デミ・ハンティング その1


 ≪龍の都≫における異常は御影にも届いていた。

 彼女とフォンがいた一枚岩は龍人族の里を一望できる場所にあり、エウリディーチェからの念話もあった。

 そしてそれ故に、アルテミスが自分たちのいるところに真っすぐ向かっていると知ることができた。

 その時点で御影の判断は一瞬で完了した。

 即ち、フォンをその場において自分が迎撃することだ。

 戦闘能力が飛翔に基づく彼女は、今まともに戦えない。

 だったら自分が戦い、アルテミスを食い止めなければならない。

 御影自身にしても愛斧である≪伊吹≫を置いて来たが、それでも戦いようはある。

 実際、アルテミスと彼女を追いかけたシュークェが何やら口論してたのでとりあえず周りに生えていた木を引っこ抜くことで武器とした。

 三メートルほどの高さと、五十センチほどの太さの針葉樹らしきものだ。

 投げつけるにはちょうど良く、いい感じにアルテミスに激突した。

 続けて良い感じにシュークェからの賞賛を受けて、


Omnes Deusオムニス・デウス Romam ducuntロマ・ドゥクト!!』


「ッ――気を付けろシュークェ!」


 その叫びを聴いた。

 空気が張り詰め、魔力に似た何かが溢れ出す。


『かき鳴らせ―――――≪凶禍錘月ディアナ・ストリングス≫ッッ!!』

 

 甲高く、澄んだ音を御影は聞いた。

 そして二つのものを見る。

 まずは大地に突き刺さった投木が一瞬でコマ切れになったということ。

 もう一つは姿を変貌させたアルテミスだった。

 水色を基調とした軽鎧だ。

 正確には上半身はほとんど鎧の体を為していない。

 肩出しのボディスーツに控えめな膨らみを包む胸当て、肘までを包む長手袋のみ。対し、下半身は重厚な脚甲に包まれている。特に脚の脛から膝の先までは三日月を模したような装甲だった。

 特徴的なのはウサギの耳のような長い装飾が付いたティアラ。

 

「なんだ……ウサギ女……女ウサギ……獣人族!?」


「てめぇみてぇな畜生と一緒にすんじゃねねぇ! せめてバニーガールと言えやぁ! 可愛いだろ!」


 バニーガール。

 確かに、王国の賭場でそう言った恰好の女が給仕をしているのは見るし、それに近い装いではあった。

 気になるのは記憶にあるヘファイストスとは変化の仕方が随分と違う。

 あれはもっと生態的であった。

 

「―――てめぇ、随分とこすい真似してくれるじゃねぇか」


「ん? それは私のことか?」


「決まってるだろうが」


「何か文句でも?」


「いいや? 悪くなかったぜぇ? その後の会話はムカついたがよ。……てめぇ、混血か?」


 アルテミスの三白眼が細められた。


「だったらなんだ? 貴様、どうにも亜人嫌いのようだが」


「あぁ、嫌いだね。大っ嫌いだ」


「はっ、亜人差別なんぞ今時流行らん」


「てめぇの信条を流行と合わせるわけがないだろ」


「――――確かに。良いことを言うな」


「おい、鬼の姫よ。そこ納得するのか? いいのか?」


 敵だとしても良い言葉は良い言葉だ。

 アルテミスが言った考え方は大事だと思う。

 忘れずにおきたい。

 だが。


「お前、何故こちらに向かってきた? 狙いは私……というわけでもないか?」


「勘が鋭いねぇ。―――向こうにいるんだろ? 極上の獲物の匂いがする。鳥臭い、狩り甲斐がありそうな獲物だ。トカゲ狩りも良いけどよぉ、鴨撃ちのが好きなんだよオレぁ」


「なるほど」

 

 理屈は分からないが。

 しかしこの女はフォンの存在を感知しているらしい。

 そして彼女を狙っている。

 龍人族を襲いに来ただろうにフォンを標的とするのは明確な目的があるのか、言葉通り単なる趣味なのか。

 勘だが、おそらく後者。

 もっと言えば。

 フォンが先祖帰りということも関係あるかもしれない。

 何にしても。


「そういうことなら、私とシュークェで満足してもらうぞ」


 笑い、大地を蹴り、


「――――いいや、てめぇらは片手間だ」







「≪鬼切童子≫―――≪駒鳥殺しロビンキラー≫」


 、という音をシュークェは聞いた。

 聞こえたと思ったら、


「ぐおっ――――!?」


「ッッ―――――!?」


 シュークェと御影の苦悶の声が上がる。

 傷が生まれ、それは二人の全身に及んでいた。

 油断なんて当然していない。

 それにも関わらず、攻撃を察知できることなく、シュークェの翼を含めて余すことなく細い斬撃が食い込んでいた。

 まるで、全身を絡め取るように。

 

「ぬっ……?」


 シュークェは不可解なことに気づいた。

 傷は全身に及んでいるが、それでも彼自身の再生力であればすぐに治癒されるはず。

 なのに治らない。

 加えて、


「体が……動かん……!?」


 指はかろうじて動かせるが、四肢は動かない。

 

「ふん!」


「無駄だぜ鳥畜生!」


「ぬあ! へあっ! とぅ! ハァアアアアアア!!」


「うるせぇ!! 動かねぇって言ってるだろ!」


「これは…………体が動かせん!!!」


「―――――糸、か?」


 ぽつりと、同じく体を拘束された御影が呟いた。

 厚手の袴姿だったが、何かが全身に食い込んで彼女のスタイルを浮き出している。


「へぇ。アンタの方がちょっと頭が良いようだな」


「だが、それだけじゃない……っ、痛いぞ。龍人族に対してた毒とやらと似たようなものか」


「ご名答! 龍だろうが鬼だろうが鳥だろうが関係ねーんだよ。まートカゲ相手のよりはちと効果は薄いがそれでも十分だろ?」


「確かに……痛いし、気分も悪い、力が抜ける」


 彼女の言う通りだなとシュークェは思った。

 加えて肉体の再生速度が明らかに遅い。

 それから傷口を改めて見た。

 凝視して、やっと光に反射し、体に食い込む線がある。


「鈍い痛みは苦しいだろ?」


 兎鎧の女は笑い、二尾の髪が揺れる。

 罠にかかった獲物を見る様に。

 事実今、シュークェと御影は彼女の手の中にいる。

 目を凝らせば、彼女の手袋には鋭利な爪があり、そこから極細の糸が伸びているようにも見えた。

 これ、ちょっと拙いのではないだろうか。

 なんかサディスティック的な趣向を見せているアルテミスだが、彼女がちょっとその気になったら首とか飛ばないのだろうか。

 驚異的な再生力を誇るシュークェでも流石に首を飛ばされれば死ぬ。

 多分。

 試したことないから何とも言えない。

 斬られてすぐ押さえつけたら大丈夫だったりしないだろうか。


「おい、シュークェ」


「うむ?」


「フォンの為に命かけられるか?」


「無論だ」


「よし」


 即答に、鬼の姫はニヤリと笑った。

 全身を糸で拘束されていることも、切り刻まれていることも、亜人に対する毒をアルテミスが持っているということにも構わず。

 

「あぁ? てめぇ、何をする―――」


「―――こうするとも!」

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