サクシード・ミソロゾー その2


 フォンはずっと胸を抑えていた。

 エウリディーチェとアルマの話は難しい。

 訳が分からない。

 自分の頭で理解できるはずがない。

 なのに。

 

「―――」

 

 自分は、納得していた。

 そういうものだと、受け入れていた。

 そんな自分に、どうしようもなく戸惑っている。

 知らないはずなのに。

 知っている話を聞いてるみたいな。

 

「先祖還りと一言で言えば簡単だ。血の繋がりは、しかして全てではない。ふむ……まだ脱線してしまう気もするが興味故だ。許してほしい―――御影」

 

「はい?」

 

「お主は鬼種だ、言った通りお主の精神の在り方は始祖に近い。鬼の始祖は力こそを信奉し、しかし己を打倒したただの人間と交わったのだが。それ故に鬼種は力を優先する、そうだな?」

 

「―――は、はい」

 

 微妙に御影の顔が引きつっていた。

 多分始祖の話が気になっているのだろう。

 

「お主に問おう」

 

 だが、今は御影が問われていた。

 

「―――――力ではどうしようもない問題を、お主はどうする?」

 

「………………はぁ」

 

 彼女にしては珍しい間の抜けた声だった。

 うぅむと、彼女は髪を掻き、答える。

 

「……ただ結果を受け入れる、鬼種としてはそういうべきでしょう。力による勝利や獲得は我ら鬼種が信奉するものですが、同時に敗北や喪失も受け入れなければならないものですから」

 

「だが、お主は違うようだ」

 

「――――えぇ」

 

 半人半鬼に浮かんだのは苦笑だ。

 

「去年くらいまでだったら、まぁただ受け入れていたと思います」

 

 彼女は周囲の仲間たちを一人一人見つめ、最後にウィルに軽く唇を突き出す仕草を見せてからエウリディーチェに向き直った。

 

「ですが……力及ばなかった私を救ってくれた人がいます。自分の力でどうしようもなかったら、今の私はまず助けを請うかと」

 

 フォンは思い出す。

 彼女は確かに、受け入れていた。

 ウィルとの関係のことだ。

 彼女は何度か言っていた。

 自分は四番目だと。

 それは戦闘力においてアルマ、フォン、トリウィア、御影において自分が一番弱いと思っていたから。

 だから彼女はウィルに最後の一線を自ら踏み出すことはなかった。 

 けれど聖国において、権謀術数に囚われた彼女をウィルは救い、御影は自ら定めていた一線を超えた。

 それを、フォンはどう思っていただろうか。

 

「―――良い答えだ。お主は祖に似ているが違う」

 

「えぇ、私は天津院御影ですので」

 

「うむ。ではトリウィア」

 

「……はい」

 

「お主にも聞きたいことがある」

 

 言ってエウリディーチェは僅かに片目を開いた。

 白と黒の日蝕眼。

 

「余は人の運命やそのものがどのような業を背負っているか見ることができる。お前は、少々厄介なものを持っているな」

 

「……えぇ、自覚はしています」

 

「うむ。――――では、その業に従いこの世の全てを知ることができるとしたら、どうする?」

 

「…………はい?」

 

「言葉通りだ。もしも、目の前にこの世の全てを知り、自らが定義できるとしたら、お主はそれを飲み込むか?」

 

「――――」

 

 トリウィアは蒼と黒の目を見開いた。

 

「…………うぅん」

 

 それから少し唸り、煙草を携帯灰皿に捨て、新しいものを咥え火をつける。

 煙を吸い、吐き出し、

 

「…………意地悪な質問ですね、エウリディーチェ様」

 

「すまんな。答えはどうだろうか」

 

「断りますよ」

 

「ほう」

 

 そっけない、ともすれば少し乱暴な言い方に、しかし龍は笑みを消さなかった。

 

「何故だ? お主の業は大概根が深い。なのに、何故拒絶する? 全てを知れば開放されるかもしれないのに」

 

「知りたくないものがあると、私は知りました」

 

 フォンは思い出す。

 あれはそう、≪建国祭≫の最中だ。

 無茶をしたウィルをひっぱたき、涙を流しながら言っていた。

 『貴方を失った気持ちを知りたいなんて思わない』と。

 或いは秋、ウィルを殺した幻覚を生み最悪だったと言っていた。

 

「或いは、時には自らが知ること以上に、知ってもらうことの方が満たされるということも」

 

 彼女がウィルを一瞬だけ見た。

 けれどその一瞬だけで満足したのか、笑みは深まっている。

 確か、ウィルとトリウィアが結ばれた時にした話だとか。

 その話を聞いた時、フォンはどう思っただろうか。

 

「だから、不要です。私の呪いは、祝福でもあります。開放されたいとは思いません。ずっと付き合っていく、私自身です」

 

「それがトリウィア・フロネシスだと」

 

「えぇ」

 

「うむ、理解した。お前は実に人間らしい。恐ろしく傲慢であり、そしてたまらないほど真摯だ」

 

「…………どうも?」

 

「ふふふ」

 

 褒められているのか貶されているのか微妙なところだったが、エウリディーチェ的には褒めているらしかった。

 慈しむように何度か声を漏らし、また視線が移動する。

 僅かに片目が開かれ、

 

「ふむ」

 

「…………なんでしょうか」

 

 その先はアレスだった。

 

「お主は、変わった縁を持っているな」

 

「―――」

 

「何も言わんでおこう。お前に対してはそれが良さそうだ」

 

「………………そうは言われましても」

 

