アルマ・スぺイシア――僕らの世界―― その2


 転移先は王城の遥か上空だった。

 広い都市が一望できるような高所、マントによって飛行を行いながらアルマはさらにその直上を見た。

 光がある。

 日中でありながら、太陽とは別に輝く光源。

 それはただ光っているわけではない。


 ――――


『第326番!』


 アルマは首から下がった金細工のブローチの前で両手で印を組む。

 展開する白の魔法陣、金細工が時計の歯車のように音を立て動き、内部のエメラルドの光が露わになった。

 さらに指を組み替え――――彼女の背に、翼の様に腕が生えた。

 半透明の腕の幻影、それらはそれぞれの指で異なる印を組み、


『タウロス・レオ・リブラ・カプリコーン・スコルピオ・サジタリウス・ヴァルゴ・ジェミニ・アリエス・アクアリウス・キャンサー・ピスケス!』


 足元に黄道十二星座を示すシンボルによって魔法陣が展開。

 それだけではなく。

 目下、王都アクシオスの十二角形の城壁に同じものが浮かび上がった。

 即ちそれは王都一つ分、約二万人が住む都市と等しい直径約五キロの超巨大魔法陣だ。

 それは元々王都の十二角形城壁に仕込まれていたものでもある。

 大戦時代、人類連合軍の魔族に対する最終防衛都市として設計された王都には、ここまで攻め込まれた時のために都市を囲む防御結界が展開可能なのだ。

 この話はそれなりに有名な話であり、魔族という人類の敵対種がいるが故に各国のある程度の大きさの街には似たようなものがある。

 アルマはそれを強制的に起動させ、自らの魔法と接続していた。


『宙に描くは無限の想像!』

 

 紡いだ言葉はアース326の世界法則。

 宇宙、星々と深く繋がった世界であり、天文学、占星術による魔法が発展した世界。

 かつてエウリディーチェは問いかけ、トリウィアは答えた。

 人は星を見ればそこに絵を描くと。

 星座だ。

 冷静に見れば、どれだけ星を繋いでも星座が示す絵にはならない。

 けれど人々はそこに想像を伴うことで宙の絵を生み出した。

 故に、アース326の概念法則は王都の十二角形結界を黄道十二星座とリンクする想像を実現させることが可能なのだ。

 そうした。


広がり巡れイマジネーション・オブ輝く願いの一番星トゥインクルスター!』


 空へ突き出した右手の先に生まれる直径五キロの十二角形魔法陣。

 王都の地上に浮かんでいたものがそのまま転写される。


「―――!」


 転写と激突は同時だった。

 遥か天空から降ってきた光。

 それは言ってしまえば砲撃だ。

 成層圏から降り注いだ極大のプラズマエネルギー。

 そのまま大地に突き刺されば、王都が丸ごと蒸発していただろう。


「冗談じゃない、世界観考えろってんだ……!」


 突き出した右腕を左手で支えながらアルマは愚痴を吐き捨てる。

 光の墜落はたっぷり十数秒。

 その間星図の障壁は空間に軋みを上げながらも確かに王都を守り切った。


「やれやれ……この前は巨人で次は怪獣か」


 だが、それで終わりではない。

 アルマは天空を見上げ、睨みつける。

 成層圏から今の光波を吐き出したものが、降りてくるから。

 同時に、先ほどまで晴天だったはずの空が急に曇り出し、引き裂くような震えがある。

 雷雨の前兆。

 そして暴風の主人の訪れを告げるものだった。

 逆落としの体勢で頭から落ちてくるのは蛇龍だった。

 純白に近い鋭い刃の鱗、小さな四肢はあるが全体から見ると小さすぎてトカゲに進化しかけの出来損ない蛇のようにも、東洋の龍にも見える。あるいは全体に数対の細い爬虫類型の翼も頼りなく見える。

 問題は、その大きさだ。

 全長にして400メートル近い巨大生物。

 太さは5メートル程度と、全長に比べれば細い気もするが気のせいだろう。

 それがなんであるか、アルマは知っていた。

 神代の時代、嵐と雷、そして天災の象徴とされた上位存在。

 人と神が交わる中、それらに一切の関心を見出さず人が立ち入れることのできない遥か天空にて微睡む蛇。

 現存する御伽話。

 生きる伝説の一つ。

 

「――――テュポーン」

 

 ギリシャ神話において曰く。

 多くの怪物魔物の父であり、最高神ゼウスを一度破りながらも、その雷霆を持って封じられた生ける天災。

 すなわち、ゼウスですら殺すことができなかったギリシャ神話世界最大クラスの龍。

 それと同等のものが今この王都に降り立とうといている。


「ゼウィス・オリンフォスを思うとなかなか皮肉が効いてるが―――ん?」

 

 呆れ気味に呟いた瞬間だった。

 まだ蛇龍まで距離があるから、どうするかと思った時。

 戦闘時のアルマの周囲には常時不可視の防御魔法陣が展開されており、一定威力・概念強度を持つ攻撃をシャットアウトするのだが。


 ぽつりと空から舞い降りた水滴が、と音を立てて防御術式を焼き付けた。


「マジかこいつ。成層圏で何食べたらそうなる?」


 強酸性の雨だ。

 人間の強度的には勿論、アース111の建設技術ではこの雨が5分降れば王都が滅びるほどに強い。人間なら1秒間全身に浴びただけで焼け爛れるだろう。

 テュポーンが引き起こす嵐はそれで構成されているのだ。

 

