カルメン・イザベラーー龍と闘士の歌―― その3


 空に炎の螺旋が描かれる。

 風龍のブレスに、炎を纏った火龍が突っ込んだ故に生まれた異常気象だ。

 それを目にし、


「ど、ドラゴンのドルネケバブ――!?」


 ティルがそんなことを叫んだ。

 そうはならなかった。


「――――戦いの中で私は忘れない!」


『オォォォォォ……!』


 歌と咆哮と共に紅蓮の竜巻を突っ切って火龍が飛び出した。

 龍と人の体には纏っていた仙術による炎の残滓が残っていた。

 竜巻とそれに紛れた羽鱗によって生じるはずの裂傷を、炎の膜で防いでいたのだ。

 そのまま進む。


「キシャアアアア!?」


『オオオオオ!』


 赤い龍が緑の龍に組み付く。

 前肢と両翼で風龍の体を抑え込み、

 

「―――赤い瞳が私を待っていることを!」


 火龍の背から、闘士が跳んだ。

 握る大剣を振りかぶり、一瞬動きが止まっていた風龍へと落ちる。

 重力を重ね、


「――――愛が私を待っていることを!」


 さらけ出された喉に切っ先を打ち込み、


「――――龍よ! お前が抱いている愛を!」

 

 瞬間的に増大した質量による衝撃が逆鱗と、その奥の神経系を打撃した。

 衝撃は全身を伝播し、強制的に意識を打ち砕く。

 空に響く衝撃音。

 余剰の威力は大気を破裂させ、

 

「キシャ――――」


 風龍の声が宙に消えて行く。

 

『――――見事だ、我が闘龍士ミ・マタドール


「はっ、アンタの背に乗ってし損じたらそれこそ末代までの恥だよなぁ!」


 力を失い落ちて行く風龍を視界に収めつつ、カルメンはエスカを背に回収。

 小気味の良い彼の言葉と重さに頬を緩め、


「―――――カルメン前会長! 後ろです!」


 地上の珊瑚の声を聴くのと同時に、後方から大質量の打撃を受けた。







『がぁっ――――!』


 破壊がカルメンの龍鱗を伝っていく。

 正確に言えば右斜め後方。

 右下から巨大な質量がカルメンをぶち上げた。


「ゴアアアアアアア!」


 鉄龍だ。

 展開した全身の甲殻から陽炎を昇らせ、宙を泳いでいる。

 

『っこやつ……!』

 

 何したのか、即座に理解する。

 鉄龍が噴出加速により、空へと跳んだのだ。

 膨大な質量を飛ばすだけの推力を生むのにどれだけの速度を生み出すのかは計り知れないが、それを当然のように可能にするのが龍という生命体だ。

 見れば一部の甲殻が砕け、二つあった角の片方が折れている。

 おそらく、風龍と戦っている間にティルたちが負わせた手傷だろう。

 それを行ったのは賞賛したい所だが、


「――――エスカ……!」


 一緒に吹き飛ばされた彼が問題だ。

 龍体を解除し、人の姿に戻る。

 再度噴出加速された時、少しでも当たりを減らす為だ。

 空に落ちていくエスカは一瞬意識を失っているように見える。

 足裏から出す炎で宙をスライドし、彼を抱きかかえ、


「すまぬ、エスカ。ワシのミス―――」


「――――なぁ、知ってるかよ。カルメン」


 脱力しながらの彼の声を聴いた。

 カルメン共々落下しているというのに、彼はそんなことを感じさせない長い吐息を零し、


「さっきの歌さ。うちの地元じゃあ元々は龍と戦う闘士の歌だったらしいぜ」


 目を細く開く。

 青い目は優しく、龍を見ていた。


「龍を相手に戦う歌が、龍と一緒に戦う歌になったんだ。ずっと不思議に思ってたけど……アンタと出会って、理由が分かったぜ」


 だって、


「かっこいいもんな」


「―――エスカ」


「そりゃそうだよな。きっと俺のご先祖様は思っただろうぜ。龍を倒すより、龍と倒したいってな。こんなにすげー存在の隣人でありたいってよ。自分たちはちっぽけだけど、それでも一緒に戦いたいってよ」


 だから。


「行こうぜ、カルメン。俺の龍ミ・ドラゴーン―――アンタの同胞を救うために」


 彼の目は諦めなかった。 

 攻撃を受けたことへの非難も、危機感もなかった。

 ただカルメンを眩しそうに見ていた。

 

