シュークェ――人獣混交―― その4
「確かに俺は≪ディー・コンセンテス≫の一人であり、今は一人で立っているがだからといって一人ではない。俺には仲間がいてそれぞれの任務がありそれを実行しているだけだ。俺が今単独行動をしているのは俺の能力的に他の面子との共闘が難しいだけであり、俺の人格に問題があって除かれているわけではない――――いいか?」
長髪を男は一息に喋り、
「………………」
今度はこちらが首を傾げる番だった。
声の届くか届かないかのギリギリの距離でボソボソと早口で言われても全てを聞き取るのは難しい。
そのうち、聞き取れる単語を脳内処理し、最近王都で知ったいくつかの言葉から当てはまるのを決定し、
「つまり――――貴様、ぼっちか!?」
男が振るった槍から生まれた水流がシュークェを飲み込んだ。
●
「がばばばばばばぼぼぼぼぼ!」
それはシュークェの全身を飲み込む激流だった。
内側に螺旋を描く流れは不死鳥の抵抗を押しとどめ圧力を与える。
「――――っ」
強烈な勢いに思わず大量の息を吐きだしてしまったのが良くない。
仙術の発動には呼吸を伴う。
加えて炎を扱うシュークェにとって、ただの水流程度なら蒸発できるが、
「んが……!」
背から生み出した炎は、一瞬のうちに消されてしまう。
それは圧力故であり、水と火という単純な物理的法則であり、
「ふぃふふぁんふぉふぁふぉふぉふぁふぃ……!」
ミス・ナントカと同じ……! と口に出そうとして失敗した。
単純な、物理的な水流では無い。
魔術的・概念的強化を付与された奔流だ。
「……!」
拙いと、シュークェは判断した。
単純に高所からこのまま大地に叩きつけられればただでは済まない。
否、シュークェの再生力ならそれ自体は問題ないのだが。
問題なのは、この下だ。
未だ多くの人々が逃げる為に駆けており、それに激突してしまう。
戦うことがままならずに逃げて来た人たちだ。
対処はできないだろう。
今のシュークェにも対処が難しい。
尋常ならざる再生力を前提としているために、攻撃を直接どうするかではなく受けた後にどうするか、という風に戦闘を構築しているのだから。
この状況、的確に判断できるものは。
「フェレットは泳ぎが得意アルよ」
いた。
●
「フランソワ先生!」
ドニーは水流にシュークェが飲み込まれるのを見ていた。
同時に大地を蹴る。
飲み込まれた直後に炎翼で抵抗したが、逃れられていない。
そのまま行けば彼ごと水流が人々に降りかかるだろう。
故に同僚の名を呼んだのだ。
既にオカマエルフは準備ができていた。
「ハァイ……!」
大通りの向かいでポンポン同士を合わせていたので、
「―――とっ」
その中心部に足裏を乗せ、膝を沈め、
「なんでポンポンにナックルダスター仕込んでいるアルか」
「チアガールにお触りした不届きものを張り倒す為よ……!」
彼女―――その主張を尊重してそう呼ぶ―――が両手を振り上げると同時に、膝を思い切り伸ばした。
轟、という音と共にドニーの体が空を往く。
高速で弾かれるように跳び上がった少年は重心と体重制御しつつ、
「フェレットは泳ぎが得意アルよ」
自ら水流に飛び込んだ。
重い。
内側に巻き付く様な圧力と不自然な魔力を感じる。
構わなかった。
足を延ばし、水流の外へ踝から下のみ置き、指先だけシュークェのズボンに引っ掛け、
「……!?」
獣化と共に脱出した。
「ごほっ……これは……!」
「ちょっとした応用アル」
宙に浮きながら、シュークェの驚愕の声を聴く。
一瞬で抜け出したのは≪高次獣化能力≫の小技だ。
≪高次獣化能力≫保有者は任意で人、獣、半人半獣、さらにはその配分まで自由に変更可能であり、衣類さえも変化に適応できる。
ドニーが行ったのはそれを応用したものだ。
前提として人形態から獣形態になれば大きなサイズ変更が行われる。
自分の身長の場合、大体100センチほどの差異が生まれるのだ。
「獣化を自分の体の一部を起点に行うと、その部位まで全身がズレるわけアルな。疑似的な瞬間移動というワケある」
今回の場合、水流から飛び出させた足先を起点にした。
その上で獣化することで、指を引っ掛けていたシュークェも100センチほどズレて、後は獣化形態のままに体重移動と体捌きで引き抜いたのだ。
今のような回避もできるし、先ほど猛禽魔族を倒したように接触状態から移動分のエネルギーを稼いで、発剄としてぶつけることもできるのだが、
「………………?」
