エンシェント・レイテスト その1


「ぬぉぉおおおおお……! はあぁぁあああああ……! おぉおぉおぉおんんん……!」


 ≪龍の都≫の集落、その中心地の広場。

 中央に噴水があり、周囲には龍人たちの家がありそれぞれの営みを送っている。

 大人がいて、子供がいるという点では人種のそれと左程違いはない。

 建築様式や道具が原始的ではあるものの、それぞれが自然の具現に等しい龍人種にとっては些細な問題だ。

 そんな龍人の広場の中央で、鳥人族の異端児シュークェは唸り声を上げていた。

 蜷局を巻く蛇型水龍を模した噴水の前。

 龍の魔法により飲み水としても使える上に、半永久的に尽きない水源だ。

 広場には水瓶を抱えた母と子がいたり、老人がリュートを気ままに引いていたり、若者が絵をかいたりしている。

 或いは龍人たちがその前で酒盛りをする憩いの場で、


「フォンよ……何故だ……何故……!」


「うっさいのー」


 シュークェは天を仰ぎ吠え、それをカルメンは眺めていた。

 噴水の外周に腰かけ、干し肉を齧る彼女の顔にはうんざりという感情で染まっている。


「我が妹……何故このシュークェに助けを求めんのだ……! 仙術ならばこのシュークェが教えてやるというのに……!」


「いやありゃもう大体コツ掴んでるじゃろうて。お前さんにしてもワシにしても助けなんて要らんて」


「だからこそ! このシュークェが! 妹を導かんと……!」


「だから要らんちゅーに」


 気だるげにカルメンは息を吐く。

 久しぶりの帰郷ではあったが、あまり楽しく喜べる場合ではない。

 フォンが心配であるし、同時に目の前にいる鳥男は暑苦しいからだ。

 翼から物理的に熱を発しているらしく、周囲の雪が不自然に溶けている。火龍であるカルメンからすればその程度問題にならないが、それでも鬱陶しいものは鬱陶しい。


「御影が連れってたからのぅ。なら、問題ない」


「鬼の姫に、あの子の何が分かる?」


「そして、アレは天津院御影じゃ」


 それは簡潔に。

 見れば分かるものを態々指摘する様に告げられる。

 いっそつまらなさげではあった。


「お主は知らんだろうが、御影とフォン、それにウィルやトリウィアに勿論アルマ様も含めてじゃが。あの5人の繋がりは大したもんでのぅ。加えて御影は大したもんだ。アレならばフォンを正しく導くじゃろ」


「根拠はあるのか」


「ワシ、これでも学園の生徒会長ぞ? 下の学年二つが頼りになり過ぎるせいでいまいち信頼と威厳が無い気もするが、それでも後輩のことは見ておる。なので、心配ない」


「…………ぬぅ」


 断言されてしまえばシュークェは何も言えない。

 それを見ながら思う。

 シュークェは頭が良くない――というよりも、鳥人族の常として思考が飛翔と、彼の場合武芸に占められているのだ。

 他人の心や考えというものを察する余裕もない。

 そして何より、フォンとは3年間の断絶がある。

 同郷ではあるが、しかしそれだけだ。

 大きく変わってしまった今のフォンのことは何も分からないのだろう。

 誰よりも鳥人族でありながら、鳥人族とはかけ離れてしまった少女ことを。


「このシュークェ……無力を禁じえん……!」


「落ち込む姿まで暑苦しいのー。心配するのはいいが」


 干し肉を齧りながらカルメンは周りを見回した。

 顔見知りが何人もいるが、落ち込む時まで熱を発しているシュークェへの反応はない。

 普通に過ごしている。

 彼もまた数年この地で修業したので慣れたものなのだろう。


「やれやれ……なんだかのぅ。ワシもエスカ連れてきてお爺様に会わせればよかったか―――」


 愚痴を吐きながら視線をずらした。

 何気ない動きだ。

 

