アラウンド・フォール その1
≪龍の都≫西部の大道路をトリウィアは駆け抜けていた。
元々はこの都の唯一の外部との出入り口に通じる道ではあるが、そもそも訪れる人間なんてめったにいないのでただの広い道であるだけと言って良い。
龍種が龍形態で通れるために横幅が広く、魔法によって敷かれた石畳がしっかりしており、田畑の真ん中にそれだけの道があるのはどこか不自然ながらそれを気にする龍人もいない。
『――≪
発動しているのは最も早く、最も長く移動するための魔法だ。
身体能力強化魔法『黄金童話』。
そこから持久力と移動力に特化した長距離移動身体強化『戦乙女』。
もとより多種多様な魔法を用いるトリウィアは自身の使用魔法を細分化しており、その一つでもある。
この場合、魔法による効果は単なる肉体強化だけではない。
一歩ごとのストロークを伸ばし、『落下』系統を中心に術式を組むことにより前に落ちて加速する。
足を速く動かして走るというより、歩速自体は緩めながら低く速く跳ぶのだ。
コツはやはりジャケットの裾を美しくはためかせること。
横回転だろうと直進だろうとそれは変わらない。
「ちっ……!」
だが、その裾を焼き焦がすものがある。
「中々の俊足、だが私の車輪も劣らぬとも」
一歩につき概ね四度迫る車輪。
そして≪
真紅の全身重鎧。獅子を模した兜からは鬣の様に炎が噴出している。
見るからに重厚な鎧ではあるが、獅子の速度は速くトリウィアにも劣らない。
なぜならば、
「直立滑りとは……!」
彼は腕を組んだ直立状態で足を動かさずに高速で移動している。
アポロン自身は微動だにしていないのだ。
移動リソースは足首に。
脚甲の足首、その外側。最早車輪の形をした炎が高速で回転し移動力を生んでいる。
重そうな鎧姿が腕を組んで足を揃えて直立し、両脇の輪炎に乗っているのはなんとも奇妙な光景であるが安定しているし速度も出ているのでちょっとおもしろい。
普通の車輪と魔力式動力で移動方法にならないだろうか。
腕組みはやはりシュールさが勝るのでちょっとした舵的な持ち手でも付けたり。
「名付けて旋駆影……! 128個目の技術特許、頂きます!」
「多い気がするがお前としては少ない気もするがどうであろうな!」
魔法術式特許は1000超えたあたりで数えるのがめんどくさくなって実家管理にしているので仕方ない。技術特許の大半は技術的には革新的だが実用性はいまいちで一部の物好きにしか認知されないものでもある。
ちなみに彼女の最高傑作は両手に握る変形銃であり特許を取得しているが、使いこなせるのがトリウィアしかいないので特に意味もなかった。
「あ、ちなみにヘファイストスさんがくれたタイプライターはしっかり私が特許取って予約も入ってるので将来派手な結婚式する時の派手な費用の足しにさせてもらいます。最低でも3国分の様式しないとですし、えぇ」
「貴様ァー!」
怒りと共に燃える輪炎が迫った。
動きとしてはそれまでとは変わらない。
ただ速度と大きさが違う。
車輪が燃えているのと炎が車輪の形をしているというのはトリウィアからすれば一長一短に感じるが、ヘファイストスと同じく特定の目的の為に特化しているのだろう。
先ほどよりも速度も熱量も圧倒的に高い。
疾走中、何度か撃墜したり弾き飛ばしたりしたがその度に勢いは増してきている。
故に彼女は相手をしなかった。
跳躍の途中体を回すことで回避を常とする。
ジャケット故の行動の最適化は既に完了した。
短く広がる裾で風を受け止め、空気抵抗による簡易ブレーキと姿勢制御を行う。白衣だと広がりすぎるので、ジャケットの長さがちょうどいい。
そして、
「やっと着きましたか」
≪龍の都≫を取り囲む外壁へと辿りついた。
一歩、強く大地を踏みしめて大跳躍。
外壁に着地し、
『≪
そのまま駆け上がった。
●
「むっ……!」
アポロンはトリウィアの動きが変わったのを見た。
それまでのゆっくりと足を動かし、長いストロークで跳ねることで前に進む動きではない。
速く重く、連続で外壁を蹴りつけジグザクに駆け上がる動きだ。
おそらく身体強化における魔法の配分を変えたのだろう。
先ほどのものが速力や移動力を重視したものなら、これは膂力や肉体機動の精度を高めたものだ。
垂直に壁を駆けあがっているのだその選択も理解できる。
ノータイムの魔法移行。
賞賛されてしかるべき技巧。
単なる魔法の技術だけではなく体術も達人だ。
このアースにおいて最強というのは伊達ではない。
「だが、私も捨てたものではないぞ」
アポロンはそのまま岩壁に直進し、腕組直立状態でそのまま駆け上がり始めた。
「なんですかそのぬるっとしたちょっと面白い移動は」
「愚問、我が車輪はあらゆる場所を踏破する!」
車輪による移動の際は自動的に体の向きに補正が掛かる。
垂直の壁だろうが天井だろうが関係ない。
故にそのまま行く。
「そろそろ追いかけっこも終わりでいいだろう……!」
この最西端の外壁はもっとも背が低く、10メートル程度しかない。
今のトリウィアとアポロンならば文字通り一瞬だ。
彼女の狙いは自分とアルテミスを遠ざけて合流をさせないようにするためだろう。
これまでは勝負に乗ったが、それも終わりだ。
ここが勝負の決め時だと判断する。
「回れ、廻れ、舞われ……!」
両腕を広げた。
その手甲に炎が渦巻き、やはり車輪の形を得る。
だが、ただの車輪ではなかった。
車輪から回転を邪魔しない持ち手が伸びることで、車輪を振り回す得物となる。
トリウィアは飛び上がりながらそれを確認し、目を見開いた。
「なんと――――ピザカッター!?」
「日輪式回転鋸と呼ぶが良い!」
アルテミスや他の兄弟姉妹に散々言われたことなので強めに強調しておく。
断じてピザを食べやすく切り分けるものではないのだ。
それは、
「獲物を確実に狩る刃である……!」
脚甲車輪のギアが上がる。
それによって引き起こされるのは即ち加速だ。
ジグザクに跳ねるトリウィアとは違う。
岩壁に焦げ付く轍を刻みながら真っすぐに彼女を追うのだ。
「爆進……!」
言った通りになった。
狙いは彼女が岩壁の終わりに届く二歩手前。
膂力任せで跳んでいる都合上トリウィアは急停止できない。仮にそうするなら跳躍の瞬間力む必要がある。
故にまずは背に右の回転鋸を叩き込む。
それを回避されたのならさらに左を。
移動と加速は脚甲の車輪で行っている為、岩壁を介した平面機動は自由自在だ。どう回避されても追いかけられる。
或いは空に逃げたとしても空中を駆ける輪炎で追撃をすればいい。
単純な三段構えだが、それでいい。
膨大な手数を持つトリウィア・フロネシスに対しては変に捻ったことをしても、その場その場で対応されかねない。
反撃されるなら―――それはそれでも都合がいい。
だから真っすぐに女を追う。
トリウィアが跳ねる。
岩壁の頂上まであと二歩半。
長めの上昇の後にあと二歩になった。
「刈り毟れ……!」
彼女の背へと燃え盛る回転鋸が振るわれ、
「―――おっと」
「!?」
アポロンの視界が潰された。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます