ウィル・ストレイト――価値あるもの―― その1
「――――諸君、おはよう! 生徒会新副会長天津院御影だ!」
魔法学園の講堂に天津院御影の声は高らかに響き渡った。
最大三百人近く収容できる広い屋内に、まるで雷鳴のように。
それを聞いていたのは百人少しの学園生徒だ。
アクシア魔法学園、現1・2年の全生徒。それに加えて集合義務は無くても顔を出した三年生が少し。
クラスごとにざっくりと整列していた彼らは出身国も人種もバラバラであり、学園集会自体も面倒がる者も多い。
「1・2年とは全生徒が集まる機会など早々無い! 故に、今この場に皆が集ったことを私は嬉しく思う!」
それでも、誰もがその声を、その姿を見ずにはいられない。
彼女が現れるまで乱雑だった視線が一点に集中する。
威風堂々。
天衣無縫。
完全無欠。
この学園には各国王族から大貴族、大商人らの子が当たり前のように在籍しているが、そんな彼らでさえ有無を言わさずに視線を奪う存在感。
一度気づいてしまえば、思わず背筋を伸ばし、目を離さずにはいられない。
それが天津院御影というカリスマだ。
拡声用の
「さて。今日は司会進行としてこうして声を上げさてもらった。なので、早速主役に出番を譲るとしよう。我らが新生徒会長、ウィル・ストレイトから諸君らに話がある」
御影が踵を返す。
彼女の背後にはアルマとフォン。
そして御影と入れ替えるように前に出た少年が。
彼は壇上の中心に立ち、一つ息を吸った。
軽く首を傾け、柔らかく微笑む。
「――――皆さんこんにちは。新生徒会長のウィル・ストレイトです」
●
「副会長と言葉が重なりますが、こうして皆さんの前に立てたことを嬉しく思います。僕から、皆さんにお願いしたいことがあり集会を開かせていただきました」
不思議なお方でござるなぁ。
クラスメイトと共に講堂の後方右側でウィルの言葉を聞きながら、童乃いばらはそんなことを思った。
己の主である天津院御影の後に人前で話す。
そんなのいばらだったら死んだほうがマシだ。
それくらいの存在感が主にはある。
ウィルにしても、そこまでではない。
なのに。
「――――二週間後に行われる入学試験のお話です」
彼が前に立ち、口を開いた瞬間。
誰もが彼を見たのだ。
●
「実は皆さんに力を貸していただければと思いまして。本来であれば、生徒会員と数人の生徒補助、それから国の貴族の方や騎士団の方に行ってもらうんですけど」
やっぱ不思議だなぁと、エスカ・リーリオは思わず腕を組んだ。
存在感で言えば副会長の御影の方が凄い。
自分も含めて視界の全員が。
声を聴いた瞬間に視線を向けずにはいられなかった。
ウィルがそうなのかというと違う。
彼が前に立った瞬間。
口を開くよりも前、皆が彼を見つめたのだ。
「できれば僕は、これから先輩になる皆さんと試験の運営を行いたいと思います」
それは似ているようで違う。
思わず目を奪われるのと。
思わず見てしまうのは。
「なぜなら」
彼は生徒たちを見回す。
真っすぐな視線で。
「―――僕は、この学園で多くのものを得たからです」
●
「アクシアとは、古い言葉で『価値あるもの』という意味だそうです」
珍しいタイプですね。
ドロテア・エルクスレーベンは生徒たちの後方、学園長の背後に控えながら彼に対してそう思った。
七大貴族の内、医療を司るアガーフェ家の分家出身であるが故にドロテアは様々な人間を見て来た。
カリスマ、というもの在り方は一つではない。
現ヴィンダー帝国レインハルト・ヴィンダーや皇国第六皇女にして皇位継承権第一位、次期女王である天津院御影。
彼ら彼女らは圧倒的存在感で他者を圧倒し、率い、狂奔を与える覇気の持ち主だ。
この人の言うことを無視できない。
この人からどうしたって目を離せない。
そういう人種は、得てして生まれ得る。
ウィルは、そういうタイプではない。
「僕はこの学園で多くの『価値あるもの』と出会うことができました。……本当に。あまりにも多くのものに恵まれすぎたのが信じられないくらいに」
微笑む彼は、他者の魂を焼き尽くすような王者ではないのだ。
●
「先生、先輩、友人、後輩、恋人、家族。授業や訓練、様々な高度な教育も、僕みたいな田舎者からすれば信じられないような暮らしも。その何もかも、僕にとっては黄金よりも価値あるものでした」
何故か力を貸したくなる人ですわね。
シャコ系魚人族であり、漫画研究会所属であり、アレスやエスカ、アルマのクラスメイトであり、密かにウィルとアレスの連載――生徒会、というか御影公認―――を書いているトォンは思った。
三学期に入って髪が短くなるという作画的なアクシデントがあったが、それはそれで新鮮だったので良しとする。
画力に関しては自信がある。
学園の文化推薦で入学しているし、シャコ系故の視力故に微細な光景を写実する技術を持つ。
問題は、どれだけ対象の在り方まで描けるか、だ。
「そしてそれは、皆さんも同じだと思います。この学園は価値あるものを得る為の場所なんですから」
ウィル・ストレイトという青年は決して目立つ存在ではない。
目立つという意味では天津院御影やトリウィア・フロネシスは勿論、アルマやフォンの方が目を引くだろう。
それでも、彼はこの学園の中心にいる。
奇妙な言い方になるが、存在感はないのに確かにあるのだ。
みんなの真ん中にて、真っすぐに誰かを見つめている。
「僕はそう信じています」
首を傾けて微笑んで講堂を見渡す彼と、不思議と目が合った気もする。
引き込まれるのとは違う。
目が離せなくなるのも違う。
自然と見返したくなる、とでも言うのだろうか。
その言語化と質感を描くのが難しい。
だからこそ燃えるというもの。
何より。
新入生に普及をしなければいけない使命がある。
出るところに出られたら訴えられそうだが、しかし描きたいという欲は抑えられないのだ。
何故多くの人が彼を助けたくなるのか、その理由を描くまで。
●
「ですから新しい後輩には、彼ら彼女なりの『価値あるもの』を見つけて欲しい。そしてそんな後輩たちを皆さんと一緒に迎え入れられたらと思います」
あれ、話進んだ?
