アンサー・ミー その1


「殿下ぁ? ……あ、どういうことだ?」


「私のことですよ。アルテミス様、ですね。私はヴィーテフロア・アクシオス。アクシオス王国王女であり、お母様よりアフロディーテの名を頂いています」


「…………まじか」


 名乗りにあんぐりと口を開けて驚くアルテミスだったが、ヘスティアも同じ気持ちだった。

 ≪ディー・コンセンテス≫に召集されるまで、ヘスティアは皇国にて薬師として生計を立てていた。故に他国の事情には詳しくないが、それでもアクシオスの名を持つ少女の存在は知っている。

 

「≪七主教≫の、聖女……?」


「えぇ、そう呼ばれることも。貴女は……ヘスティア様ですね。よろしくお願いいたします」


「ヒッ……」


 引きつるような笑みは面白かったからでも皮肉でもなく、気圧されたからだ。

 ただ、にこりと微笑まれただけだ。

 なのに、その深い海のような瞳と蕩けるような笑顔に引き込まれそうになる。気を抜いてしまったら、ぽかんと口を開けてずっと彼女を眺めていそうな。

 囁き声のようでありながら、しっかりと耳に届く声も。


 ――――魔性。

 

 楚々とした小柄な少女に対し、そんな言葉が過り、


「なんと! よもや王国の王女まで我が同胞とはな!」


「……ヒヒッ」


 響いた大きな声に我に返る。

 デメテルだ。

 エプロン姿の大男はリビングに呵呵大笑の声を上げている。


「……」


 隣でアルテミスがまじか、という顔をしていたがヘスティアも同感だった。

 何とも思わないのだろうかこの男は。


「デメテルだ、よろしく頼むぞアフロディーテ! それにそっちの騎士とやらは……」


「私の近衛です。パラス、挨拶を」


「はっ、殿下」


 促された騎士は背筋を伸ばし、右拳を心臓に当て、肘を立てた敬礼で応え、


「パラス・パラディウム、殿下の近衛騎士だ。ヘラ殿よりアテナの名を頂いている」


 短く鋭く、3人へと告げる。


「近衛騎士……それ、は」


 名乗りにふと、思い当たることがあった。

 かなり前にヘラが口にしていたことが記憶がある。


「近衛でもなんでもいいけどよ」


 だが先にアルテミスは口火を切った。

 腕を組み、唇を尖らせた彼女の視線はパラスへと向けられている。


「兜、取れよ。挨拶ってのにそれは失礼ってもんじゃねーの?」


「は? 貴様私に指図するつもりか?」


「あぁ? んだてめぇ喧嘩売ってんのかぁ?」


「パラス、兜を外しなさい」


「かしこまりました殿下!」


「………………」


「ヒヒッ」


 絶句するアルテミスに思わず笑ってしまう。

 

