ストレイトズ――グリーティング―― その3
「改めて。はっはっは久しいなぁウィル!」
「えぇ! また会えてうれしいですよディートさん!」
満面の笑みでディートハリスと抱き合い背中を叩き合うウィルを見てトリウィアは微妙な気分になった。
常日頃控えめにほほ笑むウィルにしては珍しい破顔だ。
彼の前世で、彼の家族に起きたことを考えると、この世界でウィルに家族が増えるということは嬉しい。
だからフォンも御影も自分の家族を、ウィルの新しい家族として紹介したのだ。
そういう意味ではディートがいてくれたのは嬉しいことではあるが。
めったに見れない顔を簡単に引き出されるとちょっと複雑なのだ。
「仲が良さそうだな、ディート。離縁したとはいえ従弟は従弟か」
「離縁ではありませんよ皇帝陛下。ウィルには諸々の継承権を手放してもらっただけです。依然我が従弟でありますとも」
「ふむ、そうか。甘い男だな」
声は甘く、耳に響く。
足を組みながら一人用のいすに腰掛け、装飾の施されたひじ掛けに肘を付く金の髪の美青年。女性と見間違いそうになるほどの美形であり、その両目もまた輝く様な金だ。白を基調とした軍服風の帝国の儀礼服は機能美を備えながらも為政者としての風格を損なわせず、先ほどまで卓球をしていたとは思えないほどに涼し気だ。
ただそこにいるだけで光を放つ、黄金のような男だった。
「―――お久しぶりです、レインハルト皇帝陛下」
「は、はじめまして皇帝陛下!」
彼、ヴィンダー帝国皇帝レインハルト・ヴィンターへとトリウィアは跪き、ウィルも慌ててそれに続いた。
それが帝国の人間としては当然であり、そうすることが自然だと思わせられるから。
対するレインハルトは軽い動きで片手を振る。
「立つが良い。公式の謁見でもなければ帝国でもない。気を楽にするといい。茶でも飲むか、使用人を」
「陛下。ここは王国でございます。何にでも使用人を使うものではありません、必要とあらば私がお淹れしましょう」
「ほう、なるほど。トリウィア、ウィル、お前たちもどうだ?」
「いえ、今日は挨拶だけと思いますので」
「そうか。ではディートハリス、淹れるがいい。そしてお前たちも顔を上げ立つとよかろう」
「はっ」
「は、はい!」
顔を上げれば魔法でお湯を沸かしお茶を淹れるディートハリスの姿が見える。
別に王国の貴族でもお茶くらいは使用人に淹れさせるものだが、本人がその気なので良いとしよう。
なんでもかんでも使用人にやらせる帝国の文化はトリウィアも好んでいない。
「皇帝陛下。彼の紹介をしても?」
「許す」
「はっ。私の婚約者であるウィル・ストレイトです」
「ウィル・ストレイトです。お会いできて光栄です、皇帝陛下」
「うむ。卿の噂は私も聞き及んでいる。史上初の全系統保有者にして皇国次代女皇の婿、鳥人族の先祖帰りの主、聖国の救世主――そして我が帝国きっての才女の婚約者」
「…………きょ、恐縮です」
「トリウィアはそのうち私がもらおうと思っていたのだがな」
「―――」
目にかかった髪を首の動きだけで払いながら、そんなことを言い、
「――――はい?」
「!?」
流石のトリウィアも目が点になり、ディートハリスはぎょっとする。
そんな話は二人とも聞いたことが無かった。
なにせ帝国社交界と学会で悪名を轟かせ、王国に5年もいるのだ。見合いが持ち出される想定はしていなかったし、だからこそ秋は一悶着あったのだ。
「驚くことはあるまい。品種改良は帝国貴族の義務だ。その極致であったトリウィアと、彼女に劣るとはいえ天才である私の配合は自然と言える。……ま、それも先を越されたが―――そうさな」
黄金が怪しく輝き、唇が薄い弧を描く。
「今からでも遅くはないか?」
そこに、玄武のような威圧感は無かった。
あるのは魂を突き刺すような宣託だ。
このアースにおいて最も純粋に魔法を追求し、系統を蓄積して来た者。
純粋な数ではトリウィアに劣るとしても。
数百年間、常に七大貴族の血を取り込んできた皇帝一族の意味を彼女は知っている。
戦って負けることはないとは思うけれど、戦うことになった時点でこの世界では敗北を意味する。
「なるほど」
ウィルは、静かに頷いた。
愉悦すら浮かばせる黄金に対し、
「ですが――――彼女は僕の幸福です」
トリウィアの腰を抱き寄せ、その姿を見せつけた。
「―――――」
「ほう」
「…………ウィル」
●
はわわわ! おいおいおいおいこれはちょっと想定していないぞ!?
ウィルと皇帝陛下で痴情のもつれ!? どーすればいいのだ!? 仲裁……してどうなるんだ!? 二人が争って、どうやって穏便に済ませれば……!?
●
「……フッ」
漏れた声はディートハリスのものだった。
彼は上品な笑みを浮かべ、淹れたばかりの紅茶をレインハルトに差し出す。
「陛下、あまり我が従弟を揶揄うのはお良しくだされ。彼は真面目ですから。現状我が従弟と悪い関係になっても良いことはないでしょう」
「ほう、そうか?」
「えぇ。皇国と聖国と、ついでに王国と関係を悪くしても良いことはありますまし」
「ふふふ、甘い男だなディートハリス」
紅茶を受け取ったレインハルトは香りを楽しみ、
「――――聊か遊びすぎたか。そう睨むなウィル。戯れだ、許せ」
乙女が見たら一瞬で腰が砕けそうな甘い笑みで微笑んだ。
「…………分かりました」
「ウィルよ、私からも非礼を詫びよう。皇帝陛下はお前のような将来有望な若者を揶揄うのが好きでな」
「えぇ、大丈夫です」
ウィルは長い息を吐く。
「すみません、ディートさん。皇帝陛下、無礼でした」
「良い、御相子だ。トリウィアもな。我が友を出し抜いた婚約者がどんなものが見て見てたかったのだ」
「………………いえ、皇帝陛下」
「?」
「トリィ?」
鼻血が出そうだった。
皇帝陛下万歳。
レインハルトがウィルをこんな風に揶揄うのは想像していなかったが、結果オーライである。
自分の国の皇帝を前に、『僕のもの』発言だ。
ちょっと彼らしくアレンジされてたが大体同じことだ。
最高。
私の後輩君かっこよすぎませんか?
あ、彼氏ですね。その上婚約者でした。
「――――ありがとうございます」
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