ミソロジー その2
「――――おぅい」
カルメンは自分の頬、冷や汗が流れたのを自覚した。
とんでもないことを聞いている。
どんなことを隠していたのだろうか、自らの祖父は。
カルメンは自分が思慮深くはないということを自覚しているが、それでも知識がないわけではない。
流石にトリウィアやウィル、アルマみたいに実技と学科、どちらも学年トップというわけではないが生徒会会長、現3年主席として実技はトップ、学科試験でも上位3位前後当たりの成績だ。
だから宗教についても知っている。
今この世界にある最大宗教は王国と帝国の≪七主教≫だ。
次いで聖国の≪双聖教≫があり、皇国は≪神鬼道≫、それから連合では特定の名はなくとも神とした自然に対する信仰がある。
それぞれに特色はあるが、共通していることはある。
即ち、始まりに神がいて、神が人を作ったということだ。
≪七主教≫は神様が7つの色の主を生み出してそこから世界が生まれたとする。
≪双聖教≫は神様がまず昼と夜を生み、そこから七つの属性が分かれたとする。
≪神鬼道≫は鬼神が世界をかき混ぜ、そこから生命が生まれたとする。
自然信仰は神である自然が動物と人を生み、そして最後に亜人を生んだという。
それぞれに違いはあるが、神ありきで人類がある。
なのに、エウリディーチェの話が真実なら、
「人があり……神が生まれたというのか、お爺様」
「左様」
「………………うぅむ」
前提がひっくり返る様なものだ。
龍人種にとってはエウリディーチェが神であり、それが人と交わり龍人が生まれたと言われているのにそれが逆だったなんて。
視線をずらせば皆それぞれ驚いている。
シュークェは分かっているのか分かっていないのか首を傾げいるのはどういう思考なのだろうか。
アルマは何も言わず、何の感情も見せずにゆっくりとお茶を飲んでいた。
パールが来なくてよかったなと思う。
特に信心深い彼女が今の話を聞いたのなら、どれほどの衝撃を受けただろうか。
「―――言葉だ」
エウリディーチェは同じ単語を繰り返す。
「我らにとって言葉はないものだった。だが、人は言葉を以て我らを定義づけた。神、或いは火や水、太陽や雨、大地、風、龍。あらゆる言葉で我らに名を与え―――それによって我らは定義されたのだ」
●
3004:2年主席転生者
「先に言ったように、我らは曖昧な存在であった。自意識すら危うく他者との区別でさえもな。だが我らは名を得て、言葉を知り、自らがいかなるものかという定義を得た。それが個というものを生んだのである」
3005:名無しの>1天推し
えぇと……
3006:名無しの>1天推し
つまり、どういうことだ?
3007:1年主席天才
認知による存在確定、の話だね。
3008:名無しの>1天推し
あーん?
3009:脳髄
シュレーディンガーの猫ってこと!?
3010:1年主席天才
それは……また似ているようで違うというか……。
ざっくりとだが説明しよう。
いいかい?
3011:1年主席天才
アース111の神……というより上位概念存在だね。
彼らは生命と自然現象が半々になった存在だったんだろう。
自意識が薄かったというのは自然として調和をしていたからだ。
コミュニケーションは他者と理解し合うための手段だが、彼らはその理解し合う必要がなかったわけだ。
半ば自然としての現象であるが故に、世界の一部として溶け合い、均衡を保っていたわけだ。
3012:自動人形職人
僕の世界の精霊のようなものですか?
3013:1年主席天才
似ているけど、違うかな。
彼の世界の精霊がそれぞれに明確な意味・概念を持っていた。
だがこの世界ではそのあたりがあやふやだったんだろうね。
だけど、人間が言葉を以て彼らに意味を与えた。
曖昧なものが明確にされたんだ。
それに関しては分かりやすい言葉がある。
―――信仰だ。
3014:名無しの>1天推し
あー
3015:名無しの>1天推し
なんとなくなら理解できるかもしれん
3016:1年主席天才
そもそもマルチバースにおける神ってのも色々あるが基本3種類だ。
単純に生命として強靭だから神と呼ばれるか、
固有の概念を持ち、権能としてふるまうことができる現象生命。
そして、そう扱われ、信じられるが故に成立する象徴存在。
この場合、アース111はこれら三つが混ざっていると言えるだろう。
3017:1年主席天才
強靭な生命であり、同時に不確定な現象だった。
それが神として定義されることにより神となった、ということだ。
3018:名無しの>1天推し
あー、なんとなく理解できる、かも。
3019:ノーズイマン
科学畑からするといまいちピンとこんな。
哲学的つーか思考実験みたいつーか。
3020:1年主席天才
まぁ神学ってそういうものだしね。
けどまぁ……この世界、35系統も含めてやたらややこしいと思ってたけど、
その理由も理解できたな。
なるほど、確かにこれはエウリディーチェにとっては過去の出来事であり、同時に神話でもある。
●
「斯くして余らは神となり、人の世との関わりを持った。その過程は今は省くとしよう。関係ないからな。フォンとの話に関しては神代の時代の終わり頃、3000年だかそこらの話だ」
そろそろアレスは話についていけなくなったことを自覚した。
軽い気持ちだった。
伝説の≪龍の都≫。
父から行ったことはあるということだけは聞いたがそれだけの場所。
これ以上ない経験かと思って誘いを受ければ、意味の分からない高度な転移、ちょっと良く分からない性癖をしている龍の神。そして神話の話。
人が、神を作ったという。
アレスはそれほど信心深いほどではない。
それでも驚かずにはいられない。
特に王国に来る前にいた≪共和国≫は聖国とは違う意味で宗教色が強い。
多分、≪共和国≫でこんな話をすれば懲罰房行きだろう。
嘆息しつつ、周囲を見回す。
誰も彼も困惑と驚きがあり、自分も似たようなものだろう。
明確に違うのは3人だ。
アルマ、シュークェ、フォン。
アルマの表情は良く分からなかった。
クラスメイトとして1年近くの付き合いがあり、生徒会に顔を出してそこそこ話しているが見たことない表情だ。
無表情に近いが、どこか遠くを見ているような、既にもう全てを理解したような。
シュークェは何故か不敵な笑みを浮かべていた。
良く分からないが想像したら頭が痛くなりそうなので放っておく。
そして。
今回、張本人であるフォン。
「―――?」
彼女もまた戸惑いの表情があった。
けれど、他とは違った。
1年生には鳥人族は数人いるが、彼ら彼女らと違い着込んだ大きめのパーカーの袖を通した手で、ジャージの胸元を掴んでいる。
それはまるで。
自分に、戸惑っているような。
「亜人の話をしよう。ここからが本題だ」
エウリディーチェはフォンを見ていた。
「亜人とはかつての人と神が交わって生まれた生命だ」
さらりと、またとんでもないことを口にし、さらに続けた。
「フォン―――お主は先祖還りであるな」
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