シュークェ――人獣混交―― その2



 声と共に肩に響きがある。

 軽い衝撃だった。

 声がなければほとんど感じなかった重さ。


「――――あぁ?」


 それは攻撃ではなかった。

 シュークェの肩を蹴り、飛びかかる影だ。


「んんん……?」


 姿を見て、シュークェは思案する。

 肩を蹴ったそれは小さい。

 精々が五十センチ程度、緑の毛並みを持つ胴長四つ足の獣だった。

 何故か服を着ている。

 鳥人族でも着られているようなチャンパオ、それを体に合わせ、さらには動きやすくしたようなもの。

 見覚えがある様な動物。確か、


「…………胴長鼠!」


「フェレットアルよ」


「喋ったあああああああ!?」


 喋るフェレットに驚いている間にも魔族は迫っていた。

 翼を畳み、嘴を突き出した急降下による強襲。

 一本の銛が振ってくるようなものだ。


「―――と」


 フェレットは、しかしその切っ先を軽く手を添えて体を回した。

 シュークェは目を見張る。

 体術だ。

 獣の姿でありながら、その身軽さを活かしながら猛禽型魔族の体を滑るように跳ねたのだ。

 コンマ数秒以下の動きだった。

 刹那のすれ違いの中、フェレットはその肉球を腹に当て、


「――――ほっ!」


 の掌底が魔族を横合いから吹き飛ばした。

 

「ん、んん……!?」


 視界の隅に猛禽型魔族が大通りから弾かれていくが、視界の中央が問題だった。

 淡い光を纏う小男。

 少年と言っていいかもしれない。

 連合風の戦闘装束、三つ編みを首後ろから胸の前に流した緑の長髪。エルフほどではないが尖った耳。

 一瞬前までは動物だったのに、今は人の姿を持って近くの屋根に着地している。

 その変化に関しては迷いなく言葉が出た。


「≪高次獣化能力メタビースト≫か……!」


 元許嫁にして現同郷親戚のフォンと同じ。

 任意で獣化と人間化を操れる亜人族の特異能力者だ。

 近づいて来た小型の魔族を翼の振るいによって打ち出した炎で消しつつ、少年のいる屋根に着地する。


「貴様、何者だ?」


 問いかけに、少年は背後に手を回しつつ、眉を上げた。


「おやおやフォン君から聞いてないアルか?」


「聞いておらぬ! ――――なにせ、王都に戻ってからフォンはこのシュークェに対して凄い冷たいからな!」


「何したアルか」


「別に何も――――王都で良い感じに繁殖相手を見つける方法を聞いただけだ! ウィル・ストレイトもいてフォンなら詳しいだろうしな!」


「それ本人に言ったアルか」


「無論だ! このシュークェ、思ったことは全て口にしてしまう! 口にしたら蹴られたし、待ち合わせにしてた茶店の店主には追い出されたが!」


「それはだめアルなー」


「なんだとぉ!?」


 会話の間も魔族はひっきりなしに二人に、或いは大通りへと襲ってくる。

 シュークェは翼から炎を、奇妙な少年は掌底を振るって拳圧を飛ばし対処をしていく。

 それと先の動きで分かるのは彼が武術において達人と呼べるものということだ。


「まぁ良いアル。僕はアクシア魔法学園の教員、ドニーというアルよ。最近ではフォンに拳法を教えているアル」


「なに……!」


 つまり、


「親戚がお世話になっております……!」

 

 腰を直角に曲げたら、そこを小さな猿型魔族が飛び越えて行き、

 

「いえいえ。こちらこそ良いご家族さんアル」


 ドニーの手の払いの着弾で発生した衝撃が消滅させた。

 シュークェは顔を上げ、


「しかし貴様、子供に見えるが?」


「エルフとのクォーターでアル。見た目通りの年でないアルからな。今年五十になるアルよ」


「なんと……! ではそのなんか変な喋り方も理由アルか?」


「真似しないで欲しいアルな。―――――これは昔世話になった初代陛下と賭けで負けて『おめー中華ぽくて拳法家とか語尾アル付けろよ拒否権はありませんだって俺王様だから!』という感じで強制されたアル」


「チュウカ、とは?」


「さて。初代陛下は半分くらい意味不明謎単語の使い手だったアルからなぁ」


 意味不明な謎の話を聞いた時だった。


「ん?」


「アル?」


「オオオオォォォォ!」


 シュークェとドニーがいる建物、その大通りを挟んだ向かい側。

 全長十メートル近い大きな蜥蜴型の魔族が、建造物を破壊しながら迫っていた。

 ぱっと見その大きさと形から竜に見えなくもないが、翼が無いからやはり蜥蜴のそれだ。

 胴から横に突き出された四肢を動かし暴れ狂うように真っすぐ大通りへの突撃を行っている。


「ちっ――――」


 距離はまだあるが、速度的に十数秒もあれば大通りにかち合う。

 そうでなくても崩壊し、飛び散る建物が避難の流れを引き裂くだろう。

 背負う炎を猛らせ、飛び上がろうとし、


「――――ハーイハイハイハイ!」


 それより先に、蜥蜴型魔族の鼻先に飛び込む女装の巨漢を見た。

 その女装を、シュークェは知っていた。

 人種の衣装であり、本屋の成人向け書物の表紙で見てしっかり覚えたその姿は、


「チアガール……!?」







「オォォォラッ……!」


 ドニーは筋骨隆々のチアガールがポンポンを魔族の鼻先にぶち込むのを目撃した。

 青と白の臍出しノースリーブのユニフォーム姿だ。


「懐かしいアルなぁ」


 ドニーはアクシア魔法学園設立時から在籍する古株の教員だ。

 そして初代国王と肩を並べ魔族大戦を潜り抜けた身でもある。

 初代国王は常識外れであり、既存の文化とは全く違う服や食事を考え出し、王国を大きく変えた。

 チアガールという概念とその衣装もその一つ。

 大戦が終わり、平和となってから運動する選手へ露出度の高い服と細かく裂いた布で作った飾りを振る応援団を結成しようと言い出した時はいつも通り脳の病気を疑ったがこれがウケが良かった。

 十年くらい前は生徒会が全員――男子も含む――この恰好をして各行事を行ったりもしたものだ。

 最近は落ち着いて、今の学園では一部活として残っている。


「おっ」

 

 そんなことを思い出している間に、打撃が魔族の頭部を伝播し、停止が発生した。

 魔族の巨体がつんのめって浮く。

 そこに、


「オラオラオラオラオラオラオラオーララララララァァァァァオラオラオラッラララララララァァァァァラーラーラーラーラー!!」


 拳撃のラッシュが鳴り渡った。

 何故かパンチの掛け声とバリトンボイスの声出しと裏声が混じっているが気にしないことにする。

 ラッシュは数秒続き、


「オーエスッ!」


 最後のアッパーが大型魔族を消滅させ、


「ハイッ!」


 Yの字のポーズを決めて残身とした。

 ユニフォーム越しからも隆起した筋肉が伺える。

 それから筋肉は振り返り、


「ちょっとドニーちゃぁん! 楽しくおしゃべりしてる場合じゃないでしょもー!」


 筋肉で女装でオカマのエルフが声を上げた。

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