カルメン・イザベラーー龍と闘士の歌―― その1


 カルメン・イザベラがアクシア魔法学園に入学した時、はっきり言って調子に乗っていた。

 天狗になっていたと言ってもいい。 

 龍人なのに。

 だが龍人だからそうなっていた。

 亜人族において、例えば膂力では鬼種が最も強いと言われている。

 多様性では獣人。

 魔法の制御ではエルフ。

 頑強さではドワーフ。

 器用さではハーフリング。

 再生力ではリザーディアン。

 空においては鳥人族。

 海においては魚人族。

 七大氏族以外にも様々な種の亜人がおり、彼らには自らが最も秀でた能力を誇っているものだ。

 だがそれは真実ではない。

 あらゆる観点、能力、性能において、あらゆる種族の中で龍人族が最も優れているのだ。

 その破格さと希少さ故に「亜人の中で最も優れているのは」という文言から龍人族は外されている。

 最も強靭な生物。

 神祖であるエウリディーチェの直系であるカルメンはその中でも最高峰。


 ――――――そんな傲慢は、入学と共にトリウィア・フロネシスに打ち砕かれた。


 当時二年主席でありながら、既に戦闘力においては学園最強だった彼女に。

 入学して調子に乗っていたカルメンは、有体に言って彼女に〆られたのだ。

 あの人間、龍人族が頑丈だから平気でしょうとか真顔で言って龍体時の腹に究極魔法ぶち込んでくるのだから恐ろしい。

 一年くらいトラウマだったし、次の年に御影がウィルに同じようなことをした時はかなり引いた。

 何にしても、カルメンは龍の里を出て、知ることになる。

 龍人族は強いが、けれど無敵ではない。

 他の種族にも強い者はいるし、次の年にはウィルや御影、その次はアルマやフォン、アレスも生徒会に加わって来た。

 強い者を知った。

 そして弱い者も。

 数百年、数千年を生きるが故に周囲に遊ばれること――冷静になるとサバトみたいに十字架に磔にされるのってどうなんだろう――はあってもそれを許したのは上位者故の余裕というもの。

 そういうことにしておこう。

 ただ。

 それとは別に。

 去年、カルメンは出会ったのだ。

 エスカ・リーリオ。

 どうしようもなく弱くて。

 たまらなく強い闘士と。







「悲しいのぉヴェイロ。800にもなってなお、こんな扱いをされるとは」


 カルメンは巨大な角をその巨体ごと抑えながらため息を零した。

 鉄牛龍とは旧知であり、なんならおしめを変えてもらったこともある。

 普段は優しい老人だ。

 それが、


「ゴアアア……!」


 こんな風に狂わされ、暴れさせられているなんて。


「腹立たしいのぅ。―――エスカ、ちょい右に寄ってくれ」


「あ?」


 軽くエスカの小さな体を押してずらし、


「――――!」


 火柱が鉄龍の顎を打撃した。

 それは炎にカルメンの脚だ。

 種族全員が≪高位獣化能力者メタビースト≫である龍人族ゆえに、履いているハイヒールはカルメンの魔力と仙剄によって構成され、龍の鱗と変わらない強度を持つ。

 カルメンの龍鱗はそれ自体が鉄を溶かす高熱と灼熱を有し、靴の先端は鉄を裂く強度がある。

 炸裂する。

 

「ゴアッ―――!?」


 爆発と破砕が響き渡る。

 炎を纏う蹴撃が鉄龍の顎の装甲を砕き、体ごとひっくり返した音だ。

 全長十数メートル、数十トンはあるであろう体。

 それが浮いた。

 そして縦回転をし、鉄龍自身が作った轍を地響きを生みながら転がった。


「ん」


 その中、カルメンはあるものを見た。

 首元に小さな跡があるのを。

 傷、と呼べるものでもない。首周辺に何かが擦れたような痕跡。


「――――かはっ」


 どうしてそんな跡ができたのか気づき、カルメンは頬を吊り上げた。


「エスカ、狙っておったな?」


「あ? ……あぁ、そりゃそうだろ。龍つったら、そこだし。まぁ、全然届かなかったけどよ」


 即ち、逆鱗だ。

 龍の弱点。

 それを知る彼は突進を受ける度に狙いしかし届かなかったのだろう。


「ふふん。良い狙いじゃ」


 鼻を鳴らし、


「――――エスカ、ちょいと手伝え」


「はぁ? 何をだよ」


「アレを助けるのに、じゃ」


 体を揺らしながら起き上がろうとしている鉄龍を確認し、エスカへと視線を向ける。

 ボロボロになった小さな闘士。

 それでもまだ目に光は消えてない。


「逆鱗には神経と血管が集中しておって、十全な攻撃を通せば龍を殺すことができる……んじゃが、ワシがやったら殺してしまうからの。狂わされ、暴れさせられ取るとはいえ同胞じゃ。なるべく殺さず救いたい」


