アレス・オリンフォス――boy dream girl―― その2




 所変わって。

 といっても街路樹の間の道路から、少し外れただけだが。

 そこに楽器を持った数人の生徒が集まっている。

 

「あれ、アレスじゃん。お前もやるのか?」


「ありゃ。おはよう、オリンフォス君」


「…………お二人まで」


 その中にはクラスメイトまでいた。

 背の低い金髪碧眼と薄い褐色の少年と茶の髪をカールにした少女。

 100センチ程度しかない獣頭系のアライグマの獣人や2メートルを超える大型の鬼種と一緒に楽器を手にしている。

 彼らは普通に制服だ。


「なんでまた」


「おいおい、俺はエスパレア出身だぜ? みんな音楽大好き」


「私はほら、音楽系だから。フロネシス先輩に誘われたんだ」


「アイネさんは楽器部のエースですので私から誘ったんですよ」


 茶髪のクラスメイト、アイネが小さく手を振った。

 確かに彼女は音楽で推薦を貰っている。

 

「エスカ君は……まぁおまけですが」


「先輩!?」


「案外上手だったので良いんですけどね。……では」


 トリウィアがメンバーを見回せば、彼ら彼女はすぐに察しそれぞれの楽器を構えた。

 エスカはドラム、アイネはギター、鬼種はギターよりも弦の数が一本多いベースを。アライグマの獣人は小さなピアノ――キーボード――を。

 ロックという音楽ジャンルは初代国王が生み出したとされるが、このバンドが正しいのかアレスには良く分からなかった。

 

「1、2、3―――」


 エスカがドラムを鳴らし、

 

《i》《font:328》『――――随分疲れた日々だった』《/font》《/i》


 トリウィアのボーカルと共に音楽が生み出される。

 高く澄んだ、良い声だ。

 楽器の演奏も、ちょっと聞いただけでかなりの腕前と言うことが分かる。

 昔ながらのオーケストラによる音楽はある程度嗜んでいるので、それくらいはアレスにも分った。

 隣のマキナも妙に楽しそうに耳を傾けている。

 

『雪、雨、ついでに熱い砂嵐とかもあったけ』


 ゆったりとしたメロディに、少し速いテンポの歌詞は続き、

 

『ちょっと思い出してみてみよう。

 転んだり、傷ついたり、ついでに泣いたことがあったけ。

 話せない時、嘘をついた時、誤解し合った時も。

 ちょっと思い出しても、全く大した日々だった――――』


 そこで一度音楽が止まり、


「…………………………?」

 

 再開しなかった。

 

「……?」


 マキナと一緒に怪訝な顔で見合わせ、トリウィアたちを見る。

 タンクトップ姿の才女は無表情で肩を竦めた。


「ここまでしかできてないんですよね」


「えぇ……」


「そんなことあるか? しかもなんかやたら暗い歌詞だったし……」


「ここから一気に明るくなるんですよ。きっと」


 いい加減に彼女が肩を竦めた瞬間だった。


「うるせー! 朝から何聞かせるんだー!」


 アレスたちから見て左。

 つまりは寮の窓が開いた大声が上がった。

 それは一度だけではなく、


「なんかいい感じの音楽聞えたと思ったらめっちゃ暗いじゃん!」


「こんなの聞かされて始まる一日のことも考えろよ!」


「今日成績発表でナーバスなんだけどぉ!」


「ロックはナッシングですわー!」


 あっちこっちの窓から抗議の声が上がっていた。

 無理もないなと、アレスは思う。

 正論は彼らの方だ。

 深く頷いていたが、しかしこのバンドメンバーは違ったらしい。

 次の動きに、またもやアレスは呻くことになる。


「―――失礼な連中ですね」


 アライグマの獣人がキーボードを蹴り上げて担いだら、横側に銃口が開いて光を灯した。

 鬼種がベースのネックを持ったらボディ部分が光の刃になった。

 エスカがドラムを鳴らしたら、各ドラムとタムのヘッドが寮を向き魔法陣が展開された。

 アイネが、えいっとギターを突き出したら半透明の盾がバンドメンバーを覆った。

 トリウィアがギターのボディを右肩に担いだら、ネック部分に円環魔法陣が何条にも広がった。

 何故かしゃがんで左足を綺麗に伸ばした構えだ。 

 無駄に洗練されている。

 やっぱりサングラスなんか光ってないだろうか。


「………………えぇ?」


「ふっ、言っただろう? 細工したと」


「いやまぁフロネシス先輩は好きそうだけどさぁ」


 ぼやいていたが、効果は劇的だった。


「毎朝お願いします!」


「曲の完成を待ち望みます!」


「演奏会を心待ちにしてます!」


「ロック最高ですわー!」


 逆再生の様に扉が閉まっていった。


「ふっ……ロックの勝利ですね」


「違うと思いますが……」


 いつにも増してやりたい放題が過ぎる。

 最初は生徒会面子で一番まともじゃないかと思っていたが、実は逆ということをアレスはもう知っている。

 個人的に、一番話が通じるのは御影かアルマだ。

 ウィルは――――ウィルである。


「……いや、というか。ストレイト先輩や、それこそスぺイシアさんはいないんですか?」


「いたら困る。俺が来たとしったらアルマはめっちゃキレるぞ」


「どうなんでしょう、フロネシス先輩」


 無視をした。


「あぁ、それなら」


 彼女は小さく頷き、校舎の方を見て、


「今頃、入学試験の最終プレゼンでしょう。学園長始め、教師陣に向けて。新生徒会長が指揮をとりますから」


 それはつまり、


「ある意味――――生徒会長としてのウィル君の初仕事ですね」







「おや、落としましたよ」


 マキナやバンドたちが撤収しようとし、アレスもまたいい加減校舎に向かおうとした時だった。

 アイネの懐から何かが落ちたのが見えた。

 ペンだ。

 それも装飾が施された一見して高価そうなものだ。

 アイネも王国では名家出身なので別に驚くことでもないし、楽器の片づけをしていたのならポケットから零れるても仕方ない。


「わっ……!」


 なのに、彼女は妙に慌てていた。

 

「……? どうぞ」


 手渡す。

 高価なのは間違いないし、大切なものだったかもしれない。

 ペンの頭にある――――幾層にも重なった真円の水晶体は明らかに高度な細工だ。

 水晶に、アレスの顔が反射している。


「あ、ありがとうオリンフォス君! それは……その、お姉ちゃんから貰った大事なものなんだ!」


 彼女は妙に焦りながら、毛先がカールした茶の髪を弄り、そのペンを受け取った。

 奇妙な様子に、アレスは肩を竦めた。

 

「いいえ。お気になさらず、クラスメイトなんですからね―――

 

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る