ストレイトズ――グリーティング―― その1
「ゲンコツ!」
「ツメ!」
「ヒレ! ……和睦でゲンコツ!」
「ヒレ!」
「ツメ! ……おかしい、何回目だ。3人しかいないんだぞ?」
「私たちこんなに息が合わなかったでしょうか」
「じゃあトリウィアが負けてくれていいんだよ……!」
「そういうわけにはいきませんねぇ、えぇ!」
「ははは、そういうことだ――行くぞ!」
アクシオス王国王城の来賓用一室にてウィルは御影、トリウィア、フォンがアース111式じゃんけんによる熱い戦いを繰り広げるのをぼんやり見ていた。
入学試験を明日に控え、昨日までその為の調整を行っていたせいか凝っている肩を回す。
今日この日、各国の王たちが魔族や≪ディー・コンセンテス≫について話し合うのだ。
「終わらないですねぇ」
「終わらないなぁ」
隣に座っているアルマに声をかけた。
制服姿の彼女は頭を自分の肩に預けてリラックスした様子で息を吐く。
「誰が自分の国の王に挨拶に行くか、か。ここまで熱が入るのは……分からなくもないけど」
「そうなんですか?」
「んー、まぁ場合によっては序列やら国家やら色々あるけど、あれはじゃれ合いだよ。楽しそうでいいんじゃない?」
「はぁ。……そういえば、こっちのじゃんけん、アレなんですけど。なんででしょう。今まで特に疑問もなかったんですけど。ふとアース・ゼロの思い出して。グーとチョキと……ぱかーんですっけ?」
「パーね、パー」
そうだった。
流石に20年近く昔のことな上に新しい知識のせいで記憶が曖昧だ。
じゃんけんをする相手も転生する直前はいなかった……と思う。
やはり前世で死ぬ直前は思い出せない。もっとも、もう別に良いと思うのだけど。
「獣人族のゲンコツに、リザーディアンのツメに、魚人族のヒレだったかな。元々はパーはエルフの耳だったらしいんだけど」
「ですけど?」
「最初ゲンコツはドワーフだったらしいんだけど、ドワーフがエルフに負けるとかおかしくね? ってなったドワーフがキレてプチ論争になって剣作るからチョキにしろってなったら今度はエルフが怒ってまた論争になって、ややこしいからその二種族が外れて紆余曲折あって今の形になったらしい。どこの世界でもドワーフとエルフの種族は仲が悪い」
「はえー」
会話と同時並行で掲示板でアルマが同じ説明をしてくれたのでコメントをしたら同じことが声に出ていた。
言っている間にも3人のじゃんけんは行われている。
自分の国の王城で婚約者3人がじゃんけんしているのは妙な感覚だった。
「―――ヒレ! はい、私の勝ちです! 終了!」
「くっ……トリウィアに負けた……!」
「やるな……!」
「あ、勝負がついたみたいですね」
「ふむ」
見ればトリウィアは目を伏せて無表情のドヤ顔でぱーの掌を突き上げ、フォンは膝から崩れ落ち、御影は頬の汗を拭っていた。
トリウィアは左目だけを開け、ウィンク状態を維持させながら速足でウィルの下へ来る。
「さぁさぁウィル君。まずは私の国の皇帝陛下に会いに行こう? 挨拶は大事だよね、アンドレイア家の権力は引き継がなくても。というか私が皇帝陛下に彼氏自慢したいし―――」
「トリウィア」
「……………………なんですか、アルマさん」
「君、一瞬魔眼使ったよね」
「………………」
「はぁ!? ずるくない!?」
「ず、ずるくないですよー? 私の血の力ですよー?」
「ずるでしょ! それが良いなら私だって≪山海図経≫でトリウィアと御影の指を減速させて強制後出し敗北とか出来たし!」
「そこまでされると私は物理的に邪魔するしかないんだがな。というか先輩殿、≪番外系統≫でどう勝ったんだ?」
「私のはつまり『解析』なので筋肉の動きを解析して何を出すのか先読みしたんです」
「ずるっ! 御影も思うでしょ」
「うーむ…………ずるだな! 反則負け!」
「ば、馬鹿な……!」
「………………ウィル、今どんな感情で3人見てるんだい?」
「そうですねぇ」
小さく首を傾げて考え、笑う。
「仲が良くて嬉しいなぁって」
●
「じーちゃん、久しぶり!」
御影との一騎打ちにより勝利したフォンは連合盟主であり、自らの祖父であるリウの下へウィルと訪れた。
先ほど自分たちがいた部屋と似たような間取り。
そこにリウは王国の高そうな椅子に杖を付いて腰かけている。
自分の知っている祖父とは違和感が強くて少し笑える。
鳥人族らしい意匠の、しかし露出はなく全身を覆う長い丈の『チャンパオ』と呼ばれる礼服だ。
リウは腰の曲がった背の低い老人だ。
自分はおろかアルマよりも小柄だろう。
口元には仙人みたいな長い髭を蓄えているのに、頭部は完璧なつるっぱげ。
加えて、部屋にいたのは祖父だけではなく
「エウリディーチェ様!」
「久しいな、フォン、ウィル。息災だったか」
