エンシェント・レイテスト その2



 二人の兄妹の出現は唐突だったが、彼女の参上もまた突然だった。

 シュークェの背後、転移門が開き銀髪の少女が現れる。

 装いを魔導服と肩から掛けたコートにした彼女は颯爽と門から現れ、


「ゲニウ―――」


「動くな」


 手を突き出し、兄妹へと拳を握った。


「!?」


 二人の体を光の鎖が巻き付き、直立不動となって拘束される。

 逃げる暇もなければ、二人が砕ける強度ではない。

 それを為すのは言うまでも無く次元世界最高の魔術師アルマ・スぺイシアだ。


「トリウィア、カルメンの治療を頼む」


「分かりました」


 彼女に伴う様に門からトリウィアも現れ、すぐに噴水にめり込んだカルメンの下へ治療をに向かう。

 シュークェはまだ理解が追い付いてきていなかった。

 

「さて」


 アルマは腕を組み、小さく顎を上げる。

 真紅の瞳は冷たく、拘束された二人に向けられた。


「アポロホイールにバルムンクね。ヘルメスやヘファイストスと仲間。龍人を倒したのは自分の術式に龍殺しの術式バルムンクを乗せたな? なるほど、それなら龍種に対して絶対的な優位性を得る。そうでなければカルメンや龍人種が容易くやられるはずもない。つまり、この≪龍の都≫を落としに来たというわけか」


 問いかけているわけではなく自身の言語化による確認だった。

 

「……アルマさん?」

 

 僅かにトリウィアが驚いた。

 無機質に呟く彼女は普段とはまるで別人のようだったから。 

 冷酷であり、残酷であり、まるで人形が言葉を発生させているようでさえある。

 トリウィアが見たことがないアルマ・スぺイシアで。

 或いはそれは、これまで≪D・E≫と戦ってきた天才ゲニウスとしての姿だ。


「ゴーティアの残党ならば、相応の扱いをしよう。目的を言ってもらおうか」


「……貴女が父上の言っていた天才ゲニウス≫か。なるほど、対面すれば恐ろしいことこの上ない」


「それはどうも。だけど、ふむ。ヘルメスの時は顔を合わせた瞬間逃げられたものだが、君たちは聊か危機感が足りないのか、ゴーティアの話をちゃんと聞いていなかったのか」


「……ちっ、どっちでもねぇよ」


「へぇ? なら教えてもらおうか。どういうつもりなのか。≪龍の都≫を攻めようとしたらこの僕がいるという不運を噛みしめながら―――」


「あぁ、だから妾と付き合ってもらおうぞ」

 

「!」


 声は。

 アルマの後ろから。

 トリウィアもシュークェも。

 二人の兄妹も。

 アルマでさえ。

 次元世界最高の魔術師を背後から抱きしめる様に現れた女に気づけなかった。


 そして――――二人の姿が影に飲み込まれて消え去った。









「……………………やられた」

 

 アルマは自分が転移されたということにはすぐに気づいた。

 なぜなら目の前に広がっていたのは≪龍の都≫ではなかったからだ。

 氷だ。

 それも視界一杯に広がる氷の大陸。

 正面や左右には遠目ながら連なった山々がある。

 雪があるのは≪龍の都≫と同じだが、完全に別の場所だ。

 空は晴れているが気温は異常に低い。

 常人では数分も生きられないマイナス100度ほどの極地。

 脳内の分割思考が環境対応の魔法を発動する。


「恐ろしいことをするね」


 彼女は忌々し気に真っ白な息を吐く。

 

「巻き込みの虚数転移だと? 僕が転移を邪魔したら弾かれて時間軸も空間も滅茶苦茶になってどこかに弾きだされるか、虚数空間に取り残されかねなかったぞ?」


「それをお主は分かっていると思ったからのぅ」


 返事をしたのは純黒の女。

 アルマと同じように環境に堪えている様子もない。

 真っ白な紙にインクを垂らしたかのように、氷の大地に佇む真っ黒な異物。

 フェイスベールから覗く口元は蠱惑的な弧を描いていた。


「それで? 君が僕の相手をするということでいいのかな?」


「いやいやとんでもない。≪天才ゲニウス≫、妾であろうともそんな傲慢な考えなどありはせん。正直こうしてお主と話しているだけで震えてくるというものよ」


「――――君、何者だい?」


 真紅の目は笑っていなかった。

 黒の口元は笑っていた。


「≪ディー・コンセンデス≫、ヘラ」


 名乗る。

 ローマ神話における十二柱の神々の組織を。

 ギリシャ神話における復讐の女神の名を。

 