「まぁ、分からなくてもいいアル。フォンも首をひねっていたアルしな」
この辺りは経験によるものが大きい。
翼を広げ滞空するシュークェの肩で息を吐き、
「チアフル乙女ハリケェェェエンン!!」
地上に到達する寸前、フランソワが水流を砕くのを見た。
両腕を真上に伸ばし、回転したままに突撃したらしい。
技名はどうかと思うが、威力は折り紙付きだ。
的確に螺旋を読み、水流を飛沫に変えて行く。
一先ず発生した危機は乗り越え、
『
何も終わってないということを突きつけられた。
●
『飲み込め―――
散らばった水滴が、逆再生のように空に昇っていく。
空気さえも重くなったような深海の中心にポセイドン・エノシガイオスは三叉槍を掲げた。
握る手から、姿が変わっていく。
肌を包むのは鱗模様の厚手のダイバースーツ。
両手両足に加速器を備えた機械装甲は腰と背のバックパックとチューブと繋がり、さらにはそこから顔の下半分、口と鼻を覆うマスクと接続された。
シルエットだけ見れば魚人族だが、やはり別世界・別時代における
その力を、ポセイドンは解き放った。
「――――」
言葉は無く、掲げた三叉槍の先端に水球が生じる。
水球が、さらに巨大な直系三十メートルの水塊となるのは一瞬だった。
軽い動きで三叉槍を振り下ろし、水塊が自由落下を開始する。
「……!」
眼下、地上から様々な声が上がった。
悲鳴であり、怒号であり、驚愕だった。
だが無慈悲に水の巨塊はゆっくり、確実に落下していく。
地面に激突すれば周囲の建物ごと人々を押し流すだろう。
衝撃の炸裂で数十人を押しつぶし、二次被害として周囲の建物との激突を促し、局地的・小規模な津波を生む。さらには動きが鈍った所で魔族の餌食になる。
数十、数百の命を奪うだろう。
ポセイドンはその事実をどうとも思わなかった。
暗い緑の瞳で眼下を睥睨し、
「――――む」
風が吹き抜けた。
●
人々は見た。
頭上、巨大な水の塊が振ってくるのを。
誰もが見た。
一瞬で黒く光る粒子の風が水塊の下に広がるのを。
それは渦巻き状に、水塊と同じ直径にとなった。
水塊が黒の螺旋に触れた瞬間、動きが極めて停滞し。
誰かが聞いた。
風の中に溶ける歌を。
「――――くろく、とおく、おそく」
歌は吹き抜け、
「しろく、ちかく、はやく――――!」
白の奔流が、黒の風ごと水球をぶち抜いた。
●
「っ――――」
ポセイドンは舞い散る大量の飛沫に息を飲んだ。
直系三十メートルの水塊。
それを一息でぶち抜いたのは、
『正名――――』
白と黒の粒子による翼。
『――――≪山海図経・比翼連理≫』
「『比翼』のフォン……!」
露出度の高い黒衣。
全身に走り山吹に光る流線形の紋様。
鳶色の奥に輝く金の瞳。
フォン・フィーユィ。
水しぶきを押しのけ黒白の粒子を輝かせながら世界最速がポセイドンの前に翼を広げる。
彼女は濡れた髪を気だるげにかき上げ、
「…………なんか、鎧の感じ随分変わったなぁ。なんだけ、えすえふ? とか前に似たようなの見たことあるけど」
「…………」
「あれ、無視? これまで見た君の仲間、わりとおしゃべりだったけど」
「『比翼』のフォン、それはヘファイストス、アルテミス、アポロンのことか? あれらは確かに喋るが彼らのような軽快さを期待されては困る。確かに彼らは俺の仲間であるが、だからといって口数まで同じではない。その三人だって別に同じようなキャラクターではなかったであろう」
「うわ、急にめっちゃ早口で喋るじゃん」
「―――――スッー」
深く息を吸う。
普通に精神に傷を負った。
聞かれたので説明したのに、内容ではなく言葉の速度に言及を入れるのはどうかしてる。
故に槍を構えた。
急に。
めっちゃ。
早口。
全て終わってもしばらくベッドの上で思い返されそうな言葉を反芻しつつ、ゆっくりと短く言葉を放つ。
「その名が比翼なればこそ、お前が単身であるうちに、我が槍で貫き殺す」
「はっ、分かってないなぁ」
考えながらの言葉は軽く笑い飛ばされた。
陽鳥は緩く開いた拳を構え、太陽の光を翼に反射させながら輝かせる。
冥府を招く海神に、陽光を背負う金烏は他意無く告げた。
「比翼ってのは、心の在り方さ。私はいつだって、ウィルさんの、主の翼だ。一緒にいないから一人ぼっちとか――――さては君、友達いないな?」
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