エスカ・リーリオ――ノビジェーロの意地―― その3


「―――――――っぁ」


 一瞬、理解が遅れた。

 瓦礫の山に落ちてから、攻撃されたことに気づいた。

 

「ごふっ……がふっ……はっ……!」


 大きな血の塊が口の中で溢れた。

 仰向けで倒れているせいで、吐き出しきれなかったのだ。

 このままで自分の血で溺れてしまう。

 角が脇に引っかかったのか、大きな裂傷もある。

 朦朧とした意識でなんとか横を向き、血を吐きだし、


「――――そんなん、ありかよ」


 結果の原因を見る。

 無論、それは龍だ。

 そしてそれは龍の変化でもあった。

 鋼鉄を重ねたような甲殻。

 それが

 甲殻が逆立ち、空いた隙間から蒸気のようなものが噴出している。

 理解した。

 先ほどの瞬間、吹き出したのは蒸気ではなかった。

 おそらく、魔法によって炎か何かを吐きだしていたのだ。

 火の属性の使い手は、後方に炎を推進力として発し加速を生むことがある。

 主に手の平や足の裏、或いは武器から。

 天津院御影が斧から炎を吐きだし、地上でサーフィンしているのを見たことあるし、いつだったか学園に突撃して来たシュークェとかいう鳥人族も似たような使い方をしていた。

 それを全身の甲殻を以て行っているのだ。

 どれだけの加速と破壊を生み出すのか、考えるだけでも笑える。

 実際、先ほどとは違う場所にいたし、数十メートルの大きな轍が視界の隅にあった。

 エスカは思い、言葉を零した。


「―――――あぁ、良かった」


 安堵の息を漏らしつつ、それでも彼は無理やり体を起こす。

 先ほどまでの鉄牛龍は全く戦闘状態ではなかったらしい。

 これがこの龍の真価なのだろう。

 それを自分は引き出せたのだ。

 だから、良かった。

 この規模の破壊だ。

 周囲の戦闘している人も目撃しただろう。巻き込まれた人がいないかだけは心配だが、民間人はほとんど避難していたから大丈夫だと信じたい。戦っている人だったらもう祈るしかない。

 ただ、誰かが見ているのなら。

 きっと対抗手段を考えてくれる。

 この噴出加速は初見殺しが過ぎるが、そうでないなら対抗手段もあるはずだ。

 そして誰かが。

 狂わされた龍を止めてくれる。


「なら……まぁ、いいか」


 なんてことを思いながら。

 それでもまたエスカはゆっくりと立ち上がっていた。

 小鹿の様に震え、息も絶え絶えに。

 血だまりを作りながら。

 それでも剣を握り立つ。

 我ながらよく立つなとは思うけれど。

 それくらいしか誇れることがない。

 

「ゴアァァァ……!」

 

 鉄牛龍が身を引くし、甲殻が加速器として開く。

 一瞬後には神速の闘牛がエスカを引き潰すだろう。

 先ほどはたまたま角が急所を外したが、同じ偶然は期待できない。

 だとしても。


「……っ、は……っ」


 隠し玉あるなら出せよ。

 そんなことを言おうとして、言えなかった。

 流石に限界だ。

 どうにかカウンターができないかと、実はこっそり狙っていたがこれも無理だろう。

 まぁ、良い。


「――――へっ」


 モブはモブらしく。

 誰かにバトンを渡せたなら良い。

 そして、激震が全てを打撃した。







「―――――全く、弱いのに無理しすぎじゃ。そこが魅力だから困ったものじゃが」


「………………あぁ?」


 衝撃は無かった。

 正確に言えば僅かな風圧があり、しかしそれだけだった。

 

「ゴァ……!?」


 眼前、鉄龍の双角がある。

 角一本だけでエスカの身長と同じくらいの大きさ。


 それが――――エスカの背後から伸びる手が掴んでいた。

 

 長く、そして燃えるような赤い鱗に包まれた手だった。

 龍の手だ。

 片手一本で、鉄龍の噴出突進を受け止めているのだ。

 見上げる。

 背後に、女がいた。

 フリルがふんだんにあしらわれた深いスリットと前合わせの連合風チャイナドレス。

 灼熱のような真紅の赤い髪と側頭部から生える赤黒の二つ角。

 白い首筋や頬には所々髪や腕と同じ色の鱗が浮かぶ。

 彼女のことを、当然エスカは知っていた。


「――――カル、メン」


「然り。龍人族のカルメンさんじゃ。頑張ったのぅ―――それが、お主の強さじゃ。」


「――――」


 金の瞳を細め、カルメン・イザベラは笑う。

 

「まだ倒れてないところ悪いが、ワシも混ぜてもらおうかのぉ。愛しき我が闘龍士ミ・マタドールよ」

 

 

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