アルマのクラスメイトにしてアルマファンクラブ会員ナンバー1,2,3。
ティル・ティレリースとアンゼロット・アーベラインと
もっとこう……アルマとの話してくれないかなぁ、とも。
●
あの三人、また馬鹿な話してる。
ウィルの背後で話を聞いていたアルマは思った。
クラスメイトの姦し3人娘はウィルを見ているが、多分余計なことを考えているだろう。
数秒半目を向けたが息を吐き、ウィルの声に再度耳を傾けた。
なんだかんだ。
彼の声を聴くのは心地が良い。
なぜならば。
彼は、いつだって一生懸命だから。
●
「―――」
ここからが本番だ。
呼吸を整えながらウィルは思った。
行動を見回せば、視線が自分に集まっている。
そしてその全てが好意的なものではない。
自分が誰からも好かれることはないとウィルは知っている。
対抗心を燃やすように見ている者もいれば、懐疑的な視線もあれば、興味が無さそうな人も、苦々しげに見ている人もいる。
それでも、目を向けてくれる。
だから、言葉を紡ぐのだ。
「今回の入学試験では幾つの段階を踏みます。まず開始は夜明け、王都の外の森や丘等の一部範囲をいくつか会場として確保し、そこに試験生をランダムで4人1組でチームにし各フィールドに設置、或いは試験官から通過確認アイテム……バッジのようなものを予定していますが、それを回収してもらいます」
それが第一段階。
「そののち、学園に集合して各自学科試験。これはペーパーテスト受けてもらうだけのものですね」
それが第二段階。
「15時までに学科受験をボーダーラインとした第一、第二段階をクリアした試験生同士でトーナメント形式で戦闘を行います。ここで合格者の人数調整と全体を通した上位入賞者を決定します」
それが第三段階。
「フィールドワーク、学科、戦闘の三つの手順を踏むことになります」
生徒たちに反応があった。
何かに気づいたようであり、それは正しい。
「えぇ。新3年と新2年の入学試験を混ぜた形になります。……まぁ、僕は入学試験を受けてないんですけど」
周囲、特に新3年生から微かな笑いが漏れた。
ウィルや御影の世代はトリウィアが主導となった戦闘と学科。
アルマやフォンの世代はカルメンが主導となったフィールドワーク。
これはそれらを混ぜ合わせたものだ。
ウィルはその入学試験の後に、前学園長により無理やり滑り込んだかなりグレーな立場だった。正直当時はどうなるかと思っていたが、
「くくく」
背後で、懐かしそうに笑っている御影のおかげでみんなに受け入れてもらった。
それに背中を押され、
「皆さんにお願いしたいのは主にフィールドワークに関してです」
みんなを見回す。
「各地に在校生を配置できれば、その生徒がそれぞれの課題を用意してもらい、クリアしたら通過バッジを渡す段取りで行こうと思います」
ざわりと、察しの良い一部の生徒が反応した。
対し、ウィルは頷く。
「はい。この課題に関しては各部活、研究会単位での参加が可能とします。それぞれがそれぞれの課題を用意してもらえれば」
一度溜め、
「課題の出来や試験としての適正を鑑みて―――来年度の部費の増加も検討させていただきます。勿論、個人での参加の場合は成績の加点も」
ざわめきがより大きいものになった。
アクシア魔法学園も学校なので当然部活や同好会のようなものがある。
尤も、1年の時から生徒会に所属し、掲示板という交流を持つウィルにとっては縁遠いものではあるのでこれまでの生活に関わることは少なかった。
一応トリウィアが主導し、現在ではアルマが引き継いでいる勉強会も扱いとしては同好会に入る。ただの集まりだったが、多くの生徒が集まった結果場所を借りる為の形だけのものだが。
文学や音楽で推薦される生徒がいるように、部活もまた様々だ。
様々すぎるが故に部費は分散するし、中にはポケットマネーから捻出している部活や扱うものによっては市場で売り上げを出している部活もある。
そんな彼らからしたら部費の増加は当然求めるところ。
個人の成績に関しては言うまでもない。
「なお、これは学園長公認ですので後からやっぱり……ということもないのでご安心ください」
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