アラウンド・フォール その3



 己は本来とっくに死んでいるものだっとアポロンは自嘲する。

 虐げられたものだった。

 大戦により親を失い、王国のスラムで生まれ育った。

 治安が良く、戦災孤児の救済を国策として行っていた王国だったがそれでも全てが救えるわけでもない。

 勿論帝国や聖国、連合に比べれば救われた孤児は多いだろう。

 そもそも国家全員が戦闘者である皇国や碌に大戦に参加せず高みの見物を決め込んでいた共和国とも違う。

 それでも取りこぼされた子供はいた。

 アポロンはそういう子供だった。

 そしてゼウィス・オリンフォス/ゴーティアとヘラに救われたのだ。

 後の20年、自分もアルテミス、ヘファイストスやヘルメスも含め雌伏の時だ。

 いつかゴーティアが動き出すまで、という目標は父が死ぬことによってヘラの主導によって変わったかと思えばまたもや裏工作だ。

 来るべき『その時』に向けて。


 そして――――『その時』の主役は自分ではない。


 ≪ディー・コンセンテス≫の中心に立つべき者はまた別だ。

 自分たちはその者の為にお膳立てをしているのであり、母であるヘラもまたその者を導くために動いている。

 だから己は脇役だ。

 スポットライトを浴びる者の背後で控えるべき者。

 そこに文句はない。

 父が残した無念とそれを引き継いだ母の願いをかなえる為の人生だ。

 救われ、育てられ、高度な教育と鍛錬、異世界の知識を与えられただけで感謝するべきだ。 

 だが、


「ここで貴様を倒せば、痛快であろうよ……!」


 トリウィア・フロネシス。

 『その時』に立ちふさがるであろう相手の中で最も危険度の高い女。

 大戦により世界から零れた自分が。

 世界に背反して尚、輝かぬ太陽が。


「自ら光るならば今を置いてあるまい……!」


 両足の車輪が音を立てて加速を生む。

 ≪桂冠至迅アポロホイール≫による機動は高速落下だろうと関係ない。

 こんな状況であれ自在に駆ける。

 必ず跳躍を挟まなければならないトリウィアとは違い、攻撃の主導権はこちらにある。

 事実数十秒も続く交叉は全てアポロンからであり、彼女はそれをしのぐためのものだった。

 

「回れ、我が日輪……!」


 故に行く。

 回転鋸を交差し、挟みのように突進する。

 輪炎の回転を内側にすることで、彼女を逃がさないためだ。 

 その熱量と回転率は過去最高。

 ≪龍の都≫を飛び出す直前よりも限界値はさらに上がっている。

 トリウィアはアポロンを引き離す為にこの断崖落下の戦闘を選んだのだろうが、それこそが彼にとっての勝機に他ならない。

 そして。

 アポロンは落ちて行くトリウィア・フロネシスの。


「……!」


 その輝く青い片目を見た。







『≪外典系統アポクリファ≫――――≪汝、叡智を以て叡智を愛せφ ρ ό ν η σ ι ς ・φ ι λ ο σ ο φ ί α ≫』


 蒼く輝く右の瞳、それに浮かぶ十字架。

 溢れる蒼き陽炎。

 あらゆる魔術魔法術式を『解析』する叡智の魔眼。

 トリウィアは最早、壁面を蹴ること無く頭から落ちて行った。

 ≪桂冠至迅アポロホイール≫の特性は既に分かっている。


 即ち、エネルギーの吸収だ。

 