「…………ヘスティア」


「なん、だ?」


「うちら、変な奴しか入れないとかあるのか?」


「ヒヒッ……ブーメラン、か?」


「いやオレもこのアホには負けるだろ……」


「わははは! 強い絆で結ばれた二人のようだな! 頼もしい!」


 言っている間に、言われた通りにあっけなくパリスは兜を外した。

 まず零れたのは茶色の髪。

 デメテルと似た色合いだが、彼よりも明るい。

 兜に収めるためだろうかシニョンにされ、もみあげから伸びる毛先は緩いカールを帯びている。

 甲冑姿や声からは意外だったが、思いのほか少女らしい。

 顔立ちも鋭さはありつつも整っており、それだけなら貴族の子女にも見える。

 だが、何より目を引いたのは傷だ。

 顔の右側、額から頬にかけて目を通る傷跡がある。

 髪より濃い焦げ茶色の左目と同じ色のはずの瞳はその傷により伏せられていた。


「…………なんだ? 私の顔に何かついているか?」


「まぁ、口と鼻と目と傷がついてるわな」


「当然だろう。それがついていない人間はいるか?」


「そういう、疾患もある」


「そういうことじゃねぇと思うけどよ……」


「くすくす」


 ヴィーテフロアが口元に手を当てて笑う。


「どうやら、仲良くなれそうですね」







「パイ? 殿下、お気を付けください! まずは私が毒味を致します………………うっま! 超美味いですよ殿下! 早くお食べください!」


「マジでなんだよこいつ自由か?」


 一悶着ありつつ、新顔の二人も含めて5人がテーブルに着く。

 それぞれの前にはデメテルが作ったチェリーパイがあり、ヴィーテフロアとパラスには紅茶が。

 忠誠の騎士と言っていたので王女の背後に控えると思ったが、パラスは普通に座っていた。


「近衛、と言えば思い出した、ことがある」


 チェリーパイを切り分けながら口を開いたのはヘスティアだ。


「確か何か月か、前。魔族信仰、の残党が王女を襲った、という話があった。近衛が、それを王城に伝えた、と」


「うむ。それは私だ。人生最速の猛烈ダッシュだったな。全く……殿下に言われていなければ撫で斬りにしていたものを……」


「はて。魔族信仰というのなら我等の味方ではないのか?」


「そ、こ」


「あぁ、それですね」


 紅茶を口にしたヴィーテフロアは少しその味を感じ、


「あれは我々≪ディー・コンセンテス≫……つまりはお母様の意思によるものではありませんでした。つまりは、本当に魔族信仰派たちの残党が独断で行ったものです」


「はあ? そんなことあんのかよ」


「えぇ、残念ながら。お母様もお冠でした。結果的に痕跡を消したはずの魔族信仰派が生きているということが各国に知れ渡りましたしね」


 ただ、それはそれとして、


「その時点ではお母様も私も、ことを大きくできませんでした。私の真実を知っているのはパラスだけですしね。なのでパラスを城に行かせ、応援を呼んだというわけです」


「なる、ほど」


「ふぅん」


 ビール瓶を傾けながら、アルテミスは頷いた。

 彼女は椅子の上で膝を立て、


「それで? アンタらが来た理由は? 態々お茶しに来たわけじゃないんだろ?」


「えぇ。を伝えに来ました」


 空気に、緊張が走った。

 それが何を意味するかをこの場にいる全員が理解しているし、その日のために何もかもは準備されてきたのだから。

 ヴィーテフロアが懐から掌サイズの小さな円盤を取り出した。

 縁を金細工で装飾されたブローチにも見える。

 机の上に置き、中心に触れると、


「こんなのまで持ってんのか。ヘファイストスか?」


「お母様から譲り受けたものですけどね。おそらくそうでしょう」


 テーブルに半透明の板が浮かび上がる。

 空間投影されたホログラムだ。

 

「見た目はブローチですけど、私かパラスの指紋認証でしか起動せず、脳波送信によって情報を自動整理処理してくれています。王城で得た知識を集約するためには随分助かりました。後程そちらの端末にもアップロードしましょう」


 すらすらとこの世界の文化水準にはないことをヴィーテフフロアは口にする。

 単語をただ述べているのではなく、その意味を確りと理解した上での発言だった。


「……ヘスティア、デメテル。ほら……なんだ、未来アイテム、使いこなせてるか?」


「ヒヒッ……自分のメスと魔法と、薬が、一番」


「調理器具は使っているぞ! あと声かけたら会話してくれる箱も! 音楽かけてくれるしな! 知らん言語だが!」


 この家や≪ディー・コンセンテス≫のアジトには、本来この時代、この世界には存在しないはずの文明・科学レベルの物が多く置いてある。

 ヘファイストスが異能を任せにあれやこれややたら作りまくったのだが、それでもアルテミスたちからすれば奇妙であり、いまいち使い慣れない。

 だがヴィーテフロアはそうではないようで、ホログラムのウィンドウを細い人差し指で操作していく。

 表示されたのは王城と数人の顔写真だ。

 

「二月の十日からアクシオス魔法学園の入学試験が行われます。合わせて各国の王らが王都に集まりそれを見学し、国同士の友好を深めようということになっています」


 アクシオス王国の国王ユリウス・アクシオス。

 ヴィンダー帝国の皇帝レインハルト・ヴィンダー。

 トリシラ聖国の導師アリ・ハリト。

 天津皇国の皇王天津院玄武。

 亜人連合の盟主リウ。

 ロムレス共和国の首相ルキア・オクタヴィアス。

 現在この大陸、世界における頂点たちが集まるのだ。

 もとよりアクシア魔法学園は各国の将来有望な子供たちが集まっているため、卒業生などは既に各国の様々な分野で名を上げている。

 視察のためという名分だが、


「それは表向き。実際はヘファイストス様の扱いや既に存在が知られてしまった≪ディー・コンセンテス≫に対する会議になります」


 振った指に従い画面が変わる。

 王城内の会議室だ。


「……≪龍の都≫は言うまでもないし、オレらの≪皇国≫でのことも当然バレてるだろうしなぁ」


「帝国や、俺が行った聖国のは発覚しにくいだろう! だが気にするなアルテミス、別にこれはお前たちのせいではないぞ!」


「別に気にしてねぇよ。それじゃ、二月十日が俺らの運命の日ってわけか?」


「えぇ。或いはその次の日でしょう。試験が十日で、会議自体は次の日に行われる予定のようですから」


「なるほどねぇ」


 アルテミスは壁に掛けられたカレンダーを見る。

 今は一月十五日。

 約一月後ということになる。

 ウィンドウを見れば、丁寧に『2/10or11』と表示されていた。


「ひひっ……あと一月、なら≪神性変生メタモルフォーゼス≫を、さらに改善、できる」


「或いは修業もせねばならんな! 各国の主要人物が集まるということは、それだけ俺たちの敵も多い! ヘファイストスも助けてやらんと!」


「あいつはなんかポンコツだけど悪運は強いから平気そうだけどなぁ。オレもあの鳥やらにリベンジしてぇけど」


 アルテミスは鳩尾あたりの疼きをビールで流し込む。

 喉を焼くアルコールと炭酸の感触で気分を変え、


「にしても、アンタも大したもんだなぁ」


「はい?」


「だって、自分の国滅ぼそうとしてるんぜ?」


「――――くすっ」


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