 そこに、異物がいた。


「――――」


 スーツ姿の男女だった。

 片方はブラックスーツにノーネクタイ。

 片方はジャケットはなくベスト姿。

 ガラの悪そうな水色の髪と品の良さそうな金の髪。

 カルメンから見て正面、シュークェの向こう。

 その二人はいつの間にか広場に現れていた。


「―――さて」


 男が呟いた。

 同時、周囲に出現したのは燃える円盤が二つ。

 認識した瞬間、それが射出された。


「――――!」


 カルメンは思考よりも先に体が動いた。

 全身を瞬発させ、体を押し出す。

 まだ背後から来る火円に気づいていないシュークェを蹴り飛ばし、


「龍爪よ……!」


 両腕を変容させる。

 肘から先が真紅の鱗に包まれ、五指の先にある爪が鋭く伸びた。

 人ではない。

 龍の体。

 鱗は数百度の熱でも形を変えず、爪は鋼鉄であろうと容易く切り裂く。

 龍人種とはアース111において最も強靭な生命体である。

 神であるエウリディーチェに近しい生命体であり、そしてカルメンはその孫である直継。

 ただ腕を部分的に本来の姿にし、振るうだけでその他の種族の大半を凌駕する。

 膂力において亜人種では鬼種が最も優れていると言われているが、それは龍人種を例外としたもの。あらゆる能力において他種族から隔絶している。

 事実、彼女が両の爪を瞬発させた瞬間音速を超えた。

 変化の余波により腕は熱を灯し、爪の軌跡の空気が発火する。

 火龍である彼女が腕を振るうということは衝撃であり斬撃であり、そして炎熱にて敵を屠るのだ。

 二人組の出現も迫る火の輪も完全に唐突であり奇襲だった。

 カルメン自身、それがなんなのか理解していない。

 だが迫る脅威に対して迎撃は行われている。

 行った。

 そして。


「――――


 燃える輪は龍の爪も鱗も、あっけなく粉砕した。






「なんだ!?」


 シュークェは驚きの声を上げざるを得なかった。

 突然カルメンに蹴り飛ばされたと思い、振り返ってみれば。

 火の輪が彼女の両腕を打ち砕いていたから。


「在りえぬだろう……!」


 シュークェにとって二つの不理解があった。

 そもそもこの≪龍の都≫で、その主にして神であるエウリディーチェの孫のカルメンが攻撃されているということ。

 そしてそのカルメンが迎撃を行い、あまりにも容易く腕を砕かれていたこと。

 在りえない。

 龍人の体がこんな簡単に傷つくはずもない。

 3年間、この地で修業をした彼は龍人種の強度をよく知っている。

 なのに目の前の現実においては、両腕の爪と鱗を砕かれ吹き飛び、そのまま噴水へと激突した。


「おい兄貴、加減すんなよ」


「そうは言うがな、妹よ。あれは要注意の1匹だ。手足くらいもいでおくべきであろう――――おや?」


 のんきに会話する二人に、しかし襲い掛かる影があった。

 龍だ。

 しなやかな胴体から飛沫を纏う蛇型水龍。

 巨大な四つ足と鈍色の甲殻を持つ獣型地龍。

 鋭く発達した翼で持ち舞い上がった鳥型風龍。

 3体の四つの足と翼を持つ龍たち。

 雪原を滑り、大地を揺るがし、空気を切り裂く彼らは二人の人間の数倍のサイズがある。 

 シュークェは彼らが誰かを知っている。

 さっきまで広場にいた母親や老人、若者たち。

 彼らも状況を理解しているわけではないだろう。

 ただ、カルメンを傷つけたが故に彼らはその身を龍のものとし襲い掛かった。

 どんな事情があろうとも、龍人たちにとって姫である彼女を傷つけたことを許さないからだ。

 一人一人が最低でも500年の蓄積。

 シュークェを含め、ウィル達でも手こずる者達。

 それが、


「兄貴、こいつらは違うだろ」


「そうだ妹よ――――≪桂冠至迅アポロホイール・バルムンク≫」

 

 蹂躙される。

 それは車輪だった。

 輪にびっしりと細かい棘を持ち、燃える輪。

 先ほどと同じように出現し、今度は四つ。

 瞬く間に三体の龍の全身に轍を刻む。

 鋼よりも固い甲殻も、それ自体に粘性を帯び衝撃を受け流す水鱗も、刃のように鋭い剣鱗も。

 何もかも、一切無視して龍たちは地に臥した。


「ぬっ……!」


 そして四つの内三つが龍たちならば、最後の一つはシュークェへと。

 拙いと、直感する。

 多分これ、触れない方がいいのではないか?

 カルメンたちもあっけなくやられているし。

 拙そうにはあまり見えないが拙い気がする。

 軽い気持ちで殴ったら、あの棘が体に食い込んで腕を走るのではないだろうか。

 それは嫌だ。

 回避しなければならない。

 ならば回避をしようとシュークェは決断した。

 回避行動を取る直前、火輪が迫り、


「ホアタァッ!」

 

 反射的に殴りつけてしまった。







「むっ……!?」


 やっちまったと思った直後だった。

 良い位置に来たので本能的に撃ち落とそうとして、打撃を開始した時には全力でぶっ壊してやろう! という意気ごみで満ちていた。

 そして結果的に、


「…………そんなに痛くないぞ?」


 左程難しくなくシュークェは火輪を殴り飛ばしていた。

 

「あんだよ糞兄貴、なんで効いてねーんだよ」


「良く見るがいい妹よ。あれは翼はあるが鱗や角がない。龍人ではなく鳥人族だ」


「へぇ。いいじゃんか。トカゲ狩りより鳥撃ちのがオレぁ好きなんだよな」


「ぬぅ……なんなんだ貴様たちは! このシュークェをただの鳥と罵るのか!?」


「あ? おめぇ鳥じゃねぇのか?」


「この翼を見て分からぬか! このシュークェ、誇り高き鳥人族よ!」


「…………おい糞兄貴、なんだあれ」


「妹よ、おそらくアホなのであろう」


「ちっ、これだから畜生は嫌いだぜ」


「応えるがいい、貴様ら何者だ―――!」


「その答えは僕が教えよう」


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