オープン・コンバット

 アルマが消え、そして戻ってこなかった事実にトリウィアは思考を加速させた。

 仮に何か彼女に対する対策があったとしても、それでどうこうできるような存在ではない。

 なのに戻ってこないというということは。

 何か、アルマに対する対抗策か封印策を用意しているということ。

 泰然と佇む金髪と気だるそうにしている女、それに一瞬だけ現れた喪服の女。

 装いからしてヘファイストスを思い出す。


「……良くないですね」


 介抱しているカルメンもそうだ。


「っ…………」


 噴水に埋まる彼女の意識は朦朧とし、両腕の鱗と爪が砕かれている。

 重傷ではあるが、しかしこの程度で龍人種の彼女が意識が消えかけるというのは本来在りえない。

 龍人種とは心臓が潰されようが活動可能であり、その後に修復もできる。

 魔法で治癒すればもっと速いだろう。

 そもそも生命としての強靭度が違うのだ。

 両腕が砕けた程度で行動符になることはない。

 しかし今、カルメンは地に臥している。


「これは――?」


 ふと傷口を注視して気づく。

 何か黒い靄のようなものが傷をむしばむように覆っていた。


「おい、兄貴。そいつらはもういいだろ」


「うむ、送っておこう」


 男が軽い動きで手を振った。

 

「うおっ!? なんだ、どういうことだあれは!?」


「――」


 声を荒げるシュークェだったが、トリウィアもまた二色の目を見開く。


 二人組の周囲に倒れていた3匹の龍が黒い瘴気に包まれて消えたのだ。

 

 消滅。

 否、というよりもどこかに転送されたかのように。

 それはカルメンの腕から滲んでいたのと同じもの。

 瞬間、トリウィアの思考はさらに加速し、何をするべきかを判断する。


「カルメンさん!」


「――――っ」


 微か、彼女が動いた。

 叫びに応え、揺れる瞳がトリウィアを見る。

 

「や、れ」

  

 一瞬だった。

 既に握っていた二丁拳銃の撃鉄を押し上げる。

 変形二丁拳刃鞭銃≪エリーニュス≫、双剣形態≪From:Megaera豊穣と嫉妬≫。

 拳銃は双剣となり、


「――――ご勘弁を」


 カルメンの両腕を断ち切った。


「ぬぉ!?」


「―――ほう」


「へぇ! 勢いがいいじゃねぇか」


 反応は三者三様。

 けれど、トリウィア自身はこうするべきだと判断していた。

 刀身に氷結魔法を付与して切断面を一時的に凍結し、止血させる。

 これならばあとからどうにかなるだろう。


「―――おぉ、楽になった」


「……いや流石ですね、無理をしないでください」


 途端にけろりとした表情で起き上がる彼女に思わず呆れるてしまう。

 流石の生命力だ。

 けれど、あまり喋っている余裕はない。  

 思考が巡る。

 一先ずアルマに関しては置いておく。

 これはトリウィアの範疇を超えたものだ。

 それでも問題は多い。

 敵と見なせる二人組。


 片方、おそらくどちらとも龍人種に対して呪いのようなものを持っている。

 カルメンの受けた状態から鑑みるに傷口からその呪いは浸食し、龍人種の強度を無視する。そしておそらくそれが深まればどこかに転送されてしまう。

 腕を砕かれただけでカルメンが戦闘不能になったのだ。

 人型形態で即座に浸食部位を切り離したが故に彼女は復調したが、龍体だとそれも難しい場合が多いだろう。

 ≪龍の都≫は龍人族の里であり全員が強靭な生命体だが、彼らの持つ呪いはそれを無視してしまう。

 即ち、それを前提として≪龍の都≫に攻め込んできた侵略者だ。

 

 そうなってくると現在龍人族ではないのは自分、ウィル、御影、アレス、シュークェ、フォンの6人。不調であるフォンを抜いて5人。

 この5人で彼らと戦わなければならない。

 眼前の2人はともかく、喪服の女が未知数すぎる。


 どうするべきか。

 さらに言えば敵があの3人だけとは限らない。

 呪いに無防備な龍人族も守る必要がある。

 その上で、今取るべきは、


「シュークェさん、頼みがあるんですが―――」

 

「おい糞兄貴。なんかあっちに良い獲物の気配あるからオレぁそっち行くわ」


「ぬっ? 妹よ、何を」


 ふわりと女は浮かび上がった。

 自然な動き、しかし高速で兄が止める間もなく飛び去り、


「待てい貴様! このシュークェから逃れられると思うなよ!!」


 続いて火の粉をまき散らしシュークェがそれを追い掛けて行った。

 

「…………」


「…………」


「…………アホがおる……おった……」


 残された3人に、妙に気まずい沈黙が広がった。


「……やれやれ、我が妹ながら勝手な振る舞いには困ったものだ」


 仕方なそうに前髪をかき上げる男の動きには品がある。

 どこかの貴族の娘と言われても驚かないだろう。


「……何者ですか?」


「これは失敬、フロネシス嬢。私だけそちらを知っているのも不公平というものだろう」


 小慣れた様子の一礼。

 揶揄う気配はなく、おそらく普段から行っている動きだ。

 妹の方は不良染みていたが、やはりこちらは育ちの良さが滲み出ている。


「≪ディー・コンセンシス≫が一、アポロン・ヘリオス。貴女の噂は兼ねてより聞き及んでいる」


「ヘファイストスの仲間ですね? そしてこの≪龍の都≫を襲いに来たと」


「如何にも、先ほど≪天才≫も言っていたしな。貴女も分かっていたことだろう?」


「確認は大事ですよ」


「確かに」


『―――トリウィア、そのまま余の話を聞くが良い』


「―――」


「何か?」


「……いえ。先ほどの女性が妹というのなら、ヘファイストスとも?」


「是であり否であると言えような」


『良いぞ。流石だ、手短に話す。一方的な念話だが許せ』


 脳内に響いたのはエウリディーチェのものだった。

 どうやって、どんな魔法で、という知識欲は湧いてくるが今は封印する。

 神にも等しい彼女ならこれくらいできても何も不思議ではない。


『まず魔術師殿は心配なかろう。あれは余を超える存在だ。お前たちの方が知っているだろうが。そして、気づいていると思うが連中の持つ呪いは我々龍人族を容易く殺すものだ。故に、余たちは戦えん』


「お聞きしても?」


「大した話ではない。我等は孤児で、父母に拾われ、そして育った。そういう意味ではアルテミスもヘファイストスも兄妹ではあるが、ヘファイストスとは左程繋がりがなくてな。私にとって妹と言えるのはアルテミスだけとも言える」


『加え、あの龍殺しを鑑みるに亜人に対する呪いのようなものを持っていてもおかしくない。龍人もまた亜人種であるからな。そう考えた場合、人の子らよ、そなたたちを頼るほかない』


「なるほど、理解しました」


 確かにそうだ。

 龍殺しならぬ亜人殺し。

 想定にいれるべきだろう。

 そうなるとトリウィア、ウィル、アレスが戦うべきだ。


『臥して頼む―――どうか≪龍の都≫を守ってほしい』


 頼まれるまでもない。

 最初からそのつもりだ。

 彼らは元々、トリウィアたちにとっての敵なのだから。


『龍人たちは誘導し、何か所かに隠れさせる。今≪龍の都≫にいるのは今トリウィアが向き合っている男とシュークェが追っている女。女は方向的に御影とフォンの方に向かっている。魔術師殿をさらったもう1人は今は消えておるか余の感知を逃れているので気を付けよ。現れた時も一瞬すぎて掴めなんだ』


「……先ほど、アルマさんを連れて行った女性は?」


「さてな。そこまで語るほど口は軽くないよ」


「ですか……やれやれ」


 状況は良いとは言えないが、しかし囚われすぎるのも良くはない。

 やれること、やるべきことを確実に。


「厄介な状況ですが……ある意味では幸運とも言えたでしょう」


「ほう、その心は」



 トリウィアは腰を落としながら二丁拳銃を構えた。

 左銃を前に突き出し、右銃は顔の横に引き絞るように。

 簡単な話だ。

 龍人を狩る者が2人ないし3人いるのなら。

 今ここで1人倒せば状況は変わる。


「ふっ。ヘファイストスを倒したからと言って調子に乗られても困るな」


 対し、アポロンの周囲に燃える車輪が浮かぶ。

 数は四つ。 

 どれもが彼の意思に応じて自在に機動する。


「そもそも、だ。妹が勝手なのはいつものこと故、あの鳥男とお前の相手は私がしようと思っていたのだ」

 

