激突した。

 槍の振り上げと踵の振り下ろしが衝撃を周囲にまき散らし、


「――――!」


 飛翔と潜水、二つの高速を以て激突を開始した。








 それは無音の攻防だった。

 黒白の螺旋を纏うフォンとジェットスクリューによって推進力を得るポセイドン。

 両者の速度はほぼ同等。

 常にフォンが上を取り、ポセイドンは下から迎撃する。

 攻撃の手数が多いのはポセイドンだった。

 槍や指の動きだけで、膨大量の水量を操り、全方位から攻撃をできるというのはあまりにも大きなアドバンテージだ。 

 海棘や波壁は勿論、水の塊を射出し、流れが鞭のようにフォンを打とうとする。

 無論その全てをフォンは回避するが、運動量と疲労においては圧倒的に彼女が勝る。

 この一点を、ポセイドンは勝機として見出していた。


「逃がさなければいいのだ」


 数度目かの仙爪を凌ぎ、低く自らに言い聞かせる。

 極めて単純な呼吸の問題だ。

 魔法によって誤魔化せるとしても、生物である以上息を吸わなければならない。そして運動量が増えれば増えるほど消費酸素は上がり、加速度的に疲弊していく。

 魔法がある世界であり、異族異種亜人が混在していても根底は変わらないのだ。

 故に待てばいい。

 速度は脅威であり、この海底神殿と、それに付属する水流操作でも陽鳥は捕らえられない。

 だから待ち、凌ぎ、時間を稼ぐ。

 いつか、翼は深海に沈む。

 そしてその時間にして、三分にも満たなかった。

 だが、


「っ……ごぽっ……!」


 フォンの動きが目に見えて色褪せた。

 

「―――は」


 思わず、唇が歪み、マウスピースを含んでいたせいで粘度の高い笑みが零れ、


「むっ……!」


 表情を引き締める。

 一度アルテミスに同じような笑みを見せたら『うわニチャってきめぇ』と言われたので以後彼女の前で笑わなくなった。笑わなくなったら『お前暗すぎ』とか言われたのがあの女チンピラすぎる。

 悪気がないのが一番怖い。

 そしてフォンもまた、その手のタイプだ。

 悪気が無いのに人を傷つけるのだろう。

 きっとそうだ。

 そしてこういうやつほど友人に囲まれて日々の生活をエンジョイしているのだろう。

 そう考えるとかなりムカつく。

 

「じわじわと嬲り殺して――――」


 やろう、そう呟こうとした時だった。

 

「―――――はっ」


 フォンが、苦しそうな表情を浮かべながらも笑ったのだ。

 こちらをあざける様な、何かに確信したような笑み。

 一瞬、直前の思考に引っ張られて馬鹿にされたかと思った。

 違う。

 なぜならその視線はポセイドンに向いたものではなかった。

 それよりも、下だ。


「っ―――――!」


 見るべきは下。

 これまでフォンがずっと上を取っていたために意識を外れた領域。

 冥界神殿内は問題無かった。

 問題があったのはそのさらに下。

 地上。

 ―――――不死鳥の男が、巨大な火の玉を作り出していた。


「悪いね」


 風が吹く。

 それはポセイドンを横切り、通り過ぎる風で、


「君の能力、ちょっと相性も性質も悪い」


 だから、


「―――――他人の力を借りることにするよ」


 それは、ポセイドンには一回くらいしてみたいなーとは思うけれど、能力の都合どうしても無理なことだった。

 

 

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