サクシード・ミソロゾー その1

「先祖、還り……?」

 

「左様」

 

 戸惑うフォンにエウリディーチェは頷いた。

 

「亜人種は古代の人種が神と交わり生まれたものだ。数千年が経ち、血は薄れておるがそれでも稀に原初に近い性質を持つものがいる。フォン、お主はその中でも特にその傾向が強い、外見もよく似ている」

 

 それから彼女は御影を見た。

 

「御影、お主もそうだな。フォンほどではないし、姿形は違えども纏う気配は原初のそれだ。混血でありながら鬼種として強力なのはそういうことであろう」

 

「………………」

 

 御影が己の角を無意識に撫でる。

 確かに彼女は純血の鬼種と人間のハーフでありながら、その素質は純血の鬼種を上回っていた。だからこそ皇国皇位継承権第一位なのだ。

 それが祖先、それも神に近いが故に。

 急に言われて受け入れられることではなかった。

 御影にしてもフォンにしても。

 

「はい! エウリディーチェ様! このシュークェはどうなんでしょうか!」

 

「うむ」

 

 勢いよく手を上げたシュークェに対してエウリディーチェは笑みを消して頷き、

 

「ここまでで何か質問はあるか?」

 

 周囲を見回してもう一度頷いた。

 

「おや……エウリディーチェ様、もしやお耳が……?」

 

 全員がシュークェに対し、『こいつ……』という目で見た。

 エウリディーチェも面倒だが、耳が遠くなったと思われるのも嫌、という風に口を開く。

 

「……お主も、そうだ。フォンとは祖が異なるがな。火の属性や鳥人族らしからぬ体躯もそれの影響であろうな」

 

「なるほど――――ふっ、このシュークェ。鳥人族でなんか自分だけ違うなと思っていたがそういうことだったとは……!」

 

「ちょっとお主黙っておれ」

 

「えっ……?」

 

 今度こそエウリディーチェはシュークェを意識から外した。

 

「…………エウリディーチェ様」

 

「なんだ、トリウィア」

 

「神が人と交わり、亜人が生まれた……というのは……そんなことが、起こりうるのですか?」

 

「おかしなことを聞くな。少なくともカルメンは余の孫だぞ?」

 

「おお、確かに」

 

「―――ですが、解りません。これまでの話を聞く限り貴女方は高次的な存在であり、人に定義されたとしても人と交わることが可能なのですか? 例え存在が神として確立されたとしても、神であるが故に、かつての人類にそんなことができるというのは納得しがたく……」

 

「星で描いた絵のことを人は何と呼ぶ?」

 

「えっ? …………星座、でしょうか」

 

「森を人々が行き交い出来た森だった空白を何と呼ぶ?」

 

「……道、です」

 

「人が国と国の境として大地に踏んだ線は?」

 

「……国境、です」

 

「うむ」

 

 彼女は苦笑しながら頷いた。

 つい先ほどもトリウィアに対して見せたのと同じ笑みだ。

 元々分かっていたことを再確認したように頷き、

 

「人種は今も昔も変わらない」

 

 なぜなら。

 

「人はあらゆるものを人のものとする。良いか悪いかは別としてな。……ふむ、なんと説明したものか。魔術師殿?」

 

「……そうだね。僕にしてもトリウィアにしても、耳が痛い話だ」

 

 振られたアルマは長く息を吐き、それからエウリディーチェを見つめた。

 或いは彼女が歩んできた歴史を想起しているのか。

 息を零しながら、囁くように言葉を創る。

 

「君たちは、人によって神となり。そして――人によって神から降ろされたんだ」

 

 

 

 

 

 

 

「どういう、ことですか」

 

「言うまでもないが、言葉というものは便利だ。僕らは未知に対し、自分たちの知識から考察し、自分たちの言葉で定義をする。……例えば、そうだね。分かりやすいのは、それこそ仙術か。ウィル、仙術を覚えているかい?」

 

「えっ、あ、はい。……亜人種の生態特徴を使った魔法、その古い呼び方でしたよね」

 

「そう、同時にこの≪龍の都≫では違うものだ。逆に言えば≪龍の都≫以外ではそうなんだ。亜人連合、或いは王国でもウィルの言ったものとされている」

 

 ならばと、彼女は人差し指を立てた。

 

「君が言ったものと、≪龍の都≫のもの―――どちらが仙術として正しいものだ?」

 

「それ、は」

 

「敢えて答えを出そう、前者が正しいと。なぜならばこの世界において大多数ものがそう認識しているからだ」

 

 ウィルは少し驚いた。

 答えそのものではなく、アルマが正誤を断言したことに。

 彼女がいつも何か教えてくれる時「この場合はこの答えで、場合による」という言い方をすることが多い。

 問題に対して絶対的なものはないという前提が見える。

 それは彼女がマルチバースを知り尽くしているからなのだろう。

 だけど今、彼女は断言した。

 

「我ながら乱暴な言い方だね」

 

 苦笑し、

 

「だけどそういうことだ。認知、認識、定義。現象に対して名前を付けるのではなく、付けた名前により定義される。あべこべだ。だがエウリディーチェのような神性はこのような乱暴な理論が適応される」

 

 エウリディーチェを見た。

 かつて愛した女の姿を取る古の龍を。

 

「不確定な存在故に、受けた定義により自己確立させた。言ったもんが勝ち……というのは流石に言い過ぎかな。多くの人がそう定め、そしてそれらもその定義を受け入れた。そして神となった。だったら、逆もまた然りだ」

 

 つまり、

 

「エウリディーチェ、彼女……彼らは人に近づき過ぎたんだろう。確定された定義が、さらに変化するほどに。数千年の時を経て、神々は人の位階へと身を落としたんだ」

 

「左様。始め人は余らを見上げていた。だが、長い時を経る中でより身近になった。人にとっても、余らにとっても。その中で愛し合う者が生まれた。それ故に神というものは人に合わせたのだ。――――そういうものが、多くなった。そして亜人が生まれたのである」

 

 ふぅ、と彼女は息を吐く。

 

「……多くの神が人と交わった。多種多様な亜人が生まれた。中には変化しなかった神もいる。今、現代に御伽噺として残っているものがそうだな。

 交わりを拒絶し、最果てに封印された火と氷の≪ル・ト≫。

 変化を受け入れながら、自らは人の大地となって微睡む≪シャイ・フルード≫。

 人を愛し、憎し、寿ぎ、憎み、その矛盾に耐えられなかった≪三鬼子≫。

 そもそも興味を持たず未だに天空に漂い続ける≪テュポーン≫。

 そして、神としての存在を保ったまま人と交わるこの余。

 代表的なのはこのあたりだか」

 

 それからアルマ以外困惑している皆にほほ笑んだ。

 

「ややこしいだろう? まぁ、今すぐに理解しなくてもいい。そろそろ本題に入ろうか、ここまで前置きだからな。フォン、お前の話だ」

 

「―――」

 

 ウィルは隣に座るフォンを見た。

 ずっと胸を抑える彼女。

 翼を失った少女。

 

「原初、鳥人族の祖はやはり空を愛した。地に足を付けるものではなかった。だがある時、やはり多くの神と同じように人と触れ合い、人を愛し、交わったのだ。――――そして、彼女は地に降りた」

 

 

 

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