アルマ・スぺイシア――1年の果てに―― その1


「それでは入学試験について説明させていただきます」


 少し緊張気味に、ウィルは言葉を発した。

 学園のある会議室。

 黒板の前に立ち、脇には御影、アルマ、フォンが控えている。

 彼女たちはウィルを手助けしてくれるが、それでもメインはウィルだ。

 それが彼の仕事であるし、自分自身そうあるべきだと思っている。

 制服は今回のためにクリーニングに出そうとして―――完璧に御影が洗濯してくれたし、新生徒会長としての初仕事のために散髪屋に行こうとして―――完璧に御影がカットしてくれた。

 今までは目にかかる長さの髪だったが、目元や額を露わにした短い髪だ。

 整髪料のセットも彼女が教えてくれた。

 肩幕は特別洗濯しなくてもいつも綺麗だが、それは自分で揉み洗いをした。

 朝食は早い時間から動き出したので寮の食堂は開いてなかったが、やはり御影が一汁三菜の朝食を用意してくれた。

 日常生活の大半を御影に握られている気もするが、むしろ望むところ。

 つまり、コンディションとしては万全だ。

 決意を胸にし、


「ははは……ストレイト君なら大丈夫なんじゃないかな? 私は特に言うことはないよぅ」


 その決意は学園長を素通りした。







「私は今年から入った新参だし、ストレイトくんと天津院さんが主導なら……ねぇ? お任せるよ、ははは」


 出っ張った中年太り腹が窮屈そうにし立ての良いスーツに押し込まれ、手にしたハンカチでぴかりと光る不毛の頭頂部の汗を拭っていた。

 困り眉と共に笑うその人こそ、アクシア魔法学園の現学園長ティシウス・アクシオスである。





364:名無しの>1天推し

アクシオスって……あれ? 王様の苗字じゃね?

 

365:新二年主席天才

そうそう。

というか王様の異母兄。

 

366:新二年主席天才

初代の王様は奥さんが沢山いて、当然子供も沢山いる。

ここで賢いのは初代国王は子供が成人するまで、それぞれの仕事を割り振っていたってことだ。

 

367:名無しの>1天推し

へぇ

 

368:名無しの>1天推し

えらすぎ

 

369:名無しの>1天推し

めちゃくちゃもめるやつ~~~~~~~~~~~~~~

それができるの羨ましすぎる……

 

370:名無しの>1天推し

確かに、よくできたな

 

371:新二年主席天才

法律の立案から王様がメインになって、それを押し通したからね。

まだ国の時代が浅いから上手く行ってる……なんて指摘は無粋か。

 

何はともあれ、ティシウス氏は教育庁……この時代レベルで教育庁というのもおかしな話だけど、

現代アースゼロでいう文部科学省みたいなところの責任者で、学園の理事とでもいうべき立ち位置だったんだ。

 

372:名無しの>1天推し

ほうほう

 

373:自動人形職人

あっ……まさか……

 

374:名無しの>1天推し

お偉いさんじゃん

 

375:新二年主席天才

偉かった……んだけども。

 

まぁ前学園長が魔族だったわけで

 

376:名無しの>1天推し

oh

 

377:名無しの>1天推し

あちゃー

 

378:名無しの>1天推し

責任、問題……!

 

379:新二年主席天才

実際の所、学園は各国が共同で設立したもので世界中が騙されてたから

そこまで問題が追及されたわけではないんだけどね。

これに関しては左程問題はなかったらしいんだけど。

 

 

それはそれとして当時の部下の横領と書類改竄がバレて責任取って辞任することになった

 

380:名無しの>1天推し

えぇ……

 

381:名無しの>1天推し

わろた

 

382:自動人形職人

草も生えない

 

383:名無しの>1天推し

そんなことある??

 

384:新二年主席天才

でまぁストレスでハゲるわ太るわで仕事もなくなったけど王族には変わりないし、問題を本人がおこしたわけでもないから、空いた学園長のポストに一先ず次の適任者が決まるまでの補欠として就任して、各国の王族やら集まるせいで心労でさらにハゲて太った上に、経歴が経歴だから自己肯定感が消滅して今に至る

 

385:everyone

学園長――!!