「…………やることが、やることが多い」


 流石に愚痴がこぼれた。

 空から飛来する全長400メートル超のバケモノをどうにかすること。

 天災蛇に付随する強酸性の嵐を対処すること。

 さらにはそれらの被害を眼下の王都に出さないこと。

 一先ず目の前の仕事だけでそれだけを熟さなければならない。


「あー……もう。この世界ならのんびり暮らせると思ったのに。ヘラめ……撤退してるな。こんなの出されたら、僕も片手間というわけにはいかない」


 思わずため息が出る。

 一度、目を閉じ、肩から力を抜く。

 息を吸い。

 目を見開いた。

 迫る災厄を見据え。

 開眼する真紅に輝く瞳。


「――――――いいだろう、少し本気でやろうか」


 ぞっとするほど冷たい声で、マルチバース最高の魔術師はその真価を発揮する。

 胸の前で横にした両手の甲を重ね、右手は上を、左手は下を向ける。それぞれの手で、それぞれの印を組み、それぞれの魔法を行使。

 五本の指が印を結ぶ動き、関節を曲げた角度、それら全てが高度に圧縮された魔法の詠唱だ。

 の術師が同じことをすれば数日、数週間準備をしてできるかどうかというものを手の動きだけで凝縮し、一瞬で構築する。

 完成させた。

 まずはテュポーン。

 数秒後には王都に至る蛇に対し、


「契約を果たしてもらおう―――」


 左手を握り、開いた右手を突き出し、手首を捻った。

 まるで、扉の鍵を開ける様に。


「―――――!」


『■■■■■■■■――――――!!』


 絶叫が天空に嘶く。

 アルマの背後の空間に亀裂が入り、灼熱の溶岩と極冷の氷塊で構成された両手が突き出された。

 亀裂がこじ開けられ、炎と氷の魔人がその身を踊り出した。

 中空に現れた50メートル規模の巨人は次いで展開された足場の魔法陣に降り立ち、アルマもまたその肩に立つ。


「ル・ト! あいつどうにかしろ!」

 

『ハッ―――テュポーンか! 懐かしい、虫けらに良い様にされているなァ!』


「君だってヘラに無理やり起こされて暴れてただろ!」


『分かっている! だから貴様に力を貸してやるというのだ魔術師!』


 声は火山が噴火するかのように重々しい。

 先月の≪龍の都≫において。

 帝国の果ての氷の大地に眠っていたル・トはヘラによって眠りを妨げられ、アルマへの時間稼ぎに使われた。それをアルマが落ち着かせ―――叩きのめしたとも言う―――来るべき時に向けた戦力として契約をしていた。 

 即ち、ヘラに対し鼻を明かす為なら協力してもいいということだ。


『何をしている魔術師! とっとあの女を殺しに行け!』


「あほか。君たちが怪獣大決戦したら王都が消えるだろ」


『我は構わんが?』


「僕は構う―――来るぞ!」


 ついに同じ高度まで落ちて来たテュポーンに対して、ル・トが取った行動は単純だった。

 その場で跳躍し、飛びついたのだ。


『■■■■―――――!』

 

 災厄の蛇と炎と氷の巨人が王都の上空で絡み合う。

 長大でありながらテュポーンはその体をル・トの全身に絡みつき、戦闘に際して逆立った鱗が刃のように氷炎の体を削っていく。ル・トもまた纏わりつく蛇の体を両手で鷲掴み、超高温と超低温をぶち込んでいく。

 暴れながら巨人と蛇は熱と氷と酸をまき散らしながら真っすぐに王城へと落ち、


「中々見ない怪獣大決戦だが―――」


 


『お、おぉ……?』

 

 ル・トでさえ思わず声を漏らす光景。

 王都全体に亀裂が入り、砕けたガラスのように散っていく。

 落ちた先には――――また王都と同じ街並みがあり、さらに天上には逆さまになった同じ街がある。

 言葉にすれば意味が不明だが、そうとしか表現できない世界にアルマたちは入り込んでいた。

 空中でテュポーンを引きはがし、街に降り立ったル・トが降り立つ。

 両足で大地を踏みしめ、瓦礫が宙を舞った。

 いぶかしげに世界を見回す。

 

『ぬぅん! …………なんだ、これは魔術師』


「王都全体の空間をループさせて作った位相空間だ。君を呼び出した時点で、降っていた酸の雨ごとこっちに送ってたんだよ」


『酸……溶ける雨か、アレは厄介だぞ魔術師』


「分かってるよ。このレベルはマルチバースでも早々いないんだけど……アース111、困ったもんだな」


 100メートル離れた距離で蜷局を巻くテュポーンに息を吐く。

 自在に空を舞い、プラズマの息吹を吐き、酸の嵐を呼び起こす怪物。

 まさしく神に相応しい。

 

「それに―――」


 アルマは片目を閉じた。

 現実空間へと視界を飛ばし、王都を俯瞰する。

 既に異変は起きている。 

 情念の獣。

 砂に泳ぐ蟲。

 狂う龍。


「良い、とは言えないが最悪でもない。を考えるに別のアースへの門を開けるのは避けたいが――――ふっ」


 笑みが零れた。

 既に知っている顔のいくつかが、その異変の対処に乗り出してたから。

 危機はある。

 それはこれまでの戦いと同じ。

 けれど、信頼できる仲間がいる。

 それはこれまでの戦いとは違う。

 この世界で生きるアルマが信じられるこの世界の人間がいるのだ。

 その事実が、何よりもアルマにとっては特別で。

 幸福、なんて言ってもいいかもしれない。

 

「いいさ、踊ってやろう、ヘラ。ヴィーテフロア・アクシオス。――――を、舐めるなよ」

 

 


 

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