シュークェ――人獣混交―― その3


「…………なんだ、アレ」


「うちの教員アルね。フランソワ・フラワークイーンというアル」


「学園というのはけったいなのがいるのだな……」


 しみじみと呟くシュークェに肩を竦め、チアダンスを踊りながら跳び回って魔族を消滅させるフランソワにまた怒られないように駆けだそうとし、


「ドニー師範!」


「アル?」


 眼下、通りから声が上がった。

 見れば足を止めた騎士がこちらを見上げている。

 顔の半分が鱗で覆われた縦の瞳孔を持つ、人種に近い性質を持ったリザ―ディアンの騎士だ。

 その顔に見覚えがあり、飛び降り彼の前に立つ。


「君は……ヴォール君アルか。久しいアルね」


「はぁい! 自分が卒業して三年ぶりでえええす!」


「うん、相変わらず喉が震えているようでなによるでアル」


 喉を鳴らして威嚇する声帯特性を持っているからか特徴的な話し方をするのは数年ぶりに会う学園の卒業生だ。

 記憶より成長した顔立ちを見上げ、


「良い鎧アルね。出世したようアル」


「はぁぁい! 師範たちの教えのおかげでぇぇっす! 部隊長になりましたぁぁぁ!」


「結構アル―――部隊長から見て、状況はどうアル?」


「正直、師範たちが戦ってくれて超助かってまぁぁぁす! 防衛はできても、迎撃が遅れているところでぇぇぇす!」


「ま、そうなるアルか」


 頷きつつ、避難民を見る。

 一口に避難民と言っても、実情は様々だ。

 前提とする戦闘能力がない市民だとしても、戦闘訓練をしていない大人もいれば、女子供に老人。彼らが走る速度にも大きな差があり、逃亡の流れは間延びしてしまう。 

 そういった延長を騎士団や衛兵たちは補い、守らなければならない。

 騎士団も単騎で大型を倒せる実力者やそれ以上の『二つ名』持ちもいるし、小型魔族程度なら衛兵でも倒せる。

 だが、町中に蔓延り、人々を守りながらだとどうしたって手が足りないのだ。

 緑の髪を撫で思うのは、


「……うちの生徒の大半が試験の準備で王都を出ていたのは幸いというかべき悩みどころアルね」


 思わず嘆息してしまう。

 学園の生徒ならば並みの騎士程度の戦闘力もあるし成績上位者『二つ名』持ち、或いはまだ貰ってないだけという者も多いのだ。

 その生徒たちはほとんどが王都を出て各地の試験会場の準備に出払ってしまっており、戻ってくるのにも時間がかかるだろう。

 戦力的にはいてくれれば助かるが、教え子たちが巻き込まれないだけよかったというべきか。


「―――ま、できることをするアルか」


「そうですねぇぇぇ! 師範たちにはぁぁぁ引き続きぃぃぃ迎撃をお願いしまぁぁぁす!! もう少し進めばぁぁぁ中心部の防衛線に辿りついてシェルタァァァに誘導できるのでぇぇぇええ!」


「うむ。そのつもり―――」


 言ったその時だった。

 警戒の為に周囲を見回す為に空を見上げた。

 駆けて行く避難民の前方上空。


「――――」


 男が宙に立っていた。

 かなりの高所。

 何か槍のようなものを手にしている。

 目にしてぴりりと背筋に震えが走った。

 魔族とも違う。

 むしろそれ以上の異物感。

 卒業生の騎士が連られて見るが、首を傾げるだけだったので彼は気づいていないのだろう。

 ある程度の戦闘経験と相手の技量を理解する目、それを持ち得る達人と呼べる領域の者でないと気づけない感覚。

 視界の端、フランソワも足を止めている。

 だがドニーもフランソワも届く距離ではない。

 アレに気づいて、尚且つ届く者は、


「なんだ貴様あああああああ!」


 いた。







 シュークェは炎翼をはためかせて飛び上がり、スーツ姿の男と相対した。

 声の届くギリギリの距離で向かい合う男は、近づいてみるとかなりの長身ということが分かる。

 顔に掛かる濃い藍の長髪。黒のネクタイに黒のダブルジャケット。

 手にしているのは妙な質感の金属による長方形を組み合わせたような三叉槍だった。

 堀の深い目元は暗く、どこか陰気な雰囲気を漂わせている。

 良く見ればただ宙に立っているのではなく、水の膜なようなものの上に佇んでいた。

 奇妙な気配と服装。

 それには見覚えがあり、


「貴様……ミス・ナントカの仲間か!」


「…………?」


 ゆっくりと首を傾げられた。

 なるほど。

 とぼけている。


「ふん……往生際の悪い奴め、このシュークェは騙されんぞ!」


「…………?」


 また首を傾げられた。

 なんと不遜な相手だ。

 己を前にだんまりとは。


「貴様もディーコロネンなのだろうが、たった一人でシュークェの前に立つとは――」


「俺はたった一人ではない」


 食い気味の早口が帰って来た。

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