エスカ・リーリオ――ノビジェーロの意地―― その2
どうかしているオタクではあるものの。
一年主席アルマ・スぺイシア。
次席フォン・フィーユィ。
三席アレス・オリンフォス。
彼女らに続く成績上位者が四席のティルであり、五席のアンゼロットであり、六席の珊瑚なのだ。
なお、エスカは成績上位どころかビリに近い。
学園に入って、変な奴ほど強いのがなんだか納得いかない。
「……ってそんなこと言ってる場合じゃないだろ。他のとこは大丈夫なのか!?」
災厄は鉄龍だけではない。
湧き出る魔族に加えて、他にも龍が二体いる。
蛇型の水龍と鳥型の風龍だ。
「大丈夫とは思えないけどね」
ティルは視線を鉄龍に向けたまま答える。
その顔は険しく、
「近場の衛兵が対処してるけど、全然追い付いてない。龍相手だし不死鳥騎士団に応援要請したみたいだけど……どうかな」
「どこもかしこも手一杯でしょう。元々各国の評議もあり、王城周辺に警備が集中していましたし、街の外側に来るのには時間掛かるかと思いますわ」
「学園の生徒なら魔族はともかく……って感じでしょうしね」
「……ちくしょう!」
吐き捨てるが、現実は変わらない。
だったら、
「…………おい、オタク3人娘。ここは俺が食い止めっから、別の魔族やら龍やらの足止めして来い」
「はぁ!? 正気ですの!? 私たち三人にエスカさんでなんとか防戦って感じですのよ!?」
「だったら――――他の場所、もっとやべーだろ。魔族はともかく、そこらへんの衛兵じゃあ龍はきついぜ」
「それは……そうですけど。エスカ君だけでも同じことではないです―――っ!」
珊瑚の言葉の途中。
振って来たのは羽毛のような鱗だった。
それ自体が風の爆発を引き起こしながら、ティルたちは咄嗟に跳んで距離を取った。
見上げたアンゼロットが叫ぶ。
「っ……風龍ですわ!」
「シャアアアアアアアアア!」
空に身をくねらせる風の龍。
羽毛と鱗が生えた鳥のような体で暴れまわりながら空を飛んでいる。
翼に焦げ痕や突き刺さった槍や矢があり、おそらく衛兵に攻撃に対して暴れまわっているうちに攻撃がこちらに届いたのだろう。
ここは戦場だ。
一騎打ちではなく、意図しない横やりが当然発生する。
ちょうどいいと、エスカは笑った。
奇しくもティルたち三人と鉄龍、エスカを切り離すような横やりだったからだ。
「そっちはそっちでどうにかしてくれよ! それになぁ、舐めんなよ!」
大剣を強く握り、鉄龍の動きを見る。
「ゴアアアア……!」
起き上がった龍は身を引くし、うなりを上げていた。
対してエスカは剣を構える。
身の丈はある巨大な片刃の大剣。
峰の部分が頭身半ばでくり抜かれて持ち手になっており、振り回しやすいようにしたものだ。
右手で柄を握り、左手で峰の持ち手を支え、
「俺は龍に絡まれるのには慣れてるんだ……!」
飛び出して。
鉄龍の突進に突き飛ばされた。
●
小さな体が宙を舞う。
鉄龍の突撃は、質量と速度を伴った破壊の具現化だ。
石造りの家屋なら数軒ごと突き抜けるだろう。
人間が轢かれれば吹き飛ぶどころか拉げて原型も残らない。
「ゴアアアア……!」
二十メートルほどの突進を完了させ、大地を削りながら足を止めた鉄龍は乱暴に首を振る。
≪ディー・コンセンテス≫によって狂気を与えられ、理性を失わされた龍たちには単純な思考がプログラムとして入力されている。
即ち、人間を殺すということだ。
魔族の基本理念に近しいそれで突き動かされているが故、膨大な生命力も相まって三体だけでも王都を半壊できるだろう。
だから、理性無き狂気が次の命を探し、
「――――おい、どこ行くんだてめぇ」
「ゴアッ」
背後の声に、首だけで振り返る。
轢いたのは間違いない。
鋼鉄のようであり、それを超える強度を持つ甲殻で、高速でぶちかましたのだ。
殺したと判断できる。
なのに、
「ごふっ……俺は……まだ生きてんぞ!」
血の塊を吐きだし、全身から血を流しながらも褐色金髪の少年は立ち上がっていた。
挑発的な笑みを浮かべた彼はふらつきながらも、剣を構える。
「龍だろ? なら、俺くらい殺してから―――」
言葉を遮ったのは鉄龍の尾だった。
連なる装甲は高速で振るわれれば、衝撃と共に肉を裂く一撃となる。
地面をすり鉢状に削りながら、一回転をし吹き飛ばした結果を目にすれば、
「――――他に行けよ。つまり、俺を殺すまで俺と付き合えってことだ」
ずたずたになった両腕で剣を構えながら、やはり笑う。
●
「おらぁっ――!」
大剣を振るう。
同年代と比べて小柄なエスカの身長は155センチほど。
それとほぼ同等の長さかつ分厚い刃を持つ大剣だ。