「ははは……ねぇ? 私が言うまでもないよね……私なんか……ははは」


 眉をハの字で笑うティシウスに対して、アルマは小さく顎を上げた。

 明らかに頼りない男ではあるが、彼女の彼に対する評価は高い。

 時代背景にそぐわない教育庁の大臣という立場。

 なにかと王国の政治は近代的であり、政府が現代のお役所仕事のような印象を受けるがそれはあくまで王都を始めて一部の大都市の話だ。


 そしてこの時代、この世界における教育庁の仕事は各地の『教育ギルド』の統括である。

 近代における義務教育、或いはアクシア魔法学園の高等教育のような多岐に渡る指導は現実的に難しい。

 各地に基礎的な魔法、読み書きや大まかな法律を教えた上で、その土地や街に適した職業の為の専門的な知識を教えることになる。

 森にある村や町なら林業、猟業。

 鉱山があるなら採掘業、冶金業。

 ある程度大きな街になれば商業や運送業。

 あくまでも一例だが、必要なところに必要なものというのは変わらない。

 それらがそれぞれの街同士でノウハウや人材を共有するのだが『組合ギルド』なのだ。

 こういった先鋭性は現在王都で推進されている教育方針とは別であり、


「…………」


 並んだ御影、フォンにはいないトリウィアの魔法体系の普遍化が普及すればある程度埋まるであろう格差でもある。

 だが現状それは未来の話であり、そういった違いは為政者側からすればややこしいに尽きる。

 もっと言えばそういった生徒たちは人材という宝であり、山賊や盗賊のような輩に誘拐や攻撃されることもあるので、専門の護衛や傭兵、冒険者を手配する必要もある。

 教育、というのは現代日本から転生した転生者にとっては当たり前の概念であるが、多くの世界では当たり前でないことが多い。

 そしてそういったことの一切を仕切っていたのがこのティシウス・アクシオスという男なのだ。 

 なのだが、


「いえ。学園長、彼の話を聞くのが仕事でしょう。なんですか? そのハゲは若者の言葉を跳ね返す為に光っているわけではないでしょう?」


「痛い! 痛いよ、お腹つねらないで!」


 副官に出張ったお腹をつねられて悲鳴を上げていた。

 彼の背後に控えるタイトスカートとスーツ姿の女。

 鋭利な雰囲気とウェーブのかかった髪をシニョンでまとめた如何にも仕事ができそうな美女。

 ドロテア・エルクスレーベン。

 アクシア魔法学園における学園長補佐であり、帝国出身の医者でもある。

 まだ三十代を少し超えた身でありながら、帝国医学会で多大な成果を生み、学園でも医療に関する教鞭を取っている才女だ。

 

「何を言っているのですか学園長。私のつねりなど、帝国ではお金を払ってでも求める人がいるのですよ?」


「知らないよ! いたっ、いたたた!」


 その才女は真顔でそんなことを言っていた。

 

「知っているかアルマ殿。エルクスレーベン女子はトリウィアの憧れらしい」


「あぁ……?」


「それにしても本当にいい声で泣きますね学園長。なんならお金払うので鳴かして良いですか?」


「なにそれ! 怖い! 怖いよ!」


「…………なるほど」

 

 横からの耳打ちに思わず遠い目で納得する。

 真顔で変なことを言いつつ学園長をつねっている姿を見れば、思い当たるところしかなかった。

 しかし、部下につねられて泣きべそかいている学園長はあまりにも哀れだ。

 ストレスと仕事の多さであぁなったと思うと、


「明日は我が身か……」


「え? もしかしてウィルさんもあぁやって痛いことされた方がいいの? 私はちょっとそういうのなぁ」


「ふっ……私はどっちも行ける!」


「相変わらずの色ボケだね……」


「ちなみにその御影に憧れの先生とかいるの?」


「フラワークイーン女史だな。学ぶことが多い」


「はいはい、確かに御影からの尊敬度が一番高そう」


「フォンはどうだ?」


「あー……ドニー先生かな。≪龍の都≫から真面目に拳法練習してるけど、全然勝てる気しない」


「なるほど。確かに達人だ」


 アルマの脳裏にムキムキマッチョのおかまエルフの無駄なセクシーポーズとフェレットの獣人のカンフーポーズが過る。

 前者は文科系科目の責任者であり、後者は徒手空拳による白兵戦・護身術の専門教師。

 二人ともそれぞれの方向性が分かりやすい。

 

「アルマ殿はどうだ?」


「ん」


 問いに小さく顎を上げ、腕を組む。


「憧れなんてそれこそ1000年前に忘れた……いや」


「?」


 掠れた記憶を思い返し、しかし苦笑した。

 両脇で御影とフォンが小首をかしげる姿に笑みが濃くなる。

 或いは、今はいないトリウィアの姿を思い出す。

 憧れと言うのなら。

 2年前、『彼』を抱きしめたいと思った時、近くにいる彼女たちに憧れていたのだろう。

 

「……さてね」


「あ、誤魔化したぞフォン」


「ね、誤魔化したよ御影」


「はいはい、そういうことにしておいてくれ。さてと……」


 あまりおしゃべりしている場合でもない。

 斜め前のウィルを見る。

 未だに続いているティシウスとドロテアのやり取りを困ったように見ている。

 だから、


「こほん」


 小さく咳払い。

 

「――」


 そして、ウィルの背筋が伸びた。

 真っすぐに。

 黒い瞳で見据える。


「学園長先生」


「あ、うん。なにかな?」


「信頼していただけるのは嬉しいですが、それでも聞いて頂けると嬉しいです。僕はまだ、多くの人の力を借りないといけません。だから―――学園長も、お力を貸していただけますか?」


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