デミ・ハンティング その2


 御影は自らの魔力を解放した。

 ごうっ、と熱が生まれる。

 身体強化魔法に伴う発熱だ。

 鬼種の身体強化は熱を生む。

 体内にあるエネルギーを瞬間的に燃焼させることで肉体機能を活発化させるものだ。

 それは別の場所でトリウィアとデスレースを繰り広げているアポロンの炎とも、シュークェの翼の火とも違う。

 現象としての炎は生み出さず、しかし高熱があった。

 灼熱を宿した彼女は無理やりに周囲の糸を掴み、想いきり引き寄せた。

 

「奮ッ……!」


「うおっ!?」


「ぬっ……!」


 大元のアルテミスが姿勢を崩す。 

 だが無理に動いた故に、糸は御影とシュークェの体に食い込み切り裂いた。

 全身から血が飛沫を上げる。


「てめぇ……!」

 

 体勢を崩しながらもアルテミスは五指を動かした。

 それだけの動きで張り巡らされた糸は致命の動きをする。

 糸が絞まることで肉を裂き、宿された亜人殺しの術式が彼女を蝕む。

 並みの亜人であれば、既に死んでいるはずだった。

 だが、


「舐めるなよ……!」


 天津院御影は嗤った。

 全身から血を流し、衣類が引き裂かれ褐色の肌を濡らそうが構わない。

 流れ出す血が蒸発し、陽炎と共に立ち昇る。

 肉が裂け、骨が軋み、


「こういう拘束は一度やられててな……!」


 もう一度、極細の糸をまとめて引き寄せた。

 龍人族を除けば最も膂力に優れる鬼種。

 混血とはいえ原種を上回る強度を持ち、その魔力全てを身体強化に回した。


「うおっ……!?」


 その結果が、勢いよく引き寄せられるアルテミスだった。

 兎鎧の少女の体が浮く。

 後は、簡単だった。


「狩人が兎の恰好をするものじゃない」


 灼熱を纏う拳を、アルテミスへとぶち込んだ。







「――――!」


 御影は、自身の拳を見た。


「褒めてやるぜ。半分は人間にしても、大したもんだ」


 兎鎧の女、その顔面に打ち込んだはずだった。 

 その拳が受け止められている。

 彼女の手ではない。

 髪だ。

 ツインテールになった水色の髪が蠢き、網となって拳を受け止めていた。


「これは――」


「残念だったな、オレの武器は糸じゃなくて髪なんだぜ?」


「っ……!?」


 髪糸が軽い動きで御影の腹に触れ、何かを貼りつけた。

 

「アンタにゃ特別だ。半分人間で半分畜生なんだろ? ちょっと前に手に入れたばかりのとっておきだ―――有り難くとっておきな」


 それは符だった。

 皇国における魔法具であり、魔法の発動を補助するものだ。

 単発の攻撃魔法であったり、強化や回復であったり、専用の紙とインクに目的の為の術式を書き込むだけなので汎用性は高い。

 基本的に力任せな傾向にある鬼種の戦いを補助するもの。

 或いはと、御影の脳裏に過る。

 符術のメジャーな使用法。


 ―――


「解」


 その何かが、御影の腹で弾けた。


「―――――――!?」


 それは渦巻く衝撃であり、そして呪いだった。

 怨念。

 情念。

 想念。

 何であるか、その時の御影には理解できなかった。

 ただ事実して強烈な衝撃が御影の腹部で炸裂し、吹き飛ばす。

 轟音。

 十数メートル離れた大木に激突する。


「天津院御影ッ――ぐっ!」


「お前は後だ」


 シュークェの動きは既にアルテミスに止められた。

 折れた大木にめり込んだ彼女は動かなかった。

 

「思ったよか時間取っちまったからなぁ。さっさとメインディッシュに行きてーんだよ」


 ギザギザの歯をむき出しに笑いながらアルテミスは指を鳴らした。

 途端彼女の髪が捻じれ寄り合い、鋭い槍を生む。

 高速回転するそれはまるでドリルのようだった。

 動けなくなった彼女の腹を突き抜けるには十分。


「どうせ呪われの傷物だ。行き場所なんてねーだろ?」


 酷薄な笑みと共に軽く指が振るわれ、致命の髪槍は放たれた。







「…………あぁ?」


 髪槍は確かに放たれた。

 大気をぶち抜きながら鬼の姫へ。

 ≪神性変生メタモルフォーゼス≫によって増えた髪糸は膨大かつ極めて細く自由自在だ。

 まとめて武器や盾を形成し攻防することも、体を持ちあげて高速移動することもできる。

 その槍はしかし、天津院御影を殺すことなく木の根と大地を穿つに戸惑った。


「――――嫌な人ですね」


 声は背後から。

 振り返れば、御影を横抱きに抱える背中があった。

 黄緑の紋様で編まれた翼を背負う少年だった。

 鳥人族のような黒い袖無しと臍出しの戦闘着。

 首元には風に吹かれて棚引く濃い黄色のマフラー、露出した腕や腹筋にはそれぞれに流線形の刺青がある。

 アルテミスは知っている。

 父であるゴーティアを倒した二人の内1人。

 ウィル・ストレイト。

 彼は御影を宝物のように大事に抱え、その黒と若草色の瞳でアルテミスを睨みつけた。

 普段らしからず、その真っすぐな視線に怒りを込めて。


「呪われようと、傷つこうと―――誰よりも美しいこの人は僕と共にある」


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る