カルメン・イザベラーー龍と闘士の歌―― その2
「あれは――――」
珊瑚はその色に目を見張る。
風龍に対し、横から体当たりを喰らわした巨体。
赤い龍だ。
発達した四肢と大きな翼。
燃えるような鱗。
「カルメン前会長―――!?」
前生徒会長、カルメン・イザベラの龍体だ。
数度だけ見たことあるが、以前よりもサイズが小さい。
全長10メートル程度だろう。
だがその威圧、存在感はまるで損なっていない。
火炎を纏った体当たりは風龍を突き飛ばし、大地へと落下させた。
勢いのまま火龍は空に舞い上がり、
「――――ぁ」
珊瑚は見た。
龍に、太陽を背負い、大剣を握る少年がいることを。
そして思い出す。
龍とはおとぎ話だ。
もっとも強靭にして偉大な生物。
遥か昔から世界に息づく、生きる幻想。
そして、龍の物語には伴うものがある。
例えば龍を殺す英雄譚。
強大な悪龍を殺し、英雄となる騎士の物語。
或いは。
龍と絆を結び、誇り高き生命の背に乗ることを許された戦士の物語。
即ち、
「ドラゴンライダー……!」
カルメン・イザベラと、その背に乗るエスカ・リーリオだ。
●
「ツッコミたいことが多すぎる! なに飲ませた!? なんでこっち来た!?」
風龍と鉄龍の気配を感じながらも、カルメンは背のエスカに答えた。
『仕方なかろう。あの3人も学園の生徒だ。見捨てることはできん。そしてお前に飲ませたのは我の血よ』
「……その姿のアンタの口調、なんか調子狂うな」
『変えたほうがよいか?』
「いやまぁいいよ。アホ3人娘を助けたのも分かるけど……血はなんでだ?」
『さっきまでのお主の今の体では、流石にな。故に、我の血を与えたのだ。龍の血は時に薬になる』
「マジで? 通りで体が軽いと……」
『場合によっては飲んだら体が破裂するがな』
「おいいいいいいいいいい!?」
叫びを背に受けながらカルメンは翼を広げ、破壊された街を旋回。
突き飛ばした大地に転がっているのを確認する。
風龍の体は比較的脆いのでダメージを修復させ、飛び直すのに少しだけ時間はあるだろう。
『場合によるが、お主なら大丈夫であろうよ。頑丈だしの』
「……まぁ確かに。なんか体の調子は良くなったし……いっか!」
『―――ぐるる』
楽観的な言葉に思わず喉が鳴る。
普通ならそれで済まして良いものではないだろうに。
彼はそういう性格なのだ。
「んでも、この二体はやるとしてもう一体はいいのか?」
『んむ。問題なかろう、アレを見るが良い』
鼻筋で戦場の一角を示す。
離れた所では蛇型の水龍を複数人の騎士が囲んで戦っている。
自然界では極めて目立つ鮮やかな赤と黄色の鎧騎士たち。
衛兵ではない。
王国における対魔物専門家である≪不死鳥騎士団≫だ。
彼らは互いに連携を取り合いながら、水龍と互角に戦っていた。
カルメンの耳には彼らの声も届く。
「はっはー! 龍だ龍だ! ドラゴンスレイヤーの称号は俺のものだ!」
「馬鹿者ぉー! リーチェ……上から達しが合った通り彼らは魔族に操られているのだ! 逆鱗部位にダメージを与えて行動不能にさせるだけでいい!」
「隊長! あの≪天宮龍≫とマブってホントだったんですかい!?」
「≪天宮龍≫と大戦で肩を並べたとか!」
「同じ男を取り合ったとか!」
「それでどっちも振られて四十手前でもまだ未婚で男の気配ないとか!」
「ハーフエルフでもう何十年は見た目は二十歳そこそこだから新しい出会い待ってるとか!」
「貴様らぁー! そこに直れ! この龍より先にたたっ切るぞ!」
「ロロロロロロ!」
ぎゃーぎゃー騒ぎならも水龍と戦えている。
わめき合いながらも完璧と言っていい連携で危なげもなく、あれならば時間は掛かるだろうが
『………………うむ、問題はなかろう!』
「まじか。流石だな不死鳥騎士団!」
会話が聞こえていなかったのは幸いだ。
ウィルにもあまり聞かせたくない。
そういえば去年あたりに魔物の大量発生で不死鳥騎士団と連携を取ったハーフエルフの騎士団長はウィルと距離を取っていた気がしなくもない。
『ま、良いか。お爺様の交友関係には触れたくない』
「ん。そいやアンタの爺さんもいるんだろ。何してんの』
『王たちと一緒にいる。状況が状況故にな』
「あー……そっか。龍神様いりゃあ王様たちも安心か」
『んむ』
ことはそう簡単ではないらしいのだが。
戦いが始まってすぐにエウリディーチェから念話を貰ったが、王たちを守り、見張るとのことだった。
守ると見張るはかなり違う。
カルメンの知りえない厄介事が起きているのは明白だ。
『……ま、良い。今はこっちじゃ。エスカ」
カルメンが翼を広げ、
『―――――行くぞ』
「あぁ!」
彼の答えを原動力に、加速を生み出した。
●
カルメンは翼を後方に流し、矢のように空を駆ける。
眼前には飛び上がろうとする風龍。
右下方には瓦礫を蹴散らしながら接近してくる鉄龍。
『―――!』
まず鉄龍にめがけて牽制を放つ。
ブレスだ。
喉から炎が珠状となり、形成された火球は三発。
「ゴアァァ!」
本来なら鉄を溶かすほどの高温だが、龍の甲殻を溶かすには至らない。
