ウィル・ストレイト――価値あるもの―― その2


 ウィル君それは言わなくていいよ!

 彼の言葉で集まった視線に半笑いで受け流しながらティシウス・アクシオスは思った。

 態々講堂の一番後ろでドロテアと並んでウィルの演説を楽しんでいたのにこれだ。

 幸いにも彼らはすぐにウィルへと視線を戻し、


「ストレイト! 部活ごとに課題って好きに決めて良いって言ったな!?」


 手と声を上げたのは彼の同級生だろう。


「えぇ、そういうことです。勿論事前に生徒会への申請は必要ですが」


「――――オレ決闘部だけど、タイマンのステゴロでも!?」


「えーと、はい。戦闘も有りです。相手が新入生なのでハンデは付けてもらいますが」


「つまり……合法的に喧嘩して部費と成績貰えるのか!?」


「言い方は難がありますがそういうことです」


 おお……とどよめきがあがる。

 彼らはお互いに顔を見回せ、


「魔物調理部が調理難度の高い食材をやらせるのは!?」「マッピング部で即席マッピングさせて新入生を沼に引きずり込むのも!?」「当方詠唱研究会ですが、新入生にオリジナル詠唱を考えてもらって新鮮なニュアンスと恥ずかしさを栄養と摂取するのも!?」「未だに開催出来てない長物レース研究会主催レースもいいのか!」「錬金部が作った浪漫はあるけど実用性があんま無い武器を試してもらう時が来たか……!」「これで結果出したらおもしろ動画研究会から前に申請して却下されてたアクチュー部に昇格できます!」「筋肉部としては筋肉のすばらしさを普及させるチャンスではないか……!」


 喧々諤々。

 あちらこちらから怒涛の様に声が上がる。

 少年たちの熱量は今のティシウスにとっては眩しいものだ。

 そして上手いことそれを引き出したなと思う。

 通常、王国の騎士団の力を借りる試験で在校生の参加を提案したのはウィルだ。新しい仲間を今の仲間たちで迎えたいと彼は言った。

 最初はボランティアで募るつもりだったが、それに対し部費の増額と成績加点を提案したのは御影らしい。

 労働には適切な報酬を。

 それが為されていなければ働くものも働かない。

 アルマ・スぺイシアもそれに深く同意し、ティシウスにしても同感だった。

 前職ではそのバランスに神経を使ったものだ。

 そういったことを理解してくれる子らが学園を纏めているということは頼もしい。

 王国を弟に任せた身としては、彼らがその弟の力になってくれることを願うばかりだ。

 

「え、えっと……」


 上がる声にうろたえている彼はどこか微笑ましい。

 

「……え? 御影? 何……?」


 ふと、御影が彼に何かを耳打ちした。

 彼は若干眉をひそめた後、未だ声を上げ続ける生徒たちに向き直る。

 人差し指を立て、唇に添える動きを取った。

 生徒たちは疑問を覚え、一瞬だけ声が止まり、


「―――――しぃー」


 囁く様な、けれどよく通った吐息に完全に静かになった。







 は? 私の後輩君えっちすぎませんか?

 私の後輩君演説上手すぎませんか? などと色ボケていたトリウィアは思った。







 ふっ……私の未来旦那えっちだな。

 下手人でありいい仕事をしたと確信しながら御影は思った。






 

 うわっ、私の主えっちなんじゃない?

 ちょっと反則なんじゃないだろうか。後でやってくれないかなとフォンは思った。

 

 

 

 




 結果的にウィルのウィスパーボイスで生徒をいさめるという、後年ちょっとした伝説になる事件はありつつも集会は終わりを迎えた。

 

「この後試験参加希望者はウィルかアルマ殿が対応するので向かう様に。試験参加に関しては課題以外にもある程度人員を振るのでそれは了承してくれ」


 もう一度御影が変わり、最後のアナウンスを行う。

 

「これにて集会を終了する! 感謝しよう、生徒諸君!」


 その場を凛とした声で締め、


「――――あと、アレス・オリンフォスは用があるので講堂の控室に来るように」






 

 