「あー……? なるほど? つまり、俺がちょうどいい雑魚で、アンタの助けを借りればいい感じに弱い攻撃ができるって?」


「わはは! そういうことじゃな! エスカは弱いしのぅ!」


 舌打ちつきの半目を受けながら声を上げて笑って。

 それからもう一度、鋭い牙をむき出しにする。

 爛々と輝く龍の目が、闘士の青い瞳を貫いた。


「じゃが―――その弱さが、龍を救う」


 手を差し出す。

 大地に突き刺した大剣にもたれかかり、膝をつくエスカへと。

 

「どうじゃ?」


「―――――はっ」


 闘士は笑った。

 そして立ち上がる。

 これまで通り。

 さっきまで死にかけただったのにも関わらず。

 その手を取らないわけにはいかないと言わんばかりに。

 伸ばされた龍の手を取った。

 

「『お前の盃を喜んで受け入れよう』、だ」


「―――ぐるる」


 歯をむき出しにして笑い、ある歌の詩を口にしたエスカにカルメンは喉を鳴らした。

 言葉や感情の発露よりも、先に体が歓喜を現し、


「では、一口」


 自らの牙で唇を裂き、


「あ―――んんっ!?」


 引き寄せ抱きしめ、エスカの唇を奪った。

 暴れようとする彼の体を無理やり抑え込み、そのまま自らの舌をねじ込み、


「―――――ごくん」


 自身の血を嚥下させ、


「―――――ゴアアアアアアア!!」


 鉄龍の加速突進が踏破を開始した。







「――――はっ! てぇてぇの波動を感じましたわ!」


 五感以外の何かを超えて感じたものに、思わずアンゼロットは足を止めた。

 思えば数か月前。

 社交界で出会った王国のカリスマ、クリスティーン・ウォルストーン。

 彼女との邂逅はアンゼロットは勿論、ティルにも珊瑚にも天啓だった。 

 エレガントの化身である彼女であり、新たな世界が開けた。

 即ち、良い感じのカップルの波動を感じられたり感じられなかったりするような気がするようになった。

 きっとこの状況であっても、彼女は自らのエレガントを見失わないのだろう。







「むむっ! 北! 北ですわ! 北から新たなエレガントを感じます! 市民を救助しながら向かいましょう! このニューエレガント、今の状況に必要なエレガントな気がしますわ……!」







 先日も学園時計塔近く校舎の屋上からかなり強い波動を感じたが、わきまえたオタクなので校舎の下から3人で『オタ芸』なるダンスを踊って礼賛をするなどした。

 これも数か月前に3人で街で遊んでいている時に出会ったノーズィーマンなどと名乗る不審な男から教えてもらったもの。

 不審な男ではあったが話は盛り上がって、ダンスを教えてもらった。

 専用のサイリウムとかいう光る棒もくれた。

 何故かアルマのことも知っていてアルマとウィルの話でさらに盛り上がり、どっちが攻めがいいのかで殴り合いになり、最終的にはどっちもいいよねという結論で友情を交わし合うことができた。

 自分のことをアルマのパパと名乗る不審者だったが、アルマを推す盟友だ。

 その心意気は疑っていない。

 たまに会う時はいつも近くにある衛兵の詰所を確認しているが疑ってはいない。

 いやあんな不審者はどうでもよくて。


「―――おや?」


「シャアアアアアア!


 眼前頭上。

 風龍が翼を強く震わせ、羽鱗の雨をアンゼロットへと放っていた。

 数十にも渡る鋭い刃。


「―――!」


「あ、ごめんちょっと止まってた!」


「てぇてぇを感じましたよ!」


 親友たちも同じように脚を止めていたから、


「フッ―――!」


 一番最初に復帰していたアンゼロットは瞬発する。

 バレリーナのように。

 つま先立ちで回転し、剣先と指先、そしてブーツの爪先に仕込んだ詠唱代替魔法具の三つで帯状魔法陣を展開。

 三度回り、


「――――≪不動に鳴らす爪先アンベヴェグリッヒ・リィン・ツィーン≫!」


 細剣を大地へと突き刺した。

 刹那、展開される防御魔法陣。

 氷結と鎮静、拡散、封印を主軸にした青と白が混ざった防壁だ。

 石造りの建物くらいなら容易くハチの巣にする羽鱗が障壁に突き刺さり、砕けず

 

「っ―――カバーお願いしますわ!」


 背後の二人へと叫ぶ。

 風龍の攻撃を数秒なら耐えられる。

 だが十数秒は無理だ。

 故に背後の2人に声をかけ、


「キシャア!?」


「――――!?」


 頭上の風龍を打撃する赤を見た。

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