伏せられた目と静かな微笑。
高い位置で結んだ藍色の髪、古びた皮鎧。
龍人族の長のエウリディーチェだ。
「来ていらっしゃるとは聞いていましたが、こちらにいらしたんですね」
「うむ。今では余も亜人連合の末端故にな。今日集まる王たちは、大戦時代の知己である故、余も無理を言ってリウの付き人としてはせ参じたというわけだ」
「ふぉっふぉっふぉ。ゆうてもワシはエウリディーチェ様のおまけのようなものじゃがのぅ。フォン、ウィル様。ワシの相手もしてくれると嬉しいが」
好々爺と言わんばかりに朗らかに笑う。
フォンにしてもウィルにしても、彼と会うのは去年の≪七氏族祭≫以来だ。
「ふむ、フォンよ。制服着こなしておるのぅ」
「あー、ん。まぁね」
「ふぅむ、良いことじゃ。エウリディーチェ様や手紙でも聞いたがウィル様との関係も良好のようじゃが――」
ふと、杖が動いた。
自然な動きだった。
ウィルとフォンの意識の合間を縫うような達人染みた挙動。
気づいた時には、
「―――その割には乳が増えておらんのう。成長期は終わっておったか?」
杖先が自分の胸を突いていた。
「――」
「――」
「ふむ。余はつつましい胸も悪くないと思うがな」
のんきな声を上げるエウリディーチェの声を聴き、フォンは状況を理解し、
「っ―――んのスケベ爺ッ!!」
顔が真っ赤になるのと共に蹴り脚を叩き込んだ。
我ながら鋭い蹴りだ。
「ひょひょひょ! まだまだ子供じゃのう! 未通子のままか? いや、それはなさそうじゃな! 纏う風で分かるぞぅ!」
「ジジイーー!」
しかし蹴りは回避された。
座っていたはずなのに、予備動作も無く直上に飛び上がったのだ。高齢であるリウは翼を折っている。だがそれを感じさせない軽やかな動き。
この祖父はこうなのだ。
フォンに体術の基礎を教え、シュークェに武術を修めさせた。
あとたまに自分の口が悪くなるのはこのスケベ爺のせいだと思っている。
「こんっの……! しばらく会ってないけど全く変わってないなじーちゃん! いい歳なんだから落ち着けっての!」
「ほっほー! 大体の鳥人族というのはいい歳になってから飛ぶ以外の喜びに目覚めるもんじゃ! お主は違うようだがのぅ!」
「じ、ジジイ……!」
「ふぉ、フォン! 落ち着いて! 王城、王城だからここ!」
「くっ……!」
ウィルに背中から抱かれ、心をどうにか落ち着かせる。
部屋の中には今の4人だけだが、外には王国の使用人もいれば別の部屋にはリウとエウリディーチェの付き添いも待機しているのだ。
確かに暴れていい場ではない。
息を整え、
「ふぅっー……ふぅっー…………ありがと、ウィルさん。大丈夫、落ち着いたよ」
「ほほほ、見せつけてくれるのぅ」
「…………!」
「どうどう」
背後からウィルが抱きしめてくれているので落ち着けた。
そうでなければ翼を広げていただろう。
「ふ」
そんな自分たちにエウリディーチェは口元に手を当てながら三度笑った。
「悪い。揶揄うつもりはないがな。仲が良くて何よりだ」
「いえ、こうしてフォンといられるのもエウリディーチェ様のおかげです」
「余は何もしておらんよ。言葉足らずで困惑させていたようだしな」
「…………エウリディーチェ様はどっちかって言うと言葉が多いような」
「フォン!?」
「わははははは! これは一本取られたな!」
大ウケだった。
未だにウィルに対してとんでもない好きバレをされたことは感謝していいのか怒っていいのか分からない所である。
結果的には良かったけれど。
純情乙女の心は複雑なのだ。
「……あの、リウさん。僕からよろしいですか?」
「はいはい。なんでしょうか、ウィル様。ウィル様は我等が鳥人族の恩人、なんでも言ってくだされ」
「こほん、では」
不思議に思ってみたウィルの表情は緊張していた。
息を吸い、しかし真っすぐにリウを見つめ、
「――――お孫さんを僕にください!」
「ウィルさん!?」
「いいですとも!!」
「あれ!? 即答ですか!?」
直角に腰を曲げて皇国式の――無意識なのかウィルはたまに皇国式の仕草が多い――お辞儀と共に叫んだが、リウの即答により微妙な角度で止まった。
驚くウィルに対して祖父は髭を撫でる。
「ほっほっほ。既にフォンはウィル様のものですしのぅ。貴方が悪い人間ではないことは我等を助けてくれた時から知っておりましたし、エウリディーチェ様やシュークェから≪龍の都≫の話も聞いております。で、あれば。貴方様が我が孫娘の比翼であることに、なんと止めることがありましょうか」
「じーちゃん……」
「発育は足りませんが、どうかこの子をお願いします」
「ジジイーー!!」
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