パール・トリシラ――昼と夜の下に―― その3
踏み出しが同時なら、使用した魔法もパールとバルマクは全く同じだった。
それは足音から生んだ高周波だ。
バルマクからは重く低く、パールからは高く澄んだ音が鳴り渡り、大地を踏みしめるごとにそれは連続する。
「――キチチ」
続いた音は、魔族たちが漏らした鳴き声だ。
周囲にいた魔族がその音に反応して集まってくる。
二人が用いた魔物寄せの魔法によるものだ。
本来、砂漠で魔物や食料になるような生き物をおびき出すための魔法であり、固い地面で同じ効果を生むのは難易度が高いが、二人は当然のよう行使する。
結果的に周囲一帯の魔族が二人へと殺到した。
節足動物特有のカサカサとした生理的嫌悪感を生む機動。
建物を、地面を這い回り人を殺すことに特化した怪物が迫りくる。
「――――」
その群れをバルマクとパールはそれぞれが握る双剣で突破した。
バルマクは体をコンパクトに、最短直線の動きを以て魔族たちに切り込む。
パールは体を大きく伸ばし、最大曲線の動きを以て魔族たちを押し込む。
高速で突っ走ることで前に進みながら、だ。
「ハッ!」
「シィィィィッ!」
その呼気は短く重い。
その呼気は長く鋭い。
バルマクの斬撃は衝撃波を生み、魔族の体を崩壊させ、眼前に道を作り。
パールの斬撃は炎を纏い、魔族の体を燃やし、撃ち漏らしを掃除する。
或いは、時にパールの炎刃が道を生み、バルマクが放った衝撃波が掃討を行う。
数メートル進むことに十に近い魔族が迫り、消滅させていく。
前後を入れ替え、左右にすれ違い、前へ前へと。
二人が振るう二対の刃が一本の道となる。
「――――腕は落ちていないようだ。教えた者が良かったらしい」
「いいえ、教えたアホが悪かったから私が頑張ったのよ」
軽口を叩き合いながら、しかし視線が交わるわけでもない。
互いを庇う様子はないのに、連携として完成されている。
かつて聖女として聖国の宮殿に招かれた少女とその少女に対して戦い方を仕込んだ男だから。
そんなことを言ったらパールは笑顔で怒りを爆発させ、バルマクは呪詛のように否定するだろうが。
パールが魔法学園に入学するまで毎日のように口論をし、口論で済まなければ武芸で競い合った過去は変わらない。
「―――――ぁ」
途中、パールはあるものを見た。
それは子供ごと体を貫かれた母であり。
一緒にバラバラにされた老夫婦であり。
腹を食い荒らされた子供であり。
そして最後まで戦い、抗ったのであろう老人や男たちだった。
パールの胸の奥に燃え上がるものがある。
それは怒りであり、義憤だ。
こんなこと光景は許してはならない―――烈火のように燃え上がる激情。
「無粋者」
「言うな、感傷の女よ」
魔族の群れをぶち抜きながら、しかし二人の言葉は静かだった。
「これが魔族だ。これが戦だ。これが死だ。潤沢な井戸がある日枯れる様にそれは無慈悲に訪れる。違いは、これから訪れるものを止めることができるということだけだ。ならば、そうする他ない」
「――――そうね。そうだわ」
心は燃え上がる。
だが思考は冷徹に。
程度の差はあれど二人が信仰する双聖教の教えのように。
相反する二つの極点の中心に自らを置くのだ。
そして。
「キシャアアアアアアアアアアアアアアア!!」
鼓膜を破る様な甲高い絶叫。
それまで城壁近くにいたサンドワームの方向だ。
サンドワームという魔物は体表に水分を奪い劣化させ砂状に変える魔法を展開している。
それにより砂漠の海を自在に泳ぎ、通常の地面であっても砂漠に変えてしまう。
そんなものが放置されたらどうなるか。
王都の三分の一は瞬く間に砂の海に沈むだろう。
魔法による戦闘を行えない者なら満足に逃げることも叶わない。
故に止める。
「キシャアアア!!」
サンドワームは自らが生み出した砂道を泳ぐように迫る。
その速度はパールとバルマクの疾走速度を超え、ほんの数秒で辿りつくだろう。
砂を泳ぐサンドワームは固い地面を走る馬より早い。