 炎輪、ないし輪炎が受けた衝撃を燃焼力や回転力に転換している。

 最初の噴水広場、その後の外壁までのレース、現在の落下劇。

 進むにつれて火力が増してきたのはその為だ。

 不審に思ったのは噴水広場で水滴散弾で弾いたものが、消火されずに勢いを増していたこと。

 だから外壁に至るまでにそう推測し反撃を控えて回避に専念していた。

 単純だが、良くできると思う。

 戦闘が長引き、苛烈さを増せば火力が上がるのは不思議ではない。

 ≪龍の都≫外、極寒の風の中でも勢いを増さなければ考えすぎで流していただろうし、自身の≪外典系統アポクリファ≫がなければ気づけなかったかもしれない。

 だが気づいた。

 故にやることは決まっている。


「―――」


 ≪汝、叡智を以て叡智を愛せφ ρ ό ν η σ ι ς ・φ ι λ ο σ ο φ ί α ≫。

 古代語にて発音するその≪外典系統アポクリファ≫が発動した視界は色だけの世界だ。

 通常の視界とは別に魔法の術式だけで構成された色彩がある。

 以前戦ったヘファイストスも、今のアポロンも驚くことに人型の魔法式に見える。

 魔法を纏っているとか強化しているとかではなく、存在そのものが魔法なのだ。

 それも今のアポロンは、ヘファイストスのそれよりもさらに緻密。完成度が上がっている。

 アポロンがそもそもヘファイストスより強いのか。

 或いは強くなったのか。

 本人である鎧姿、加えて二振りの回転鋸、さらには周囲から迫る大型輪炎。

 前者には術式核が見えず、後者二つには見える。

 おそらく彼の≪神性変生メタモルフォーゼス≫がそれだけ高度なものということだ。

 魔法による肉体の変生。

 トリウィアの魔眼でもそれは簡単には砕けない。

 だから狙うのは簡単に砕ける方だ。


「―――叡智の祝福を」


 引き金を引いた。 

 風の轟音に紛れる小さな発砲音。

 

「なにっ……!?」

 

 それによりアポロンが握る炎の回転鋸が消滅した。

 彼女の魔眼による『解析』。それによって看破した術式核を破壊することで魔法そのものを消滅させるのだ。

 

「……まだ我が日輪は落ちておらんッ!」


 しかし彼は止まらなかった。

 指運にて操作するのは周囲に巡る輪炎八つ。

 上下左右からトリウィアへと迫る。

 

「えぇ、知っていますよ」


 だからトリウィアも止まらず、回転。

 自身の天地を入れ替え、


「っ―――だぁあああああああああッッ!」


 らしくもない声を上げて。

 中空に足場を生み出し、踏ん張った。


「!!」


 人種は空を飛べない。

 鳥人種のように自由に空を舞うのは不可能だ。

 浮遊するくらいならある程度できる。

 そして、空中に足場を作ることで跳ねることも。

 高速落下故、ただ足場を作っただけでは停止しきれないので、ブーツの裏から作った足場を岩壁に突き刺す。

 岩と石、土と氷をまき散らしながら彼女は急制動。


「―――熱が足りんな!」


 その動きにアポロンは対応した。

 同じく急制動。

 こと機動という点に関しては彼の方が大きく上回るのだ。

 一度ジャケットによる目くらましをしていたのもあり、反応は即座。

 

「集え我が日輪……!」


 輪炎の機動が修正され、トリウィアに殺到する。

 

『―――≪From:Tisiphone慈雨と殺戮≫』


 彼女はただ、撃鉄を押し上げた。

 即座に双剣の刃が分裂し蛇腹剣となり―――通常とは違う配列を生んだ。

 真っすぐに蛇のように伸びるのではない。


不滅の栄光よGloire immortelle我等と我ら祖先に忠実であれ!De nos aïeux, Sois-nous fidèle 彼らのように私も命を捧げよう! Mourons comme eux


 刀身の延長上、より大きな刃片を描く。

 それぞれの空白に魔力が張られ、形成されたのは巨大な二振りの魔力刃。

 逆手でそれを握り、彼女は腕を、体を回し、


『≪魔導絢爛ヴァルプルギス≫―――≪十字架の栄光ヘカテイア・グローリア≫ッッ!』


 一閃。

 直径十数メートルの真円が発生した。

 トリウィア・フロネシス、三つ目の究極魔法。

 拡大展開した魔力刃に28系統を乗せた広範囲消滅斬撃。

 それを、輪炎が自身に接触する直前のタイミングまで引き寄せた上で残らず全てを一息に切り裂き、

 

「まだ、届かぬか……!」

 

 太陽の日輪を、深淵の円環が断ち切った。

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