「奇遇ですね」


 悪魔は笑う。

 蒼い目に光を灯して。


「私も同じことを考えていましたよ」









「……どう動きますか、先輩」


 アレスは稽古場にて先輩に問いかけた。

 状況はエウリディーチェから聞かされたが、問題なく戦える戦力としてどう動くかが重要だ。

 敵のうち、1人がトリウィアと戦い出し、もう1人がフォンと御影の下に向かうというのなら。


「アレス君、君は龍人の方々が集まる場所の守りをお願いします」


「……先輩は」


「フォンと御影の所に行きます」


 迷いなく彼は言う。

 その名の通り真っすぐに。

 力強い言葉を発し、一歩踏み出しながら右手を真横に掲げた。


「――――来てください、ビフレスト」


「……?」


 それは彼がいつからか持ち出した刀の名前だった。

 居合が本領故に専門が違うが、扱いを見せたことはあるし―――大体の基本は一見で真似されてなんとも言えない気分になったが―――学園の剣術担当の教師に二人で地面を舐めさせられたりと印象はわりと強い。

 その刀は、アレスの刀と合わせて用意された家屋に置いてきてある。

 御影の大戦斧もそうだ。

 まずはそれを取りに行かないといけないのに。

 確かに何度か魔法で引き寄せているのは見るが、それにしても仮宿までは歩いて15分ほどはある。

 そう思った瞬間。

 

 ――――それはウィルの下へ飛来した。


「!」


 高速で飛翔する虹の刀はそれ自体が意識を持ち、ウィルの呼びかけに答えたかのように。

 当然のようにウィルの手に収まった。

 勢いあまって右腕が左側に流れ、


「アッセンブル―――ギャザリング・エッセンス」


 その右腕に魔法陣が展開し、風が巻き起こる。


「うわ、ちょ、先輩! それ近くでやられると……!」


 当然ながらアレスはこれも知っている。

 特定属性特化の形態移行。

 ちょっとどういう魔法なのか意味が分からないが、明確なことがある。

 移行の際、それぞれの属性による余波が周囲に巻き起こる。

 それも結構な規模で。

 初めて聖国で見た時はかなりの勢いの火柱だったし、他の属性も似たようなものだ。


 けれど。

 アレスはこれまでとは違うものを見た。


「―――ペリドット」


 再びウィルが右腕を真横に振るう。

 その動きに従う様に展開されたのは黄緑色の魔法陣だ。

 風は巻き起こり、けれど予想よりもずっと静かに。

 その魔法陣がウィルの全身を通り過ぎた時には変身は完了していた。


「これは――」


 服装は変わっていたが、けれど何より目を引いたのはウィルの背中だった。

 

「先輩、その姿は」


「……本当はフォンと一緒に飛ぶ為と思ってたんだけどね」


 苦笑しながら、彼はその背のを広げた。

 黄緑の光の紋様で編まれた双翼。

 空を愛する少女と、空で共にあるための魔法。

 

「まだ上手く飛べるわけじゃないんだけど」


 だとしても。


「二人の下に行くには十分だ」


 そうして彼は飛び立った。

 迷いも躊躇ないもなく。

 自分がするべきこととしたいことを明確にしているから。


「―――本当に、あの人は」


 胸に広がった感情を押し殺しながら息を吐く。

 自分だってぼんやりとはしていられない。

 エウリディーチェからは龍人たちが集まる場所は教えられている。

 なにやらカルメンがかなりの負傷をしたようだし、それも気になるところ。

 アルマに関してはどうにもウィルやエウリディーチェもさほど心配していなかったから置いておく。


「……」


 空を舞いあがるウィルをもう一度だけ視界に収め、僅かに目を細めた。

 それから振り返り、


「なんぞ恋する乙女のようじゃのぅ、アレス」


「―――――」


 喪服の女が、目の前にいた。

 顔をフェイスベールで覆った年齢不詳の女。

 空間を塗りつぶすような漆黒を、彼は知っていた。


「―――――――――?」



 

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