アルマ・スぺイシア――僕らの世界―― その1


 やたら浮かれたトリウィアとずっと苦笑しているウィルというちょっとしたアクシデントはあったものの。

 アルマを始めしたウィルたちはいつか、ダンスホールだった大広間にいた。

 1年近く前はこのバルコニーから飛び降りたが、その時とは内装が様変わりしている。

 広間の中心に、円環状の円卓が置かれている。 

 辺の五分の一はカットされ、その中に人を置き囲むようにできるものだ。

 その円卓に、アース111における王たちが席を並べ、それぞれの側近が脇に立つ。

 亜人連合の盟主リウ、隣には龍人族の長であるエウリディーチェ。

 天津皇国の皇王天津院玄武、隣にはその娘である天津院甘楽。

 アクシオス王国の国王ユリウス・アクシオス、両脇には元帥レグロス・スパルタスと宰相メトセラ・ヒュリオン。

 ヴィンダー帝国の皇帝レインハルト・ヴィンダー、その隣には七大貴族、アンドレイア家次期当主ディートハリス・アンドレイア。

 トリシラ聖国の導師アリ・ハリト、その隣には次期聖女パール・トリシラ。

 アルマたちはその円卓から外れて長机を用意されている。


「ウィル、緊張してる?」


「…………で、ですね。少し」


 隣に座るウィルは少し緊張気味だった。

 アルマからすればこの手の権力者会議自体は見飽きているが、彼はやはりそうでもないらしい。

 フォンも似たようなものだが、流石にトリウィアと御影は平気そうだった。


「おっ、みんな見てみろ。見覚えのある仏頂面がいるな」


「ん」


 御影が促した先。

 リウや玄武の背後にいるアルマたちとは反対側、聖国導師のアリ・アハトやパールの背後。


「あっ、バルマクさんだ」


 アルマたちとは違い立たされ、手枷もされているがザハク・アル・バルマクもいる。

 去年の夏と変わらず、鋼鉄のような無表情。

 質素ではあるがそれなりに高そうな儀礼服を着ている。


「彼も証人だし、パールが色々したらしいね」


「あ、それめっちゃ愚痴聞かされたよ私」


「私も聞いたなそれ。例のヘファイストスはいないのか?」


「彼女は囚人ですし、必要な時にだけ連れてこられるのでしょう。バルマク氏はパールさんとアハト導師が身分を保証しているのであの扱いでしょうね」


 トリウィアは煙草を蒸かしながら白衣から懐中時計を確認し、


「定刻ですね」


 時間を告げる。

 このアース111主要国家の王たちが、魔族や≪ディー・コンセンテス≫に対してどのような対処を取るのか話し合う会議だ。 

 アルマにしても彼らがどんな判断をするかは興味深いが、


「……始まらないな」


 それぞれの王たちは自分の側近たちと何やら話している。

 カラフルな布を何枚も重ねた聖国の儀礼服に身を包み、髪を下ろしたパールもこちらを見て肩を竦めていた。


「共和国首相のルキア・オクタヴィアス氏がまだ来ていませんね」


 煙を吐きながらトリウィアが未だ来てないもう一人の名を口にする。

 名前だけはアルマも知っているが、共和国というのは話題に上がることが乏しい。

 アレスの出身国ではあるものの、彼も普段その話をすることはないし、学園にも共和国の生徒は非常に少ない。


「――――ふむ」


 アルマは広間の中を見回した。

 両脇にはウィルたち。

 眼前には各国の王。

 広間の壁際には王国の護衛騎士たちが連なっている。

 そして。


「おっ?」

 

 大広間、正面の扉が開いた。

 全員の視線がそこに向かう。

 ゆっくりと扉は開かれて。


「――――ごきげんよう、皆さま」


 ヴィーテフロア・アクシオスが姿を現した。







「―――――ヴィーテ?」


 まず言葉を発したのは彼女の父であるユリウス・アクシオスだった。

 座席の都合上、扉の正面に座る彼は自身の娘を確認し名を口にする。


「皆さまにお話があります」


 だが、ヴィーテフロアは父の言葉には反応しなかった。

 セーラー服を組み合わせた修道服姿の彼女はにっこりとほほ笑み、


「ルキア・オクタヴィアス様は、今はこちらには来られません。この会議も、開く意味はないでしょう」


「ユリウス王、これはどういうことだ」


 鋭く問いを投げたのは導師アリ・アハトだ。

 黒褐色の肌と蓄えた髭を持つ顔を歪めた彼の問に、しかしユリウスは答えられなかった。

 否、そもそもこの場で、状況を把握している者はいない。

 この会議にヴィーテフロア・アクシオスがいるはずがないのだ。

 七主教の聖女であり、政教分離が為されている王国では出席権も発言権もありはしない。

 なのに、彼女はこの場に立ち、無垢にして魔性の笑みを振りまいていた。


「代わりに、皆さまに一つ伝えなければならないことがあります」


 ヴィーテフロアは腕を広げた。

 囁くような、鈴が鳴る様な声。

 声量は大きくないのに、なぜか耳によく届く。

 海の様な深い瞳は――――真っすぐにアルマへと向けられていた。


「あ……?」


「――――――共和国は、全世界へと宣戦布告を行います。どうぞよしなに」


 花の様な笑みで、さらりとそんなことを言う。

 言い方と話のスケールが釣り合っていない。

 朝ごはんを食べていたら急に隠された出生の秘密を聞かされたような唐突さ。

 だから誰も反応できなかった。



 視線が交わっていたのは現実時間にして1秒も満たず、


「――――――――――――――!!」


 アルマは視線を跳ね上げた。

 真上。 

 見ていたのは豪奢なシャンデリアではない。

 そのさらに上だ。

 ウィルたちが困惑するが、構わずに椅子を弾きながら立ち上がった。


「エウリディーチェ!」


「………………不味いな。


 異変に気づいていたのはこの中でエウリディーチェだけだった。

 日蝕の瞳を僅かに開け、同じように天上を見ている。


「だろうな……っ、やってくれる……!」


 吐き捨てた時にはアルマは制服から紺の魔導服と赤いマントに姿を変えていた。

 大きく腕を振り、


「アルマさん!?」


 ウィル、御影、トリウィア、フォンも強制的に戦闘装束に変え、それぞれの武器も取り寄せた。


「手が空いたら連絡する、それまでは状況判断!」

 

 鋭利な指示のみを飛ばし。


「ユリウス王! 王都の結界借りるぞ!」


 アルマ・スぺイシアは転移を実行した。

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