ディートハリス・アンドレイア――青き血の義務―― その4



 声は劇場の入り口から。

 ディートハリスのように空から降ってくるわけでも。

 ヘファイストスのように能力で壁を崩してくるわけでも。

 アポロンとアルテミスのようにいつの間にか席に座っているわけでもなく。

 観客席外周中央の出入り口から普通に入って来た。

 天井で崩れたせいで生まれた影。

 そこからまず靴音と金属音が響く。

 イヤリングと胸に掛かる十字架の音。

 次いで闇の中で小さな灯が燻る。

 

「――――ふぅ」


 現れたのは煙草を蒸かす白衣姿のトリウィア・フロネシスだ。

 彼女は常の無表情で、ゆっくりと観客席から舞台へと向かっていく。

 春に入り、肩に落ちるくらいまで伸ばした髪が揺れる。

 青の中に混じる黒。

 

「来たか……!」


 アポロンはワインを飲みほしてから立ち上がる。

 かつて敗北した相手に対し雪辱を晴らす為に。

 本当は、ヘファイストスの回収と彼女の我がままがなければ探し回りたかったところだ。


「……アンタ、外はどうしたんだよ」


 アルテミスは体を起こしながら、横を通り過ぎようとしているトリウィアに問いかけた。


「いっぱいいただろ、魔族がよ。逃げてる連中も」


「周囲1ブロックは掃討しました。避難も問題ないでしょう」


「―――」


 さらりと告げられた言葉にアルテミスは口を噤んだ。


「…………はは」


 ディートハリスも思わず渇いた笑いが出てしまう。

 周囲1ブロックなんて言うが。それだけの範囲にどれだけ魔族がいたか。数十では効かないし、十メートル前後の大型だって二ケタ以上いた。ディートハリスが劇場に飛び込んで五分も経ってないのに。

 けれど。

 この女は、やる。


「会いたかったわよぉ!」


「―――」


 ヘファイストスが叫ぶ。

 端正な顔を歪め、自身を倒し捕まえた女へと。

 約半年投獄されていたのだから、恨みが積もり積もっているから。


「アンタを見返す時を、この半年どれだけ……!」


「あの」


 トリウィアは煙を吐きだしながら眉をひそめ、


「―――――誰でしたっけ」







「ぶはっ! おいおい兄貴、あの女おもしろくね?」


「それは否定してないでおこう」


「―――――アポロン、アルテミス! やるわよッ!」


 トリウィアは明確にヘファイストスの怒りが頂点に達したのを見ていた。

 

「…………冗談だったんですけど」


「いや流石にそれは無理があるぞー」


 肩を竦めていたら、そそくさと舞台袖に避難していたディートハリスの声を聴いた。

 いつの間にと思うが、その方が助かるので良いとしよう。

 そのあたりの判断は流石と言える。


「トリウィア・フロネシス―――半年前は負けたけど、生憎私たちもそのままじゃあないのよ!」


「ふむ、ヘファイストスの言葉に乗るのは不本意だが同意しよう。敗北は受け入れた、ならば次は勝利を奪い取ろう」


「ま、こいつ三人で囲んでぶっ殺してオレも鳥畜生んとこ行くとするかねぇ」


 三者は舞台上と観客席でトリウィア中心とした三角形を作りながら囲んでいる。

 そのまま膨大な魔力を解放し、変化の言葉を紡ぎ、


Omnes Deusオムニス・デウス Romam ducuntロマ・ドゥクト―――――』

 

 異界の神性をその身に降臨させた。


『打ち鳴らせ――――≪鐵鋌鎬銑ウルカヌス・ハンマ≫!』

 

『―――――日輪を回せ、≪桂冠至迅アポロホイール≫』

  

『かき鳴らせよッ、≪凶禍錘月ディアナ・ストリングス≫ッッ!!』


 吹き荒れる魔力は柱のように収束し、三人の姿を変貌させる。

 その様を見て、僅かにトリウィアは目を細めた。

 ヘファイストスとアポロン、既知であるはずのそれが自分の見たものと違ったからだ。

 ヘファイストスのそれは蛸を模し、生物的な変化だった。

 アポロンは獅子を模し、装飾の施された重鎧だった。

 アルテミスにしてもアポロン似た兎を模した軽鎧だと聞く。

 だが、それらとは明確に違った。

 それまでのように蛸、獅子、兎を模しているのは変わらない。 

 ただ外装の様式が全く違う。

 共通して張り付く様な薄い素材のスーツ、その上にそれぞれ全身に装甲が加わり、武装を形成している。

 トリウィアが見たことのないような金属は無駄の無い鋭角的なラインでありながら、各部が発光を生むもの。

 ヘファイストスに至っては背から四本、鋼鉄の触腕が生えている。


「――――ふむ」


 様式が違う。至るまでの技術と文明も違う。

 或いは、

 いつか見たマキナのパワードスーツのそれに近い。

 アルマがSFとか呼んでいたジャンルのものだ。

 アース111では生まれるはずのない、生まれるとしたら数百年は先のオーバーテクノロジーにしてサイバーテックスーツ。

 それを前にして、トリウィアは煙草を蒸かす姿勢を変えなかった。

 

