アジテイターズ その2



「まぁぁてぇぇぇぇいいい!」


 シュークェは翼を全力で加速させアルテミスを追っていた。

 居住区から離れ、≪龍の都≫の中央からさらに西に進んだ辺りであり外周部の岩壁に沿うような小さな森に飛び込んだところだ。

 彼の飛翔は鳥人族でも特殊な部類である。

 通常鳥人族は翼を羽ばたかせ、魔法によって飛行を安定・加速させる。

 羽ばたきの頻度や速度には個人差があるが、基本的には飛ぶということは翼の運動になる。

 対してシュークェは違う。

 彼の飛翔は翼を動かさない。

 広げた翼から炎を噴射し、その推進力で加速するのだ。

 アルマやウィルが見ればジェット機を連想するような飛び方だ。

 消耗も激しく、長時間の飛行には適さないが仙術によってその問題を解消している。

 森の木々は左程密集していないので飛行には問題ない。

 問題なのは、


「なんなのだあの女は……!」


 アルテミスの移動方法だ。

 飛び方の話に戻るが、基本的に飛ぶときは地面と平行に、進行方向に頭を向けることになる。

 これは鳥人族の異端児であるシュークェだろうと変わらない。

 例えばフォンのような『落下』系統を持つ場合、前に向かって落ちることもできるし、飛翔感覚的に自然とそうなる。

 別に地面と垂直状態で進めなくもないが、空気抵抗を考えると無駄が多すぎる。

 だが、彼女はそう言ったセオリーから全く外れていた。


「貴様ァ! 何を優雅に空中滑空しておるかー!」


「うるせぇししつこいなァてめぇは!」


 彼女は地上五メートル。

 見えない椅子に腰かけ踏ん反り返っているような姿勢。

 足を組み、頭の上で手も組んだリラックススタイル。

 そんな冗談みたいな姿勢のまま、冗談みたいな速度で飛行していた。

 あんなもの飛行ではない。

 高速浮遊とでもいうのだろうか。


「お前こそ冗談みたいなポーズだろう!」


「何を言うか、この姿勢こそ最も速度の出る姿勢―――ぬぅん!」


 右腕は拳を握り突き出し、左手も握って脇を絞める。

 このフォームこそ最も速度が出るし、気分が良い。

 故に加速した。

 翼より噴出する炎が膨れ上がり、莫大な加速を生む。

 瞬間的に超音速に達し、アルテミスとの距離を詰めた。

 加速を乗せたまま突き出した右拳を叩き込むために。


「学習しねぇなぁ鳥頭がよぉ!」


 アルテミスが振り返った。

 その挙動も違和感がある。

 予備動作も無く、失速もしない反転。

 尖った歯をむき出しに吠えながら、彼女は腕を振った。


「ぬぅう!?」


 斬撃。

 それも見えない上にどこから来たのか分からない無数の攻撃だった。

 身体に、翼に細かく鋭い線で織りなす面の斬撃が打ち込まれた。

 体が裂けるだけではなく、加速度合い故か全身の骨に亀裂が入り、臓腑に衝撃が走った。

 それが何なのかシュークェは分からない。 

 ただ事実として攻撃され、失速し、墜落する。

 地面に激突する、その直前、


「ぬおおおおおおおおおおおこの≪不死鳥≫は不死鳥なりいいいいいい!」


「いや意味わかんねぇよ!」


 翼から炎を噴出し、アルテミスのツッコミを受けながら再飛行を開始した。

 肉体の損傷は、飛行に必要な機能から最優先で回復し始め、そのほかの飛行とは無関係な箇所も徐々にながら修復していく。

 

 ≪不死鳥≫のシュークェ。

 彼の持つ特異性はこれだ。

 飛行能力でも、飛行魔法でもない。

 再生力。

 ウィルによって翼の骨を折られた時、すぐに飛び上がったのもこれによるもの。

 特別な絡繰りはない。

 彼は実際に翼を折り、その上で即座に治しただけ。

 仙術により目覚めた能力がそれだった。

 シュークェは神代の時代にいたという炎と再生の神鳥の性質を強く引いている。

 元々鳥人族においては体も大柄で、飛び方も考え方も独特でありはぐれ者だった。

 だからだろうか、居場所を求めて鳥人族の里を飛び出した。

 どうだろう。

 そうだったっけ。

 なんとなくノリだった気もする。

 深く考えていなかった。

 あっちこっち渡り歩いて結果的に≪龍の都≫に辿りつけたので良しとする。

 今も攻撃方法は分からない。

 そもそも名前すらもシュークェは知らない。

 まぁいいだろう。


「問題は貴様が敵ということだ水色頭……!」


「誰が水色頭だ! アルテミスだよ! アルテミス・ディアナだ!」


 名前が分かった。 

 やはり上手く行く。

 

「良いだろう、水色の女よ!」


「こいつ……いくら鳥畜生だからって頭が軽すぎんだろ……!」


「そう、このシュークェは特別故に!」


「――――もうてめぇからぶっ殺してやる!」


 アルテミスが空中でピタリと止まる。

 これまで最高速で勝るシュークェが彼女に追いつき掛け、謎の攻撃により落とされ掛け、復活して追いかけるの繰り返しだった。

 だがついに彼女はしびれを切らし、背後から迫るシュークェへの迎撃を選んだ。

 

「ほう! 逃げるのは止めたか、良い度胸だ!」


「あぁ!? 逃げる!? 誰がだよ!」


「お前しかいないであろう!」


「逃げてねぇんだよ! お前を無視してたんだよ!」


「馬鹿な、このシュークェ5回くらい攻撃されたぞ!」


「細かい揚げ足取るんじゃねぇ!」


「足を、取る……? このシュークェの足は付いているが」


「そういう意味でもねぇよ!」


「なんなんだ貴様は! わけわからん連中の上に分け分からん言葉でこのシュークェを弄するとは! 全く許せん! 正々堂々と戦うが良い!」


 ブチンと、何かが切れたような音がした。

 どこから聞こえたのか謎だが、なんとなくアルテミスの額辺りから聞こえた気がする。


「っ―――――あぁ、いいぜそのつも」


 言葉は途中で中断された。

 シュークェが何かしたわけでもない。

 

 アルテミスの背後から飛来した木が、彼女に激突したからだ。


「………………えっ」


 木である。

 丸太とか板材とかではない。

 森に生えている木をそのまま引っこ抜いてぶん投げたような木である。

 大きな音と共にアルテミスを背後から打撃し、そのまま地面に墜落する。


「…………」


 それを為した者がシュークェの前に現れた。

 銀の長髪と黒い片角。

 赤と黒の袴姿の女。

 天津院御影だ。


「よう、シュークェ。何やら楽しそうだったが、邪魔したか?」


「……」


 少し考え、


「―――否! 完璧な不意打ちだったぞ!」


 笑顔と共に親指を彼女に向けて立てた。

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る