「―――あぁ」


 喉の奥が震える。

 フォンが鳥の歌をウィルへ歌おうとしていたのはこういう気持ちだったのだろう。

 彼女との違いは、


「――――オ」


 歌ではなく。


「――――オオ」


 龍としての咆哮だということだ。


「オオオオ……!」


 燃えるような情熱と共に、カルメン・イザベラはその身を龍へと変生させた。







『オオオオオオ―――!』

  

 天空に、街に、戦場に。

 ありったけの歓喜が籠った咆哮が響き渡る。

 それに伴って生み出されたのは、やはり加速だった。

 前に進むという力。

 それを以て頭から鉄龍へと激突する。


「ゴアアアア!」


 だが、風龍と違って重量もあり、四肢も短い鉄龍を抑えることはできない。

 肩に食らいつき、牙を食い込ませるが、鉄龍が噴出加速を行えば振り払われるだろう。


「――――戦いの中で私は忘れない!」


 故に咆哮に続き、闘士の歌のリフレインが巻き起こる。

 小さな闘士は赤龍の尾に掴まっていた。

 それまでの様に首筋に掴まっていたら、頭突きの衝撃に巻き込まれるから。


「―――赤い瞳が私を待っていることを!」


 尾から背へ、背から首へと闘士が駆けあがる。

 龍と共に戦うことを願う歌と共に。

 龍という存在を救うために。

 一切臆さず、前へと進みながら。

 

『―――』


 そう、彼はそういう人間なのだ。

 去年の入学試験。

 カルメンは言わば邪魔役だった。

 試験会場となる森を気ままにさまよい、遭遇した試験生に襲い掛かる。

 ある意味運試しであり、どう対処するかを見る為の者。

 当然、龍人という存在を前に誰もが逃亡した。

 それが正しい。

 脅威に対し、立ち向かうだけが全てでは無い。時に逃げることが最善だ。

 だが、エスカは逃げなかった。

 強くないのに。

 何度も叩きのめされたのに。

 彼は何度でも立ち上がり、何度でも向かってきた。

 戦いながら何かに目覚めることもなく。

 それでも決して心が折れること無く前を向き続けた。

 結局それによってカルメンはエスカにくぎ付けになり、彼は本来の試験をクリアすることはできなかった。後からカルメン自身の推薦で合格になったのだが。

 案の定、学園でも良い成績を出すわけでもなかった。

 それでも彼は折れず、腐らず、諦めず。

 

「――――愛が私を待っていることを!」


 今もまた、龍の体を駆け、龍へと立ち向かう。

 弱い力のまま。

 強い心を以て。

 それが、誕生の時点で上位種であったカルメンには眩しくてたまらない。


「――――龍よ!」


 カルメンが知る最も強き闘士が跳ぶ。

 愚直に大剣を振りかぶり、


「―――――お前が抱いている愛を!」

 

 鉄龍の逆鱗へと切っ先を叩き込んだ。 

 そして。


「っ…………!」


「ゴアアアアア!」


 僅かに逆鱗を割りながら、奥へと届かない。

 風龍の時の様にはいかない。

 そもそもの逆鱗の強度、風龍の時は重力を味方に着けていたから荷重の全てを叩き込めたというのが大きい。

 エスカ・リーリオという人間単独では届かない。

 そう、彼だけでは。


「―――はっ。熱烈な歌だったからのぅ」

 

 だからカルメン・イザベラが共にいるのだ。

 人の形に戻った彼女はエスカを背後から、片腕で抱きしめた。

 自らが宿す熱が少年と溶け合えばいいなんて思いながら。

 それからもう片腕を振りかぶり、


「ワシの抱く愛、くれてやろう―――――!」


 剣の柄を打撃した。


「ゴァァァーーー!」


 突き刺さる衝撃。

 昇る絶叫。

 一瞬、全ては静止し、


「―――――ゴァ」


 最後に声を漏らし、鉄龍から力が抜けた。

 落ちて行く。

 その身に宿した狂気が抜け落ちながら。

 エスカとカルメンもまた重力に従い落ちて行くが、


「――――とっ。グラシアス」


『うむ』


 龍体となったカルメンが彼を背中に乗せる。

 大地には倒れた二体の龍。

 空には一人の人間と一体の龍。

 太陽を背に人間を背に乗せた龍は翼を広げながら咆哮し、龍に乗る闘士は剣を突き上げ、


「成し遂げたぜ、龍助け……!」


『オオォォォォォォ―――――!』

 

 二つの勝鬨が空に嘶いた。

 

 


 

 

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