アジテイターズ その1


「――――≪桂冠至迅アポロホイール≫」


 トリウィアは日輪が宙を駆けるのを見た。

 太陽の神の名を持つ男が統べる眷属は四つ。

 直径30センチほどの車輪であり、鋭く細かいスパイクが生えた上で燃え盛るものだ。

 例え龍殺しの呪いを宿さなくても。

 アポロンの意思に応じ、高速回転と共に自在に舞う炎輪の殺傷力は高い。

 それらは中空に炎の軌跡を刻みながらトリウィアへと奔った。

 ゴオンというエンジン音にも似た轟き。

 自らに殺到する炎輪にトリウィアは僅かに目を細める。

 迫るそれは僅かな弧を描くことにより絶妙な時間差を生み出し、二つは頭と胴体に直撃するように、もう二つは手足をそれぞれ掠る様な機動。

 

「――――と」


 対し、トリウィアはそれら四輪への跳躍を選んだ。

 飛び込みながら体を横に捻り、中空で体を地面と平行にする。

 広げた四肢の合間に炎輪を通すことで回避。

 この時、手足をしっかりと伸ばし動きにキレを生むことは忘れない。

 格好良くないからだ。

 そういう意味では今の回避は悪くない。

 普段来ている白衣ならば裾を巻き込んでいたが、今のシンプルなジャケット故にできる動き。

 普段と装いが違うならば、それなりの動きができるのだから。

 

「ウィル君にも見せたかったけど」


 そんな場合ではないので、後にすることにする。

 決意と共にしっかりと両足で着地、腕はクロスさせた状態で。

 勿論それは格好いいからというのもあるが、


「魔弾装填」


 両肩に押し付けた弾倉を、腕を開くことで回転させる為だ。

 向ける銃口は前後に、体は横にし引き金を引く。


『―――水魔の射手Der Freischütz:Wasser


 水属性四種系統による魔弾。

 引き金は同時に引かれたが、放った弾種は異なる。

 前方、アポロンに対しては収束流水。

 後方、回避したばかりの四輪には水滴散弾。

 前者はシンプルに攻撃であり、後者は相手の攻撃に対する牽制だ。

 車輪が自在に動くというのならただ回避するだけでは足りない。 

 故に同時だ。

 水滴と言っても超音速で打ち出されれば容易く人体を撃ち抜くだけの威力はある。破砕するまではいかなくても吹き飛ばすことはできる。

 収束された流水も光線に等しい。

 後ろで手を組んだまま佇むアポロンに突き進む。

 彼は避けようとはしなかった。

 ただ、言葉を紡ぐ。


「――――四輪追加」


「!」

 

 収束流水が届くほんの一瞬よりも速く、新たな車輪が盾として出現した。

 既存のものと同じように回転する車輪が四つ。

 現れたそれらが水流を受け止め拡散させることでアポロンを守った。

 

「八輪駆動……!」


 パチンと指が鳴る。

 それに応える様に盾になった車輪が一度離散してからトリウィアへと殺到する。

 否、それだけではない。

 背後から水流散弾で牽制したはずの四輪が再び迫ってきた。

 前方から迫るもう四輪も含めて先ほどまでよりも勢いは強い。

 

「―――」


 全方位から炎輪が殺到し、炸裂した。







 轟音と共に巻き起こった水蒸気にアポロンは目を細めた。

 土煙でも爆炎でもない。

 高温の物体と水分が接触した時に発生する蒸気だ。

 ≪桂冠至迅アポロホイール≫による攻撃ではそんなものは生じない。

 故に全方位にトリウィアが対処を行ったということ。

 それをアポロンは見た。

 八枚の炎輪が殺到し、彼女は避けなかった。

 ただ銃を振るい、


「…………聞いてはいたが、変形とはな」


 二丁拳銃が蛇腹剣になった。

 先ほどカルメンの腕を切り落とした時、一瞬双剣にしたがそれに続く三形態目。

 

「……大したものだ」


 目前、晴れる霧の中に彼女はいる。

 トリウィアは迫る炎輪に対して踊る様に蛇腹剣を振るった。

 対の刃鞭は炎輪を絡め取り、凍らせまとめて氷のオブジェを生み出した。大量の水蒸気はその氷と接触によって発生したもの。

 そして。

 八つの車輪を纏めて凍らせたオブジェの上にトリウィアは立っている。

 良く見れば彼女の足元、一つの車輪だけは炎を灯したまま半分だけが氷に埋まっている。

 それに、


「良いですね――――丁度、火を付けようと思っていたので」


 煙草を当て燃やす。

 口に咥え、息を吸い込めば水蒸気とは別の煙が空に伸びて行った。


「…………大したものだな」


「それほどでも。ですが」


 彼女は煙を吐き、周りを見回す。

 すでに人気はない。

 戦闘開始した時点でカルメンは腕がないとは思えない活力で離脱したし、他の龍人族もすでにいない。

 この場はアポロンとトリウィアだけ。

 それでも。


「ここは狭い――――場所を移しますよ」


 タンッ、と軽い動きで跳んだ。







「――――ふぅむ」


 トリウィアの意図は分かる。

 彼女が跳んだのは、アルテミスとシュークェが去ったのは逆方向。≪龍の都≫の入り口の方だ。

 アポロンとアルテミスの距離を離して合流をさせず、さらには龍人族を巻き込まないようにしたいのだろう。

 ここでアポロンの選択肢は二つ。

 彼女の意図を無視して龍人族を探す。

 或いは意図に乗るか。

 仮にトリウィアの誘いを無視して元々の目的である龍人族狩りをしてもいい。

 アポロンと妹―――アルテミスは龍人族を母であるヘラに与えられた術式で狩り、捕らえることが使命だ。

 来るべき日に向けた備えの一環、果たすべき使命。

 全ての準備が整うまでは水面下に潜んでいる。

 基本的にはトリウィアの誘いに乗る必要はない。

 この場合問題なのは彼女を無視すれば当然追って来て、トリウィアに邪魔をされながら龍人族を狩らなければならない。

 彼ら『ディー・コンセンテンス』において要注意の危険人物とされる筆頭。

 ≪十字架の叡智ヘカテイア≫トリウィア・フロネシス。

 直接戦闘は避けるべき、アポロンの頭の片隅に声がある。


「だが、どうせ戦う相手」


 何より、


「やっとだ」


 アポロン・ヘリオスもアルテミス・ディアナも。

 ヘファイストス・ヴァルカンと同じように孤児であり、父であるゼウィス/ゴーティアと母であるヘラに拾われ育てられた。

 いつか世界を食らうものの先兵として。

 けれど想定外に父は倒れ、残されたものがその意思を継いでいる。

 そのためにずっと世の裏で潜んできた。

 十数年も待ち続けていた。

 やっと、表舞台に出つつある。

 そして今、斃すべき相手が目の前にいる。


「ならば父母よ、与えられた力を振るうことを許されよ……!」


 逝ってしまった父に報いる為に。

 変わらず庇護してくれる母の為に。

 

Omnes Deusオムニス・デウス Romam ducuntロマ・ドゥクト―――――』


 太陽の神を襲名した男はその身の神秘を解き放つ。

 吹き上がる炎熱。

 捕らえられていた日輪は熱を取り戻し、氷結の枷を蒸発させた。


「日輪を回せ―――≪桂冠至迅アポロホイール≫」


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