ヴィランズ その1
ロムレス共和国首都セプテム・モンテスは七つの丘に囲まれた都市だ。
それぞれの丘に小さな街があり、その中央に存在している。
そしてセプテム・モンテスは正方形が積み重なったような街でもある。
最下層が最も大きく、最上層が小さい四角が少しづつ螺旋を描きながら空へ伸びている。
階層もやはり七つ。
構造もそうであるが、街並みも奇妙であった。
第一から第四階層の建造物の全てが白亜であり、同じようなデザインと規格が等間隔に立ち並んでいる。ほとんどが二階建ての民家らしきもの。
街行く人も皆同じような白い貫頭衣を纏っている。
対照的に五階層以上は高い塀に囲まれ、他階層からは内部が見えないようになっていた。
まるで、そこを境に住む人を分けているかのようだ。
その五階層にある建物の一つ。
三階建ての家屋から、塀に囲まれた街を眺めて息を漏らす女とそれを聞く男がいた。
「なんつーか……何度見ても悪趣味だよなぁ兄貴」
「妹よ。ことある度にそう言っているな」
先日、≪龍の都≫を襲撃した二人組、アポロンとアルテミスだ。
●
「だってよぉ、ちょー暇だぜ。体痛くて動かねぇし」
「仕方なかろう。我らは怪我人故にな」
窓の外を眺めながらふてくされているアルテミスも上体を起こしながら本を読んでいるアポロンも、清潔なベッドに並んでいた。
広い部屋には木製の寝台だけではなく、薬品や医療器具が収められた棚があり、見るからに医務室といった風合いだ。
二人の額や頬、四肢、細身のアポロンの体にも、薄いアルテミスの胸にも包帯が巻かれている。
「ま、国自体は悪くないと思うけどよ」
普段ツインテールになっている水色の髪は下ろされ、それをいじりながら彼女はぼやく。
「飯も住むところも服だってくれるんだろ? 良い仕組みじゃねぇの。いや、オレらがこの国に来たつーか、合流したのは最近だけどよ」
「配給制も一長一短ではあるが……そうだな、我らのような生まれであればそうであろう」
パタンと、アポロンが読んでいた本を閉じ、視線を窓の外に向ける。
そこにあるのは四階層以下の規則的な街並みとは全く違う光景だった。
不規則に、それぞれの国、時代様式毎の豪邸が塀の中に並んでいる。
帝国風の豪奢な石造りのオペラ座のような家もあれば、それよりは装飾が控えめな王国風もあり、さらには玉ねぎ型の屋根を有する聖国風の小さな宮殿もある。
窓の外から見えるだけでもそんな混沌であり、それは五階層と六階層の貴族居住区全体がそうなっている。
「あれだろ? この国もパパが作ったようなもんなんだっけ」
「然り。20年前の大戦時、各国が足並みを揃えて戦ったが、当然恐れをなして逃げ出した者もいる。つまりはそれぞれの国の貴族ではあるが。主に旧王国領の王族や貴族、さらには帝国や聖国のものだな」
窓から見える統一性のない屋敷はその故に。
戦うのではなく逃げることを選び、地位故にそれを可能とした特権階級。
「当時彼は魔族の侵攻が少なかった旧ロムレス国に集結し、独自のコミュニティを作り出した。そして王国の誕生に便乗する形でこの小さな丘を領土とした≪ロムレス共和国≫が生まれたというわけだ。小国ではあるが、成り立ち故に各国との潜在的な繋がりも深い。王制ではなく共和制を敷くことで独特の立ち位置を確保しているのである」
「へぇ。詳しいじゃん」
「うむ――――今読んだ本に書いてあった」
掲げた本の題名は『鳥人族でも分かる共和国の歴史』。
「今読んでんかよ!」
「仕方なかろう、母上に呼ばれこの国に来たのが先月。その間も皇国が長く、先日の≪龍の都≫だ。療養中でやっとこういうのが読めるわけだな」
「……まぁそれはそうだけどよ」
だとしても、先日の戦いもあってタイトルがちょっと嫌だ。
嘆息しつつ、ベッドに勢いよく倒れ込む。
その衝撃で体が軋むのを感じつつ、気だるげに天井を見上げた。
元々、≪ディー・コンセンテス≫は世界各地に散らばったゴーティア/ゼウィス・オリンフォスの養子だ。
それがここ一年かけて独自行動と集合をバラバラに行っていた。
アルテミスとアポロンの場合は帝国や王国で冒険者――つまりは何でも屋――をしていたが先月ヘラの招集され、本格的に合流した。
12人で構成されていたはずの≪ディー・コンセンテス≫だが、ヘルメスは死に、ヘファイストスは捕まり、首魁であるゴーティアも1年前に斃された。
9人の内、ヘファイストスあたりは顔を合わせていたが大半は先月知り合ったばかりでもある。
