アラウンド・フォール その2

トリウィアは自らの行為が結果を為したのを見た。

 特別なことではない。

 腕を後ろに流し、双銃を蛇腹剣状態にすることでひっかかりを無くし。

 ジャケットを脱ぎ捨てたのだ。

 加速と重量に従って当然上着は落ちる。


「ぬおっ!? ……小癪な!」


 結果、アポロンの兜に絡まり視界を潰す。

 勿論それは一瞬のことだ。

 彼の兜は鬣が燃えているので当然ジャケットもすぐに燃えてしまう。

 だがその稼いだ一瞬でトリウィアは三つのことを行った。

 

「さぁて」


 まずは岩壁の頂上、数メートルしかない戦闘には物足りない足場に着地。


「ぬっ……なんだ貴様!?」


 すぐに追いついたアポロンが彼女を見て少し驚く。

 なぜならば、


「貴様―――――何故こんな糞寒い所でノースリーブを!?」


「勿論ギャップ狙いでウィル君にドキっとしてもらうためですが」


 アポロンの気づきに返答。

 これはこの男に対しての仕込みではないが、しかしそこに突っ込むとは中々の伊達男。

 男装のスーツ姿の下はノースリーブのタートルネックセーター。

 ウィルはわりとこういうシンプルな奴に弱いのだ。

 この場合問題はジャケットは一着しか持っていなかったので、ギャップ作戦が使えないが仕方ないとする。

 そして三つ目の動き。

 仕込みは既に終えてある。


「むっ……これは……!」


 アポロンも気づいた。

 ジャケットを脱ぎ捨てた時に変形した蛇腹剣、それが伸びて彼に巻き付いている。

 本来は分裂した刃片が超振動し、それを繋ぐ魔力の帯が刃となるが、全ての攻撃性能はオフになっていた。

 だから彼が気づくのが数瞬遅れた。

 その瞬間だけで十分だった。

 脳裏に過るのは、かつて天津院御影が風竜を一本釣りした光景。 

 全身に浮かぶ幾何学的な光のラインは肉体強化の魔力があふれ出たもの。

 ≪英雄凱歌≫による限界までの肉体強化により、蛇腹剣を思い切り引き込み、


「大鎧一本釣り……!」

 

 釣り上げた。


「ぬおぉぉ……!?」


 鎧の男が宙を舞う。

 細身の彼女からは想像するのが難しい鬼種顔負けの膂力。

 振り回した先は、


「貴様、よもや!」

 

 外壁のさらに外。

 即ち≪龍の都≫の外。

 舞い荒れる極寒の風雪。

 本来人の生存に適さない世界。

 トリウィアはアポロンをそこに投げ入れ、


「さぁ、最終ラウンドと行きましょう」


 自らも飛び込んだ。

 






 数百メートル続く垂直の壁をトリウィアは駆け降りて行った。

 それは垂直落下と共に行うバレエだ。

 跳ねて。

 落ちて。

 回り。

 落ちて。

 駆けて。

 落ちて行く。

 強風が絶え間なく吹き付ける為に何もしなくても跳ねた体は断崖に戻されるため、再度『戦乙女騎行』を発動、壁面への蹴りつけと跳躍時の体捌きによって姿勢制御を行う。

 ブレーキ代わりに使っていたジャケットは脱ぎ捨てたために、減速は行わず四肢の振りによってひたすら加速を重ねて行くのだ。  

 気温は氷点下。高速で落下するれば体感温度は当然さらに低い。

 ≪龍の都≫を飛び出したと同時に炎属性によって発熱することで運動性能を維持し風属性によって呼吸を確保する。

 

「……!」


 背後、即ち上方より輪炎が駆け抜けた。

 ことこの期に及んで、その燃える円環の大きさは倍近い大きさになっていた。

 直径一メートルを超えている。

 落下中くるりと体を斜め横に回して回避、続けて横から来た車輪は体を横倒しにした回転で瞬間的な減速を掛けつつ避けていく。

 氷が張りついた壁を蹴り、


「命知らずだな……!」


「そちらこそ!」


 追いかけて来たアポロンの回転鋸を右剣で受け止めた。

 衝撃に逆らわなければ体が左斜めに落下し、跳躍によってさらに落ちて行く。

 炎獅子はやはり、跳躍すること無く氷壁を足首の輪炎によって駆けながら落ちて来た。

 速度自体はトリウィアよりも速い。

 落下している自分とは違い、アポロンは垂直の壁を自らの意思で走ってきているからだ。


「―――やる気ですね」


「無論だとも!」


 ゴーティアの眷属。

 自分たちが魔族信仰派と呼ぶもの。

 おそらくその幹部。

 果たしてどれだけの鬱憤が溜まっていたのだろうか。

 超高所からの落下にも構わず追いかけて来た。

 何度も迫る輪炎は、こんな極限状態にあって尚、さらに勢いを増してきている。

 何もかもが高速で流れる状況の中、トリウィアは燃えるように輝くアポロンの目を見た。


「我等≪ディー・コンセンテス≫、来る日に向け父の為に影で備えをするだけだった!」


 だが、と燃える回転鋸の回転数が増す。

 それによる攻撃は苛烈であり、何度も激突を繰り返し、トリウィアは吹き飛ばされながらその叫びを聞く。


「父は倒れた! 予想外にな! なればこそ我らは立ち上がり、それでもまだ雌伏の時よ!」


「……!」


 連続する交叉。

 回転する炎の刃がトリウィアの双剣を焦がし軋ませる。

 『耐熱』系統を保有していないため、刀身を『氷結』『硬化』、高熱を『拡散』させることで強度を維持させていた。


「そんな時に貴様を、この世界における最強の女を狩る! それに猛らぬほど私は燻っておらんよ!」

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