エスカ・リーリオ――ノビジェーロの意地―― その1
ゴウンと、握った大剣の柄から振動と音が伝わるのをエスカ・リーリオは感じた。
「こっ、の……!」
良い当たりだという感触。そしてそれが意味をなしていないことも。
「ゴアッ!」
短い咆哮と共に、武器ごと体を押し出す巨体。
鈍色の甲殻と十五メートル近い大きさ。
強靭な四つ足と尾、退化した翼。
龍だ。
それも大地を司る獣型の地龍であり、頭部には牡牛のような一対の角がある。
鱗ではなく鋼鉄のような甲殻が積み重なり、生命としての圧倒的強度が上位種ということを周りに示す。
「うおっ……!」
巨体と双角による体当たりに、寸前で剣を引き戻し盾とした。
衝撃が、炸裂する。
「――――!」
エスカの体が、地面と平行にぶっ飛んだ。
踏ん張りはしない。そんなことしたら衝撃に体が弾けるという咄嗟の判断からだ。
二十メートル吹っ飛び、背後の家屋に激突。壁を破砕しながら屋内へと突っ込んだ。
「っ……ってぇ……なっ!」
口の中の血の味に思わず呻く。
そこはごく普通の台所だった。
自分が押し潰した食卓には食べ掛けの料理があり、ほんの少し前までは住民が食事をしていたことが分かる。
この人達は逃げられたのだろうか。
或いは。
「…………くそが!」
吐き捨てながら、エスカは立ち上がった。
王都南東の住宅街。
その周辺にエスカがいたのは偶然だった。
明日に控えた学園の入学試験。王都周辺にいくつか設置された試験会場に前日入りして準備を手伝うつもりだったのだ。
それが、このありさまだ。
空の光、そして城壁を突き破って来た三体の龍。
そのうちの一体が鉄牛龍だ。
「ゴ、ア、ア……!」
苦悶のような唸りを上げる鉄龍の目に、理性はない。
カルメンから≪龍の都≫を襲った連中がいて、彼らが数人の龍人を攫ったということは聞いている。詳しいことは教えてもらえなかった――というか、多分本人も理解していない――上に、その直前に片腕を急に生やすというとんでもないどっきりをされたので詳細は分からないが。
それでも。
「龍ってのは、そんなん様ぁ晒して良いもんじゃないだろ……!」
「ゴアアアアアアア!」
咆哮にいかなる感情があったのかは読み取れない。
それでも魂を軋ませるような咆哮を以て鉄龍は突進を行った。
「ッ……!」
対し、正面から迎えようと大剣を構え、
「―――――無茶ですよそれは!」
鉄龍の眼前に、斧槍が振って来た。
それを握るのは鬼種の少女だ。
小柄な体、切り揃えられた前髪と長めのボブカットは金糸雀色に、同じ色の二つ角。
制服姿だが、規定のジャケットではなく法被とかいう薄い羽織姿。
斧槍を地面に突き刺し、鉄龍の双角と接触する直前、
「≪鬼道・跳ぬ石波≫……!」
大地から何本の石柱が立ち上がり、鉄龍を覆う様に突き刺さる。
それらの先端は鋼の甲殻と激突し、砕けるがそれでも動きを止めた。
ほんの数秒だ。
だがその僅かな停止の中、鉄龍へと駆ける影がある。
装飾が施された細剣を握る薄い青の短髪。
首元には黒のスカーフが巻かれ、制服の裾や襟にはフリルが追加されている。
駆ける少女は、石柱を蹴り、
「≪
踊るように乱斬撃を鉄龍に叩き込む。
ほぼ同時に十五閃。
鋼鉄の装甲を割るには至らない。
突進から停止、そこからさらに押し込んだが動きが止め切ったわけでもなかった。
もう一押し。
龍という生命に対し、体勢を崩すだけでもまだ足りない。
「―――――≪
「ゴォア!?」
短くとも、今度こそ悲鳴に近い声が上がる。
鉄龍の鼻っ面にぶち込まれた炎の矢だ。
炎矢は炸裂と同時に指向性を持った爆撃となり、鉄龍を吹き飛ばす。
石柱が足を止め、剣舞が動きを抑え、そして爆炎の矢が鉄龍がついにひっくり返したのだ。
「今、のは……!」
家屋に空いた穴を出たエスカは見る。
少し離れたところに弓を構えた少女がいる。
赤い髪のツインテール。規定通りの制服を着崩し、腕には腕章が。
刺繍された文字は『W×A』。
それは法被とスカーフにもそれぞれ目立たぬように、しかし仕込まれているのをエスカは知っている。
「お前たちは……生徒会長とスぺイシアの厄介追っかけトリオ……!」
「ノゥ!! 『アルマファンクラブ』ナンバー1、ティル・ティレリース!」
「同じくナンバー2、アンゼロット・アーベライン!」
「同じくなナンバー3、水流珊瑚!」
「変なポーズで見栄を切るな!」
『
弓使いのティル、細剣使いのアンゼロット、斧槍使いの珊瑚。
エスカのクラスメイトにして、アルマ、そしてウィルとアルマの熱烈なファンでもあった。
ちょっと頭おかしいんじゃないかと思うが、
「なんでこんなのが……」
「私たちが四五六席なのかって?」
「そりゃあ……推しへの愛ですわ」
「えぇ。というかエスカさん、あまり強くないんですから無茶しない方がいいと思いますよ」
「うるせぇ!!」
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