「名乗っておいてなんだが、言ったように妾はお主の相手なんぞできん。――――だから、コレにしてもらおう。ちと乱暴にからな。放っておくとどうなるか分からんぞ?」


 それだけ言い残し、ヘラは姿を消した。

 アルマを連れ去った時と同じ虚数転移。

 その転移自体はアルマにも可能だし追跡もできる。

 だが、


「―――――おいおいおいおい、嘘だろ」


 

 氷の大地が震え始める。

 最初は微かな胎動であり、すぐに地表に亀裂が入るほどの大きな地震となった。

 異常なのはここからだ。


 割れた大地から溶岩が飛び出してきた。

 

 ゴボリと湧く灼熱の濁流。

 だが、どういうわけか氷を溶かさない。

 超低温と超高温が両立する矛盾。

 なるべきものがそうならない埒外の具象。

 それでもまだ異変は終わらなかった。


 氷の大陸が割れ、巨人が姿を現したのだ。


 全長約50メートル。

 氷塊の体躯とその内外に流れる溶岩の血流。

 頭部、顔には目と口らしき陥没がある。

 両目の虚空からは涙のような溶岩が溢れていた。

 人の形をした矛盾の塊。

 このアース111においても、そんな生物は存在しない。

 物理法則に反している。

 故に巨人はそれ自体が法則を持った超常存在である。


「参ったな……これ、流石に放置できない。なんてものを目覚めさせてくれた」


 アルマをして頬の引きつりを止められない。

 距離を取って飛行することで全体像を把握するが、その存在スケールは尋常ではなかった。

 すでに眼下、大地は割れて溶岩の海と氷塊が広がっている。

 彼女はその存在を知っていた。

 ヴィンター帝国の遥か北、氷の大地に眠る伝説の巨人。

 かつて神と人が交わる中、それを拒絶し、最果ての地にて封印された神。

 両極端の熱を体現するもの。


「――――火と氷の≪ル・ト≫」


『■■■■■■■■――――――――!!』


 アルマがその名を呟き、巨人が吠えた。

 それだけで大気どころか世界が震え、軋みを上げる。

 聞く者の精神を砕く慟哭。

 数千年封印された怒り、怨嗟、悲嘆。

 放っておけばこの激情はどこへ向かうのか。

 仮に人の里に辿りついてしまえばどうなるのか。


「……ちっ」


 ヘラの手腕に思わず舌打つ。

 なるほどこれが用意できているのならアルマがいると知った上で≪龍の都≫を攻め入るのも納得だ。

 敵の目的はどうあれ、間違いなく鬼札の一つのはずだがここで切る判断も間違いではない。

 いくらアルマでも、片手間で相手できない。


「仕方ないな」


 真紅の瞳が細められ、両の五指が胸の前で組まれた。 

 胸に掛かる歯車を模したブローチは動かず、


「――――


 アルマの周囲に七色の光が咲き誇った。

 七色七枚の円形魔法陣。加えて複雑な文様が刻まれた帯状魔法陣が彼女の周囲を包み込む。

 その七色が意味することはただ一つ。


『■■■■!』


 ≪ル・ト≫もまたそれに気づいた。

 故に叫ぶ。

 しかし込められたのは怒りでも憎しみでもない。

 自らを脅かすものに対する敵意だ。

 この世界において神と信仰され、神とされた己と匹敵するものがいる。

 強制的に封印を解かれた彼は、本能のままにそれを敵と定めた


「ギャザリング―――


 宣言と共に七色の光は弾けた。

 加熱、燃焼、爆発、焼却、耐熱。

 液化、潤滑、活性、氷結、鎮静。

 流体、気化、加速、伝達 風化。

 振動、硬化、鉱物、生命、崩壊。

 誘導、帯電、落下、発電 電熱。

 拡散、反射、封印、収束 浄化。

 圧縮、荷重、時間、吸収 斥力。

 7属性、35系統の同時使用。

 ウィル・ストレイトが編み出したものであり、彼とは隔絶した強度の完成系にて彼女は結実させる。


 即ち――――アルマ・スペイシアの究極魔法アルテママジック

 

 斯くして生まれるのは世界法則を体現した一つの色。

 世界法則の体現者。

 神に等しき魔術師。


「――――」


『■■■■――――!』

 


 ここにアース111最古の巨人とアース111最新の魔術師による戦いが始まった。


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