「トリウィア、何書いてるの?」


「歌詞です。さっきのウィル君の演説を取り入れようと思って」


「おいおいあの『しーっ』もいれるのか?」


「大丈夫それ? その……ほら、ちょっと………………うわ、この考えトリウィアみたい」


「わはは、私も思ったから問題無い」


「そう? じゃあまぁいっか」


「フォンさん、フォンさん? 一度ちょっと私と話しませんか?」


 どうしてこんなことに。

 果たして入学してから何度考えたか分からないことをアレスは思った。

 呼び出された控室は本来講堂でのイベントなどで呼ばれた来賓のためのものなので、それなり調度品の整った応接室のようになっている。

 賓客のためのソファで見慣れた三人娘は姦しくおしゃべりしていた。

 対面に腰かけていたアレスはため息と共に口を開く。


「……あの。なんで俺を呼んだんですか?」


「おっ、そうだったそうだった。悪いな態々。これをと思って」


 御影が取り出したのは一枚の書類とペンだった。

 それは、


「……………………生徒会役員参加認定書?」


「そうそう。これまでは各学年の主席と次席だけだが枠の増設は可能でな。役員補佐という形になるが、扱いは生徒会と変わらない」


「………………何故、俺が?」


「?」


 3人から何を言っているんだ、という顔で見られた。

 そんな顔をされても困る。


「いえ、生徒会に入るつもりなんてないですけど」


「でも現状そんな感じじゃない? 放課後私とアルマとアレスで生徒会室行くこと多いし」


「………………それは、お茶を淹れるついでですし」


「最初ウィルが試験生チーム完全ランダムにしようって言いだした時、ある程度王族は振り分けた方が良いって言ってたのもアレスだな」


「……………………それは気になったので」


「フィールドワークにおいて、試験生への障害となる配置も考えてくれましたよね。ウィル君に対して『試験を深読みする輩はこの地形ならここを通って他人との遭遇を避けると思いますよ』とか。てっきりそのポイントのどれかにアレス君が行くのかと思ってましたけど」


「……………………それは」


 それは。

 そんなつもりはなかったけれど。

 お茶を飲むついでに気になった所をちょっと口出ししていただけだ。

 去年の夏終わりからずっとそんな生活をしていたけれど。


「とまぁ、今回の試験もアレスの意見を参考にさせてもらっているしな。学年も上がって、生徒会面子も一新して、良い機会だし正式に参加してもらおうと」


「ストレイト先輩は?」


「ウィル君が言い出したことですよ」


「…………じゃあなんであの人が言わないんですか」


「だってアレス、ウィルさんが苦手ですって正面から言ったらしいじゃん。僕のことは苦手みたいなんで……って哀愁漂わせて言ってたよ」


「…………………………」


 思わず頭を抱えた。

 なんで気にしているだろうあの人は。

 3,4か月前のことなのに。

 自分のせいか。

 ちょっと想像できてしまう自分が嫌だ。

 

「……うぅ」


 呻きが漏れる。

 これも癖になっているので困っているのだ。

 しわになった眉間を揉み、


「………………天津院先輩方は、僕なんかがいていいのですか?」


「?」


 3人から何を言っているんだ、という顔で見られた。

 既視感。

 やれやれと肩を竦めた御影は唇を吊り上げ、


「今更過ぎるだろ。文句があればとっくに言ってる。来年入る生徒会面子にただのウィルハーレムと思われても困るしな」


「大体みんなアレスが生徒会だって思ってるよ。そもそもアレスがダメならトリウィアだってダメじゃん」


「そうそう私は研究生なので今となっては生徒会とは何の関係もない…………フォンさん。フォンさん? 私何かしましたっけ? この前ウィル君との夜を横でずっと眺めてたのがダメでした?」


「今ここでそれを口にするところだよ!!!!」


 フォンの怒りが飛んだがアレスが同感だった。

 恐ろしく聞きたくない話だ。


「こほん。それにだ、アレス」


「なんですか」


「――――お前の淹れる茶は実に美味い」


「確かに」


「間違いないですね」


「……………………はぁ」


 重い息を吐く。

 なんだかなと思い、

 

「分かりましたよ」

  

 書類にサインをする。

 結局これまでの生活と変わらないし。

 それに何より。

 唯一の趣味を。

 いつか、大切の為にと磨いて来た特技を褒められるのは。

 まぁ生徒会に加わってもいいか、と判断するくらいには嬉しかったのだ。


「まぁ……よろしくお願いします、皆さん」


「うむ! ウィルが喜ぶ顔が目に浮かぶな」


「……うぅ」


 その顔が思い浮かぶのがどうにも居心地が悪かった。

 やっぱり自分はずっと流されている。

 尤も。

 今回のこれは、悪くないかもしれないけれど。

 

 

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