全長三十メートル近く、幅は一メートルと少し。大量に分かれた節には鋭い棘、頭部の顎は二メートルを超える巨大なギロチンだ。
轟風すら生み出しながらパールとバルマクに突っ込み、
「――――やるわよ、合わせなさい」
「お前が合わせろ」
二人は足を止めた。
数秒後には巨大な顎と巨体に引き裂かれ、押しつぶされるだろう。
そうさせないために、
『―――≪
二人は同時に自らの持つ全ての系統を発動させた。
王国の≪
帝国の≪
皇国の≪神髄≫
亜人連合の≪絶招≫。
そして聖国では≪
個人の保有する魔法系統の同時発動に他ならない。
「――フン!」
バルマクは双曲剣を大地に突き刺し、
『――――≪
振動が波の様に伝播した。
「キシャア!?」
変化は劇的だった。
サンドワームが生み出し、自らが泳ぐ砂の道。
それの砂が鋼鉄のように固まり、押し潰される。
ザハク・アル・バルマクの≪
広大な砂漠において自在に動き回る魔物を拘束し、その上で潰すもの。
もとよりバルマクとは魔物殺しの部族出身であり、聖国でも導師候補として認定されるまでは対魔物討伐部隊の隊長だった。
ウィル・ストレイトとの戦いでは全力であり、本気であったが使わなかったのはその為に。
彼の≪聖戦儀≫は対大型・多数の魔物に向けたものであり、対人に使うようなものではない。
あの時に使っていたら宮殿が砂に沈んだ上で押しつぶされていただろう。
だから使わなかった。
だから今は使った。
長大な体の半分近くを砂粒に埋めていたため、サンドワームの動きは必然的に停止する。
節々は砕かれ、青緑の体液が圧縮された砂の大地に染み渡る。
「キシャアアアアアアアア!!」
それでも、サンドワームの命は尽きない。
大概の砂に住まう生物ならこれで十分。
しかし神話に連なるこのサンドワームには、半身を破砕させるだけでは足りなかった。
「ここまでお膳立てすれば問題なかろう、不足な女よ」
「私のどこが不足してるって言うのかしら、不毛者」
「主に肉付きだ。後輩を見習え。そして私は剃っている」
「――――アンタごと巻き込んであげる!」
額に青筋を浮かべ、パールは刃弓に、矢を引き絞った。
それは曲刀の柄を繋げた弓だ。
トリウィア・フロネシスの握る拳銃のような複雑な機構を持つものではない。あんなのは彼女くらいにしか扱えない。
ただ柄同士をかみ合わせ、魔法で補強したもの。
それで十分であり、曲刀の先端同士を魔力の糸で繋げている。
二刀は弓となり、番えられた水の矢が炎を纏う。
烈火。
流水。
相反する二つを宿した極矢。
二の腕に血管が浮かび、刀身が軋むほどに引き絞り放つことで二つの相反する性質による対消滅エネルギーを放つ。
放った。
『≪
水火の極矢は一瞬でサンドワームの頭部で到達。
接触したと同時には顎と頭が爆散。
さらにはそこから余剰の貫通力のみで地表に露出していた残りの体をぶち抜いた。
断末魔すら上がらず。
神話の砂蟲は現代に生きる者たちに討伐された。
「………………妙ね、なんでお前も生きているのかしら」
「お前にだけは殺されたくないからだ」
愚痴を言うパールに、表情を変えずにバルマクは返すけれど。
バルマクは最初から射線から避けていたし、パールもまた真っすぐにサンドワームを狙っていた。
「―――ふん」
二人はそれぞれ左右に首を振りながら鼻を鳴らし、
『キシャアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』
何かが崩れる音と甲高い絶叫を聞いた。
「………………」
二人は見る。
今しがた倒したはずのサンドワームとよく似た怪物が、追加で二匹現れたことを。
首を戻し、二人は一瞬だけ視線を交わして、
「……………………戦えるわね、不敬者」
「こちらの言葉だ、愚劣な女よ」
それぞれが一体づつ、サンドワームへと刃を向けた。
戦いは終わらない。
それでも戦うのだ。
何もかもが終わるまで。
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