もっと言えば、まだ顔を合わせていない面子だっていた。
「……で、裏向きは?」
「集まった貴族たちは父上の息がかかった者たちだった」
ことも何気に本を枕元に置きながらアポロンは言う。
「と言っても、明確に魔族として正体を明かしたわけではなく大戦の英雄として共和国の建国を誘導したと言った所か。父上が死んで今我らは活動しているが、本来ならばもう数年先に事を起こすつもりだったと言うし、その時の隠れ蓑として使うつもりだったのであろう」
「ふぅん。パパは色々準備してたわけだ」
「それほどまでに≪
「はいはい。なんか≪ル・ト≫も消されたらしいし、意味わかんねーよな。どうやったんだ?」
「知らん。母上も極北に置き去りにしてそれだけだったらしい。下手に隠れて見つかったら終わりだったからな」
「はーん。嫌になるぜ」
吐き捨て、沁み一つ天井を数秒眺めてから起き上がる。
「つまんねーわ、暇すぎ」
「貴様……兄による有り難い歴史のお話をなんだと……!」
「つまんねーわ」
「妹が……グレた……!」
「いや出会った時からグレてんだろオレぁ」
兄の勤勉さには感心したが興味は薄い。
趣味が悪い国だが配給制な分トントン。その日の食べるものを心配しなくていいなら御の字だろう。
それがアルテミスの感想だ。
この国に生きるのなら、血反吐を吐きながらカビの生えたパンを手に入れることも、それを誰にも奪われないように抱える必要もない。
「散歩でもすっかねぇ」
貴族たちがそれぞれの生まれの地を再現した街並みは悪趣味ではあるが散歩としてはちょうどいい。体は痛むが、それでも問題ないだろうと判断。
窓の外を眺めながらベッドの脇へ両足を下ろし、
「――――ヒ、ヒヒ。患者の自己判断、による、外出は、禁止」
飛来したメスが耳元を掠めた。
●
「うおおおおおお!? びっくりした!」
窓枠に突き刺さったメスに驚き、掠った感触のある右耳を抑えながら振り返る。
医務室の入り口に、少女が立っていた。
十歳前後の幼い容姿。
切り揃えられてた濃い紫のおかっぱ、その前髪は数筋がピンク色に染まってる。
気だるげそうな、生気を感じさせない瞳はその前髪と同じピンク。年齢に変わらず配給された子供用の白の衣服の上から医療用の白衣を羽織っているが、サイズが合っていないのか手は袖の中に隠れているし、裾も引きずっている。
陰気な子どもが医者の真似をしたような装いだが、
「ヘスティアァ!? てめぇ患者にメス投げるとかそれが医者のすることか!?」
「ヒッ。医者の言うことを、聞かない患者に、人権など、ない」
「医者つーか暴君だろ……!」
引きつる様な笑いにたどたどしく、子供らしい高い声で物騒なことを言う。
ヘスティア・ベスタ。
神話において炉を司る女神の名を持つ彼女もまた≪ディー・コンセンテス≫の1人であり、この医務室の主であり、即ち医者でもある少女だ。
≪龍の都≫での戦いで敗北したアポロンとアルテミスを回収したのはヘラだが、その後に二人を治療したのはヘスティアである。
どう見ても幼女ではあるが、それはそれとして腕は確かだ。
彼女の物言いにアルテミスは軽く引き、
「おぉ我が女神……!」
アポロンは目を輝かせた。
「今日も私の体を見てくれるのか、いやはや愛しい人に世話を掛けるのは心苦しいがしかして心が躍るものがあるな……!」
「…………糞兄貴さぁ」
「なんだ、妹よ」
「まだそれ言ってんの?」
「何を言う、我が愛は日輪のように燃え上がっているとも」
「………………」
アルテミスは何としても部屋から出たくなった。
長い付き合いの義理の兄はちょっと気障で口うるさいがそれでも兄だ。
なのに、
「まさか真正のロリコンだったとはな……」
「否! 我が女神は体が幼いだけだ! 感じないのか、その小さな体から溢れん慈愛の心を……!」
「キッショ」
この兄は先月ヘスティアと顔を合わせた直後に跪いて告白をしたのである。
かなりキモイ。
ここ数日の治療中もそんな感じだったのだが、妹としては現実を受け入れたくなかった。
「おい医者先生よ、治せねぇのかよアホ兄貴の性癖は」
「ヒヒ……ッ……私のような、童女に興奮し、告白するのは、完全に病気。だけど、性癖は治療不可……看取ることしか、できない」
「終末医療かー」
「おぉ、我が愛に燃え尽きるなら本望……!」
「………………」
体調が戻ってきたせいかキモさが増していた。
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