「しいて言うなら、巻き込まれがちだな。人付き合いが良いのも考えものか、もう少し楽しむと楽になれるぞ?」

 

「………………」

 

「……くっ」

 

「誰ですか今笑ったのは――――全員じゃないですか!」

 

 いやこれは笑う。

 全員数秒俯いて震え、アレスはいつものように唸っていた。

 多分、そんないつものようにとか言ったら怒るんだろうが。

 

「ま、この様子なら心配ないであろうな。……後は、そうさなウィル」

 

「はい。……僕にも何か?」

 

「うむ」

 

 片目を開けたままの彼女は頷き、

 

「ふむ?」

 

 首を傾けた。

 

「お主、ダンテの息子であろう?」

 

「は、はい」

 

「―――――――その割には気が多いな。御影にトリウィアにフォン、魔術師殿。特に御影とトリウィアは肉体関係もある感じだ」

 

「―――――ぐぅ」

 

 

 

 

 

 

3107:1年主席天才

wwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww

 

 

3108:ノーズイマン

何笑ってんだよ!!!!!!!!!!





 

「こほん。少々ぶしつけだったな。うん、カルメン、御影、魔術師殿。笑いを止めてやれ。トリウィアも、無表情で体を震わせるな、少し怖いぞ。フォンとアレスが引いておる。シュークェ、暴れたら追い出すぞ」

 

 その場が落ち着くまで10分ほどかかり、4人ほど笑い死に掛けたり、ウィルがいたたまれなさ過ぎて死にそうになった。

 

「何の話だったか。……そうだ、血筋の話だな。血統が全てを決まるわけではない。御影は先祖還りではあるが、しかし別価値観を持つ。逆にトリウィアは余が愛した人の在り方を持っている。単一の存在でありながらしかしそれだけではない。ウィルは……うん、ウィルにも自分の道があるだろう。だがフォン、お前の場合は祖に近すぎるな。それ故に、お前は飛べなくなったのだ」

 

「……どういう、ことですか?」

 

「フォン、お主に聞こうか――――お前は、飛べなくてもいいと思っているのではないか?」

 

「―――――」

 

 どくんと、心臓が鳴った。

 飛べなくてもいい?

 鳥人族の自分が?

 空に生まれ、空に生き、空に死ぬ種族が。

 そんなの、

 

「―――ありえませぬ、エウリディーチェ様!」

 

 シュークェが吠え、立ち上がる。

 今度ばかりは彼もふざけていなかった。

 いや、シュークェ自身は真面目だったけれど、これはある意味必死さを伴っていたのだ。

 

「我ら鳥人族にとって飛べぬということは死を意味します! それなのに、このフォンが! そんなことが―――!」

 

「落ち着け、シュークェ。言ったであろう。鳥人族の祖は人と交わり、地に降りたと」

 

「―――」

 

 彼女はただ、フォンを見ていた。

 或いはフォンの中にある古の同胞か。

 そしてフォンは何も言えなかった。

 だって、否定できなかったからだ。

 そうだ。

 最初、確かに戸惑った。

 だけど、その後は?

 自分は、翼を取り戻すことを願っていたのだろうか?

 

「お前はアレに近すぎるな。何よりも空を愛し、飛翔と定義され、太陽を背負う神鳥≪ジンウ≫。やつは自らの意味を、しかし人を愛したが故にその翼を捨てたのだ。飛べなくてもいい、と自らが断じれる永遠の止まり木を見つけた故にな」

 

「―――――ん?」

 

 思わず、声が漏れた。

 おや、と。

 何やら、妙な話に行っていないか?

 

「もう一つ聞くが、フォン。お前は歌を歌いたくならないか? そうさな、ウィルといる時だ」

 

「えっ……えぇと、はい?」

 

「――――ごほっごほっごほっ!?」

 

「え、どうしたのトリウィア!?」

 

「いや、えと……その……えぇ……? そ、そうだったんですか? ……いつから?」

 

「えぇと……去年の冬? 丁度一年前?」

 

「…………………………なる、ほど」

 

 何故か急にせき込んだトリウィアの顔は引きつっている。

 あまり見たことない表情だった。

 歌。

 それはそうだ。

 いつだってウィルといると喉から零れそうになる。

 それが何かは分からない。

 

 ただ、トリウィアは知っていたのだ。

 文献が限られた鳥人族において数少ない事実。

 異性に対して求愛行動として歌を歌うということを。

 そしてそれは鳥人族でも歌い終わった者のみしか知らないということを。

 知識狂いの彼女だからこそ例外的に知っていた事実であり、種を尊重して情報として残していないことを。

 

「うむ。そろそろ結論を言おうか」

 

 エウリディーチェは頷き、

 

「鳥人族の祖≪ジンウ≫は人を愛し、地に降りた。そしてそれに極めて近い先祖還りであるフォンはその在り方を色濃く受け継いでいるのだ。神を降りたといえは神であったが故だろう。歴史は繰り返すというか、その身に眠る性質に体が引っ張られているのだ」

 

 つまり、とほほ笑む。

 これ以上ないくらい、優しい笑みだった。

 

「フォン――――お主は共にいるのなら飛べなくてもいいと思うくらいにウィルのことが大好きだから、飛べなくなったわけだな、うん。純愛だな」

 

「――――」

 

「これが答えである。随分と遠回りになったがな」

 

「――――」

 

「………………うん?」

 

「エウリディーチェ」

 

「何かな、魔術師殿」

 

「フォン、気絶してるぞ。主に羞恥心で」

 

「なんと」

 

 

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