「驚いたかしら? 時代にして数百年! 別のアースの技術を取り入れた完成された≪神性変生メタモルフォーゼス≫よ!」


「いえ別に。別次元、それも進んだ文明の技術を取り入れるのは考えればむしろ当然でしょう」


「このっ……!」


「えぇ、正しい。――――


「………………は?」


「なんだと?」


「あ? こいつなにを―――」


 変生しながら疑問を口にした三人にトリウィアは答えなかった。

 しかし三人の変生に応える様に、


『≪魔導絢爛ヴァルプルギス≫――――』


 その言の葉を紡ぐ。


『―――――≪境界超越エクツェレントゥ≫』


 新たに切り開いた魔導の究極を。

 暗い光が爆ぜた。

 深く、重く、されど華々しく。

 光は収束し、黒と青の魔法陣となって彼女の周囲を駆けた。

 それはトリウィアの全身を包み、何もかもを変えて行く。

 纏う服はただのブラウスとレザーパンツから軍服へ。タイトスカートからガーターベルトが伸び、ニーソックスに繋がり、重厚な軍靴へと至る。

 太ももにあった二丁拳銃は両腰に収まりながら、その銃身に短くも鋭い刃を追加した。

 象徴的な白衣ははためきながら黒いコートへと変化し全身を包みながら、襟が高く立つ。

 胸と耳の十字架、眼鏡も装飾を増やしより重々しいものへ。

 変化はそれで終わらなかった。

 二つの魔法陣。

 一つはトリウィアの頭上で軍帽に。

 もう一つはそのさらに上で形を得る。

 円から重なり、突き出た十字架。それが頭上に浮かぶ。

 まるで、天使の輪のように。

 右の瞳には、揺らめく陽炎も宿る。

 それを以て、変身は完了した。

 故に告げる。

 

『―――――≪十字架の祝福ヘカテイア・ゼーゲン≫』


 それこそが。

 トリウィア・フロネシス。

 に他ならない。

 

「足りないなら、別の世界から引っ張ってくる。えぇ、その思考は全く正しい」


 ヘファイストスも、アポロンも、アルテミスも。

 全く思っていなかった変身に思考が止まる。

 だからトリウィアは言葉を重ねた。

 新たな姿になっても、そのままのを蒸かしつつ、


「私の場合、アルマさんからアカシック・ライトを学んでまず実践したのは幻術でした。これはわりとすんなりいきましたね。その次は移動、転移門だったんですが……」


 肩を竦める。


「これは難しい。座標対象は無理だし、個人対象ならできるんですが脳への負担が激しすぎて吐きまくって一日近く寝込みますし。中々上達しなかったので……やることを変えました」


 即ち、



 そう、それだ。

 トリウィア・フロネシスに足りないもの。

 アース111最強と最賢を関して尚届かない領域。

 

「――――七つの要素。二十七系統を保有する私が、しかし得られなかったもの」


 加熱、燃焼、焼却、爆発。

 液化、潤滑、氷結、活性。

 流体、気化、伝達、加速。

 硬化、生命、崩壊、振動。

 帯電、発電 電熱、落下。

 拡散、反射、浄化、収束。

 吸収、荷重、斥力、圧縮。

 それがトリウィアの保有系統。

 同時に耐熱、鎮静、風化、鉱物、誘導、封印、時間の七系統を持ち得ていない。


「てめぇ、まさか……!」


「えぇ、アカシック・ライトでそれらの要素を引き出しました。これはマルチバースから力を引き出すものですから」


 アルテミスの声に律儀に解説する。

 故に≪魔導絢爛ヴァルプルギス境界超越エクツェレントゥ≫とは。

 三十五、全系統を用いた究極魔法に他ならない。

 ウィル・ストレイトが持ち、けれどまだ使いこなせないものを。

 アルマ・スぺイシアが持ち、使いこなした彼女のように。

 足りないものを補った。

 それがトリウィアの新しい力。


「貴方達がアップグレードしたのなら、私だってするに決まっているでしょう?」


 肩を竦め、吸いきった煙草を指先に宿した黒光で消滅させつつ、新しいものを口にする。

 当然のように勝手に火が付いた。

 吸い込み、


「あぁそうそう。お三方、何をこいつはべらべらと解説しているのだろう思っていることでしょう。まぁ別に知られたところで困らないものなんですか」


 吐きだす。

 種を語った理由を。


「全部解説した上で――――圧倒したほうが恰好良いでしょう?」


 ピシリと、空気が軋んだ。

 明確な挑発に、ヘファイストスだけでなくアポロンとアルテミスも悟ったのだ。

 舐められていると。


「さてと……そろそろ始めますか。せっかくの劇場ですしね」


 腰から形を変えた両刃銃を引き抜く。

 三方に囲むは異界の神性。

 彼らのそれは知らないが、トリウィアが知る知識で名付けるなら、


「演目は――――神々の黄昏」


 両手を振るう。

 リボルバー同士がぶつかり合い、蒼黒の火花を散らした。

 それが合図だ。

 人が偽りの神を終わらせる物語。

 青と黒の相貌は輝き、告げた。


「――――――開演」


 

 

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