着弾時の爆発による衝撃で鉄龍を足止めするためのものだ。
生み出した時の間に、風龍を無力化する。
『オォォ……!』
喉から炎ではなく音が漏れた。
龍の咆哮。
龍人種にとっては様々な意味を持つが、この場合、
「キシャアアアアアア!」
風龍に対する挑発だ。
案の定風龍は咆哮を以て応答し、風を纏いながら空へ舞い上がる。
速い。
飛翔速度、旋回能力においてはカルメンを上回るだろう。
攻防の強度においてはこちらが勝るが、背にエスカを乗せている以上気安い被弾はできない。
加えて前提として無力化というのは難易度が高い。
だが、
「――――お前の盃を喜んで受け入れよう」
背から聞こえてくる歌に、さらに速度を上げた。
「――――龍よ、龍よ。なぜならお前は我々へと解り合える」
きりもみで突っ込んできた風龍を躱し、
「――――共に戦いに行くことを望むのだから」
背後から追いかけると共に空中戦を開始した。
●
「――――祭りの日、誰もが皆集う。祭りの日、誰もが皆見ている」
エスカの喉から低く歌われるのは、彼の故郷の歌だった。
亜人連合との国境に近い王国西部。
故に、連合の文化とある程度入り混じり、そして龍人に関する伝承も多くあった。
そしてこれは、共に戦う人と龍の歌だ。
「――――大衆は声を張り、叫び、震え、騒ぐ。それはまるで嵐のように」
風龍と空で渡り合うカルメンに、今のエスカができることはない。
ただ音楽は得意だ。
トリウィアのバンドに認めてもらうくらいには。
だから彼は歌う。
「――――なぜならばこれは契約の祭り」
せめて彼女を力づけられないかと。
「――――これは我等の祭りだからだ……!」
火と風を纏いながら二体の龍が駆ける。
「オオオオオ!」
「キシャアア!」
赤龍は火を吹き、緑龍は風を起こす。
やはり速度は風龍が速い。
風龍が先行しながら攻撃し、火龍がそれを追う形だ。
「――――早く、早く! 構えろ、構えろ!」
『オォ……!』
歌が、カルメンの背中を押す。
咆哮が、エスカの声に重なる。
龍の翼から陽炎が生まれ、それは加速となる。
周囲の大気の温度を上げ、気流を生み、乗りこなすのだ。
「――――闘士よ! 気を引き締めろ! 龍よ、龍よ!」
『ぐるぅ……!』
熱と歌が相対距離を縮める。
高速できりもみと旋回を繰り返す為に風圧がエスカを襲うが構わなかった。
彼が跨った首の付け根あたり、さらに言えば彼が足をかけた二箇所だけに明確な重みがある。
重量操作の魔法で重心を低くすることで、吹き飛ばされないようにしているのだろう。
カルメンを気遣っているのだ。
それが嬉しくて、
『オォォ……!』
赤龍はさらにその身を進ませる。
速度による加速、全身で生み出した上昇気流に乗りカルメンが風龍を追う。
風龍は真上へと飛翔した故に闘士の歌に押し出され、瞬間的にさらに加速して同じ軌道を駆け抜けた。
赤い顎が、緑の尾に届き、
「キシャッ!」
風龍が大気を裂いた。
ほぼ直角、減速無しの軌道変更だ。
風を操る龍だからこそできる物理法則を無視した飛行。
火龍であるカルメンにもそれは不可能。
故に、カルメンの牙と牙の間を尾はすり抜け、
「――――戦いの中で私は忘れない」
「キシャ――!?」
刹那、追い付いた牙が風龍の尾に食らいついた。
カルメンにはできないはずの動きだった。
風龍に追いつくために限界まで速度を発揮し、首と頭部を伸ばしていたのだから。
龍といえどできないことはある。
だからこれはエスカが行ったことだった。
荷重魔法だ。
カルメンの首に捕まっていたエスカが自身の体重を重くする。
速度を落とさないギリギリの重量に。
それにより重心が僅かに変化し、角度が変わる。
龍は多くのことができるが、決して万能ではない。
人にできることは少ないが、それでもできることがある。
そして今、カルメンとエスカは共に戦う。
ドラゴンライダー。
闘士をに背に乗せた龍と龍を駆る闘士であるが故に。
「―――赤い瞳が私を待っていることを!」
『オォォ―――!』
喰らついた尾を、赤龍は思い切り振る。
真下へと。
「キシャアア!?」
龍として比較的体重の軽い風龍は振り回され落下した。
羽鱗をまき散らしながら墜落し、
「キシャアアアアアアア!」
姿勢を取り戻し、しかしそれだけではなかった。
舞い散った羽鱗が宙で螺旋を描く。
魔法であり、仙術。
それは人間が行う魔法とは違う。
生命そのものが術式発動の手順であり、それゆえに発動までは一瞬だった。
『キシャアアアアアアア――――――――!』
咆哮が大気を打撃する。
風の息吹は羽鱗を通過すると共に螺旋を描き、鋭利な刃を含んだ竜巻となって天上を駆けあがる。
眼下から迫る暴風。
『――――』
龍は僅かに身を震わし、
「――――」
人は軽く踵で龍の体を蹴った。
応えるように。
そして。
『纏え仙火』
翼を一度大きく羽ばたかせ、
『駆けろ、龍炎……!』
全身に灼熱を纏い、暴風へと突っ走った。
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