パール・トリシラ――昼と夜の下に―― その2


「戦士団は散開! 魔族の討伐、大楯と瓦礫でバリケード設置、要救助者の確保を同時並行! ここに一時的な防衛ラインを構築する!」


「昼と夜の下に!」


 引きつれた聖国の戦士団に命令を飛ばしながら、パール・トリシラは詰所の屋根から飛び降りた。

 王城大広間における出来事は判断の連続だった。

 アルマが消え、すぐにヴィーテフロアも消え去り、世界が光に包まれた。

 そして、破壊された城壁と出現する魔族だ。

 状況は誰も把握しきれなかった。

 王権から切り離されたとはいえ王女であるヴィーテフロアの宣戦布告なんて大問題。

 本来ならば王国に対して糾弾と調査が必要だった。

 だが、各国の王たちはそれを選ばなかった。

 アクシオス王ユリウスへの監視は行いつつ、判断を行った。

 王として。

 魔族に対する判断を。

 

「―――即ち、『民を守れ』よ」


 誰かの血が流れた大地に降り立ち、愛用のを握りながらパールはそれを口にする。

 そうしなければ、魔族には勝てない。

 パールは知らない過去の大戦でそれが証明されている。

 特に聖国は足並みを揃えず、足を引っ張り合った経験がある故に。

 ユリウス王とアクシオス王国や共和国への疑念はあれど、動かざるを得なかった。


「あ、あの! すみません、貴女がシェルターの責任者、ってやつですか!?」


「あら?」


 声をかけて来たのは聊か貧相な皮鎧の少年だった。

 彼は無傷のようだが目じりに涙を浮かべて震えている。


「あの、その……俺……俺、あ、貴女に伝えないと、いけな……いけないと……他にも託されて、それで……!」


「……えぇと」


 惨劇のショックのせいか言葉が支離滅裂なことになっている。

 パールは懐からシュシュを取り出して、慣れた手つきで髪をサイドテールにする。

 そして、


「―――わぁ!」

 

「わぁ!?」


 大きな声で少年を驚かせた。


「え、なに? なんですか!?」


「ちょーっと落ち着いてねー? 大丈夫ー? はい、深呼吸、吸ってー、吐いてー?」


 掌を上下させて呼吸を促す。


「すぅ……はぁ……すぅ……はぁ……」


「落ち着いたかなー、君?」


「は、はい!」


「ならよぉーし! それで? 私に何か用かな、言いたいことってなんだろ?」


「っ……城壁を壊したやつなんですけど、あれはサンドワームだから――」


「―――大地を掘り返すって?」


「は、はい、そうです!」


 驚いた少年ににっこりとほほ笑み、


「ありがとう。他にあるかな」


「他は……その、俺や周りの人を庇ってくれた爺さんたちが、きっとまだ戦って……っ」


「―――――」

 

 一瞬、パールは目を細め、


「りょーかいっ! ありがとね、君は勇気がある! あとは私たちがやるから、街の真ん中の方に逃げて。中央はまだ魔族がいないから」


「お……俺にも何かできることはないですか!?」


「んー、じゃあお年寄りとか子供とか、途中で動けない人がいたら運んであげて欲しいな」


「分かりました!」


「よろしくねー!」


 少年ははじき出されたように飛び出した。

 きっと、何かをしたかったんだろう。

 無力ゆえに生かされたから。

 できないことだらけだと、何か代わりのできることをしたくなる。

 それが、パールには分かった。


「―――さてと」


 視線を変える。

 遠く、サンドワームへと向き直り。

 刹那、眼前に魔族が飛びかかって来た。


「――――」


 広がった鎌のような刃が付いた前足。

 抱きしめるように広げ、そして数瞬後にそれが閉じられればパールの体は両断されるであろう。

 パールのアメジストの瞳が見開かれる。

 そして、次の瞬間、


「―――――何をしている、愚鈍な女よ」


 魔族の頭部に短剣が突き刺さった。

 それは細かく高速で震え、刺さった箇所から振動が広がり魔族を爆散させた。

 残るのは瘴気の残滓だけ。


「………………何って、生存者から貴重な情報を聞いていただけだけど?」


 嘆息をしつつ、シュシュを外す。

 学園ではキャラクターのスイッチとして使っていたけれど、なんだかめんどくさくなってきた。


「それで隙を晒すとは……愚鈍は訂正しよう。愚劣と言うべきだな」


「うるさいわよ不敬者。気づいてなかったわけないでしょう」


 言い捨てて、声の主を見る。

 地面に落ちた武骨な曲刀を拾う、鉄の男。

 黒の質素な儀礼服の下には褐色の肌があり、顎から頬に掛けた髭があり、無機質な黒い瞳は遠くサンドワームを見ていた。

 パールもまた今度こそ視線を向けた。

 巨大な大百足は城壁際で蜷局を巻いているだけで、その場から動く様子は今の所はない。

 

「……見たことのない種だ。加えて言えばかなりの大物だな。そうそう見るサイズでもない」


「エウリディーチェ様曰く、≪シャイ・フルード≫……おとぎ話の大きなサンドワームに連なる子らしいわよ。それが連れてこられて暴れさせられているみたいね。どう倒す?」


「おとぎ話が現実に出ようとも、一見してサンドワームとわかる。ならばやることは同じだ。早々見ない大きさだが、見たことが無いわけではない」


「なるほど」

 

 頷き、


「パール様! バルマク様! バリケードの設置が完了しました!」


 部下の報告が届いた。

 詰所から大通りに設置用の大きな盾と瓦礫を置いた上で土系統の魔法で補強した促成の防衛陣地が作られていた。


「結構。半分はここに残って防衛線を死守、もう半分は分散して民衆の救助を」


「はっ! 昼と夜の下に!」

 

 戦士は一度額に手を当てた後、左手で胸の中央に手を当て頭を軽く下げる。

 そしてすぐに命令を周りに伝達し、実行に移る。 

 彼らはやるべきことをやってくれるだろう。

 ならば、


「あの大物は私たちでやるわよ、頑固者」


「命令をするな、不遜な女」


「残念。貴方は私の部下ということを忘れたかしら? 次いで言えば各国会議が終わるまでは一番下っ端よ」


「………………ここで戦死しておくべきかもしれん」


「あはははは!」


 苦々し気にバルマクは呟き。

 らしくもなくパールは高笑いをし。

 明るい少女と暗い男は、全く同時に飛び出した。

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