天津院御影――呪いと見栄―― その2
「…………やはり、か。参ったな。≪ディー・コンセンテス≫の仕業だろうが。≪龍の都≫と言い、色々やっているようだな連中」
ヴィンター帝国における炎と氷の魔人。
トリシラ聖国におけるサンドワーム。
アクシオス王国における天空蛇。
亜人連合における天宮龍。
そういった現存する神話の名残。天宮龍エウリディーチェとは実際に対面したわけだが。
皇国の場合、その国の領土に三つある聖域に眠るとされている三柱の鬼神。
おとぎ話と思っていたが、エウリディーチェと相まみえればそれがただの伝承ではないと想像が付く。
古より皇族すら立ち入ることが許されない禁じられた場所。
「聖域はどうなっていたんだ?」
「どうももぬけの殻だったようでござる。ただ、誰かに何かを持ちだされたのか、それとも元々何もなかったのかは……」
「分からんだろうな。数千年近く禁じられた聖域といえば聞こえはいいが、ようはほったらかしだからな。文献やらなにやら調べるのには時間がかかり過ぎる。……他には何かあるか?」
「はっ。聖域の件と合わせてまだ機密ですが、王国での各国会談の日付が変更となったとのことでござる。試験の後にから、試験の前日に変更でござる」
「は? なんだそれ。入れ替わったんじゃなくて日にちをずらしたのか?」
「左様にござりまする」
「妙なことだな……まぁいい。父上たちが遅れるということはないだな」
「もとより前日に王都入りされる予定でござりましたゆえ」
「相分かった。ご苦労、いばら」
「はっ。恐悦至極にござりまする」
膝をついた姿勢は崩さず、小さく頭を下げた。
「……姫様」
いばらは少し迷いながら口開いた。
「その呪いですが……」
「なんだ?」
「やはり、スぺイシア様に助力を請うた方がいいのでは?」
「うん?」
「あの方は拙者の及ばぬ方と存じているでござる。お館様や他の奥方様に言えぬ気持ちはわかりますが、それでもその呪いをどうにかできるのではと……」
「…………あー、そうか。そうだったか」
「姫様?」
「いやな」
御影は苦笑し、
「アルマ殿にはもう相談した」
「なんと」
「というか、傷受けて治療してもらった時に」
「なん、と……!」
では、といばらは目を見開いて、
「では三日前いつ具申するかと悩んで夜しか寝れなかった拙者の葛藤は……!」
「三日前なのか? それに寝てるじゃないか。そもそも敵から喰らったわけわからん呪いを私が放置するわけがないだろ? 自分でどうにかできないのはアルマ殿に相談だ」
「そうでござった……姫様はそういうお方でござった……!」
「というか気にしているのなら言ってくれても良かったんだぞ別に」
「姫様なら大丈夫かと思っていたでござるが、先ほどは本当に苦しそうだった故に……」
「…………悪い。心配をかけるな、いばら」
御影は息を吐き、服装を整えてから立ち上がった。
そしてゆっくりといばらの頭を撫でる。
「……姫様」
「安心しろ、私は天津院御影だ。心配するな。それに……」
いばらを撫でた手で自らの腹部に手を当てる。
与えられた呪いを。
怨念。
情念。
想念。
それは、
「……きっと、私が向き合わないといけないものだ。だからこそ、アルマ殿も私に任せてくれたんだろうよ」
フォンが自らの原初と向き合ったように。
彼女のそれと似ているが、少し違うものだと彼女は感じている。
きっとそれが天津院御影に必要なものだ。
「というわけだ。そんな気はないだろうが他のみんなにはやはり内密にな。これは皇女としての命令だ。特にフォンには言うなよ」
「はぁ……何故フォン様?」
「ウィルと先輩殿には感付かれかねん。気づいてスルーしてる気がしないでもない」
「フォン様は鈍いから平気と?」
「いや。むしろあれは意外と鋭い」
ただ、と彼女は肩を竦め、
「――――妹分には格好つけたいだろ?」
にやりと口端を歪めて笑った。
自分にしては珍しい見栄だなと、御影は思う。
それでも張りたい見栄だ。
そんなことを思うのは、この学園に来て、ウィルたちに出会って生まれた変化だろうか。
或いは、≪龍の都≫で彼女を背中を押したのだから自分も負けていられないという維持だろうか。
「……どっちを選んでも、か。自分で言った手前、ちゃんとしないとな」
もう一つ笑い、
「さてと、寮に戻るか。いばら、そろそろお前も一緒に夕食でもどうだ?」
「いえ、拙者は忍として屋根裏で手製の丸薬を食すでござる。それが忍者故。ニンニン」
「お前、五席なんだから自分の部屋があるだろう……」
「姫様に並べなかった席次など、無いも同然ござる……!」
ちょっと過剰に二年前までの試験結果に声を上げるいばらに肩を竦めつつ、御影は歩き出した。
そして。
「――――ん」
風が吹いた。
ふわりと優しい、それまでの苦悶と呪怨に苛まれた気分が吹き飛ぶような。
それだけではなく、
「…………」
風に舞ってどこからか飛んできたのは――――濡羽色の羽根だった。
「…………………………うぅむ」
「姫様? 鳥でござりましょうか」
「鳥って……まぁ鳥は鳥だなぁ」
御影は銀の髪を弄り、空を見上げる。
建物の暗い影の狭間に黄昏の空がある。
しばらく見つめて、
「……………………なんとか夕食は誤魔化してそのままウィルとベッドに連れ込んで有耶無耶にできないか……」
●
「怒ってるー、フォンち?」
「べっっっつにー」
御影といばらのいた隙間を挟む建物の屋上からパールはフォンと共に、去っていく御影の背中を見ていた。
隣で胡坐をかいているフォンはあからさまにふくれっ面だ。
「なんで調子悪いの言ってくれないのとか、私にだけ特に隠そうとしてるの酷くないとか、そんな調子なのに普通に仕事してるのとか……」
「とかー?」
「………………
「あはは。妹も大変だねぇー」
「もー髪滅茶苦茶にしないでよぅ」
口で言いつつフォンはパールを振り払わなかった。
視線は夕焼けを浴びて歩いていく御影の背中。
凛と伸びた背筋とよどみない歩みはとても何か不調を負っているようには思えない。
「信じようと、フォンち。私が言うまでもないかもさ」
「ん」
パールは背後から抱きしめ、同じように御影を見た。
視線の先と腕の中の後輩。
今のパールにできることはもうほとんどない。
生徒会は引退であるし、そうなると聖国に戻ることになる。
彼女たちの手助けをすることはできない。
「いや、そもそも先輩として私ができたことは全然なかったねぇ」
「…………そんなこと無いと思うけど」
「あるんだなーこれが。情けない先輩だよーほんと。聖国の時だってなにもできなかったし」
けらけらと笑い。
でもね、とほほ笑む。
「だから私は知ってるぜー。君も、ミカちゃんも凄い子だ。だから大丈夫さ」
「……うん」
そう、パールもフォンも知っている。
天津院御影は、
「強く」
フォンは言って、
「優しく」
パールは続け、
「美しく」
二人は言葉を揃えた。
「無敵のお姫様ってね?」
「……だね」
フォンは苦笑気味に頷き、もう一度御影の背中を見た。
「きっと――――証明してくれるさ、御影なら」
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