人種であるエスカ・リーリオにその巨大な武器を素面で振るうほどの身体能力はないし、自在に使えるほど身体能力強化の魔法に長けているわけではない。
彼が使う魔法は軽量化と重量化だ。
大剣を振るう時は羽毛よりも軽量化し高速で振るい。
大剣の着弾の瞬間に基本重量の数倍にすることで破壊を生む。
恵まれない体躯、恵まれない系統。
優れた同級生や先輩をと共に過ごしながらも編み出された彼の戦闘技法。
質量の軽重の切り替えには独特のセンスと技術が必要とするが、そこに問題はない。
ドラムを叩く様なものだと、彼は思っている。
適切なタイミングで、適切な位置に、適切な速度。
かみ合えば良い音が鳴る。
鳴った。
「―――――ぎ、ぃ、ぃ……!」
会心の音は鳴った。
超重量が余すことなく通る重く低い音。
なのに押し負けるというのは、極めて単純に威力が劣っているからだ。
鉄塊の巨体に大剣ごと吹き飛ばされる。
大剣が盾になっても衝撃は全身に伝播し打撃した。
「―――!」
浮遊感。
体が宙を舞い、刹那意識が飛ぶ。
だが、
「ふんなぁっ……!」
今度は両足で着地した。
「――――こんなもんじゃねぇだろ、龍様よぉ!」
「ゴアアアアア……!」
身を低くした龍が唸る。
正気は失えど本能は消せない。
己がそれを引き付けているのだ。
どうしてこの雑魚は死んでないんのか―――そんなところだろう。
「はっ……これくらいしか取り柄がないかんな……!」
エスカ・リーリオは去年の入学試験で滑り込みの合格だった。
成績も下の方をさまよっているし、単純な戦闘力でも周りに劣っている。
これでもそこいらの衛兵や正規の騎士よりは腕が立つ自信はあるが、あの学園はそういうものだ。
一流が前提。
そこからどうやって超一流まで行くか。
それがあの学園というものだ。
エスカの場合、他人に誇れる技術なんてない。
誇れるのは、
「アンタらのお姫様公認の頑丈さだぜ!」
肉体の頑強性、その一点だけだ。
亜人連合に近い王国西部の生まれのせいか、先祖のどこかで獣人族と交わったらしく、その性質がエスカには色濃く受け継がれている。
亜人種のような身体的特徴はないが、それでも獣人族やドワーフ族のような純粋な強度があるのだ。
こんな体質でもなければ、カルメン・イザベラに絡まれていられない。
当たり前のように吹っ飛ばされるし、ちょっと物理的接触するだけで普通なら怪我をしそうになる。
あの龍人もそのあたり力加減ができないわけではないので、エスカだから大丈夫なのだろうと思っているはずだ。
ふざけんな。
痛いものは痛いんだよ。
まぁそれで耐久値また上がった感もあるけども。
「―――んがあっ!」
今もまた。
鉄牛龍の突撃を受けながらも、立ち上がり剣を構えることができる。
双角の直撃は流石に胴体を貫通しそうなのでそれだけは何とか避け、大剣で逸らし、逸らしきれずに吹っ飛ぶとしても。
「はぁっ……はぁっ……!」
視界が赤く染まり、全身に激痛が走り、よく分らない熱があちこちにあり、それでもなお立ち上がり、剣を構えることができるのだ。
「ゴアアアア……」
鉄龍が喉を鳴らす。
その目は狂気に犯されているが、正気だったのなら疑問に思ったことだろう。
どうしてこの矮小な虫は、なんども立ち上がってくるのだろう、とか。
知らないけれど。
そう考えたほうが勢いが出るからそう思うことにする。
端から見たら死にかけで錯乱しているようにしか見えないだろう。
実際そんなところだ。
「は……はは……なんでか……なんて決まってるぜ……俺は雑魚だからな。雑魚なりに、やれることやりてぇんだ……!」
唐突に始まったこの戦場。
自分はきっと木っ端の端役だ。
主人公というのは生徒会長やアルマ、或いはアレスのような人間だ。
自分じゃない。
そんな気がするし、きっとそれは間違いではないのだろう。
悪い奴が何をしていても、エスカとは接点がない。
エスカ・リーリオの知らないところで物語は動いていく。
「けど、な。なぁおい。お前が沢山人を殺すためにあるってんなら、お前を引き付けてるだけでよぉ、そこそこの人数助けてる―――そういうことにならねぇか? なぁ。そういうことにしておけよ」
自分で自分を鼻で笑うけど。
そう思えば、立ち上がれる。
剣を握れる。
「あと、もっと言うとだな!」
剣を構え、笑う。
来る龍牛を挑発するように。
「アンタみたいな龍を好き勝手してるなんか知らんどっかの親玉の! 思惑を一分一秒でも先延ばしにできてんなら! そりゃあ痛快ってもんだ!」
一歩踏み出し、
「気張るぜ、モブの!」
そして、それまでとは遥かに違う速度と威力がエスカを打撃した。
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