ナイス・トゥ・ミーツ・ドラゴン その2
「こほん。それからまだみんな困惑が抜けていないだろうし説明するが、転移に関しては成功したが、ちょっとトラブルがあってね」
「うむ。余はこの都に外敵に対する結界を張っている。それと魔術師殿の転移が反応し、そなたらは意識を失ったのだろう。申し訳ないことをした」
「いや、手順を省いて乗り込んだのは僕たちだしね。快く受け入れてくれた君には感謝をしたい」
「先ほども言ったが客人は歓迎している。このような形で訪れたのは魔術師殿たちが初めてだったからむしろ喜ばしいことだとも」
エウリディーチェはその客人たちを見回しにっこりと笑っていた。
「魔術師殿たちからそなたらの事情も聴いた。そこの鳥の娘よ」
「は、はい!」
呼ばれたフォンの体が跳ねる。
明らかに困惑し、緊張していた。
髪を下ろし、コートを羽織った彼女に対してエウリディーチェは微笑みかける。
「飛べなくなったと聞く。そしてその解決のために、余の下に訪れたと」
「ぁ……は、はい」
「安心するといい。余はその原因も、解決方法もしっている」
「!」
今度はフォンだけではなく、シュークェとカルメン、アルマ以外が体を微かに震わせた。
あからさまな反応をしなかった3人も安堵の息を吐く。
「――――ん?」
その瞬間、空気が弛緩した中でアルマはふと奇妙なものを見た。
フォンの表情だ。
彼女のそれは驚きでも喜びでもない。
困惑。
何に対してかは分からなかったが、確かな戸惑いの色がある。
気になり、中止するよりも先に思わずという様子でウィルが立ち上がった。
「ほ、本当ですか!?」
「うむ。……ふむ? ……ふむ」
頷き、エウリディーチェは眉をひそめてからもう一度頷き、
「何故そうなったは、長い話になる。老人の昔話に付き合って欲しい。これはカルメンやシュークェにもまだ話していないことだったが良い機会であろう。お前たちも聞いておけ」
「はっ! ありがとうございます!」
「マジですじゃ?」
「マジだ。…………というかカルメン、なんだその話し方は」
「ははーん、これが人里の流行ですぞ?」
「……」
エウリディーチェは黙ってアルマを見た。
アルマは無言で首を振った。
「…………………………はぁ」
「な、なんですじゃその重苦しい溜息は!?」
「いや、態々口に出すまい。そんなことより」
「そんなこと!?」
「諸君」
カルメンの叫びは完全に無視された。
「長い話になる。魔術師殿が茶を出してくれた。だが……その前に、そなたたちの名前を聞いておきたいな」
「―――――あっ!」
反応はそれぞれだった。
ウィルは赤面し、御影は何故気づかなかったのかと髪を掻き、トリウィアは己の失態から癖によるのか煙草を取り出そうとして流石に失礼かと手を止め、フォンは慌てて、アレスもまた僅かに赤面。
エウリディーチェとアルマはそんな様子を見守っていた。
転移による意識の混濁と状況に対する戸惑いのせいだ。
無理もないとアルマは思ったし、エウリディーチェも同じように思っていた。
それぞれ立ち上がりかけ、
「あぁいや。なるべく気楽に話したい。立ち上がらなくてもいい。それとそちらの人間の娘、煙草を吸っても良い。気にするな、余はその程度で怒ったり気分を害したりなどせん。ただ、名前を教えてくれると嬉しい」
「だ、そうだ」
言葉に彼らは一度顔を見合い、最初に口を開いたのは御影だった。
彼女はエウリディーチェの意を汲んで座ったまま、しかし頭は下げる。
「……天津皇国第一皇女、天津院御影です。偉大なる≪天宮龍≫エウリディーチェ様。お会いできたこと我が片角の下に感謝を。それから名乗らずの不敬にお詫びを申し上げます」
「良い良い、気にするな。鬼の姫か、良い角と覇者の気概を感じる。鬼の国の未来は明るいようだ」
「ヴィンダー帝国、フロネシス家長女トリウィア・フロネシスです。伝説に対しご尊顔を拝す光栄を」
「北の国の娘、言ったようにかしこまるな。余は所詮時代から取り残され、たまに顔を出す歴史の部外者よ。歴史を紡ぐであろうそなたに会えて私も嬉しい。どれ、煙草の火は余が付けてしんぜよう」
「えっ……あ……ど、どうも」
そこまで言われて断ると失礼になるかと思い、トリウィアが煙草を咥えれば勝手に火が付き、何とも言えない表情で煙を吸って吐きだした。
あれは多分味が分かっていないだろう。
珍しい様子にアルマは噴出さないよう我慢するのにわりと苦労した。
「えと……フォンです。私の為に、ありがとうございます」
「その言葉はそなたの友人たちに言うと良い、鳥の娘。そなたからは懐かしい風を感じる。それゆえに、今のそなたがあるのだろうが」
「……?」
「そこも含めて、これから話すとしよう。よろしく、フォン」
「は、はい!」
「はいはーい! ワシ、カルメン・アルカラ! お爺様の孫娘じゃ」
「それはもう知っている。黙っておれ」
「ではこのシュークェが!」
「それも知っている。一人称で落ちているではないか。黙っておれ」
龍の娘と鳥の男が揃って項垂れた。
アルマはもう名乗ったので残ったのは二人だ。
黒髪と赤髪の少年はそれぞれ互いに顔を見合わせ、
「…………アレス・オリンフォスです、エウリディーチェ様」
先にアレスが名乗った。
おそらく、話の張本人であるウィルを最後に回そうという配慮だ。
「ふむ」
彼女は彼の名前に小さく首を傾げた。
「ゼウィスの息子か?」
「―――はい」
「そうか……歓迎しよう、偉大なる英雄の息子。結末がどうあれ、そなたの父には大戦時、世話になった」
「……そう、なのですか?」
「うむ。余も時として、この都を離れることがある。そして大戦時、我ら龍人族もまた人類として共に戦った故にな。今代のカルメンを始め、里の者を学園に送り出している以上、面識があっても不思議ではあるまい」
「………………なるほど。ありがとうございます」
「うむ」
アレスは言葉を重ねなかった。
ただ小さく頭を下げ、それをエウリディーチェも受け入れる。
そして彼女は、真っすぐに正面に座っていたウィルを見る。
それを彼も見返した。
ウィルは名乗るために口を開き、
「――――ダンテの息子か?」
「――――――――えっ?」
問いに、息を漏らした。
そして見る、彼女の右目が僅かに見開かれていることを。
黒と白の目だった。
それを斜めから見てアルマは皆既日食を思い出した。
黒の中に白く輝く真円の輪郭が揺らめき、さらにその中漆黒の瞳孔が縦に割れている。
人の目ではない。
龍の目だ。
「父を知っているのですか?」
「如何にも。名は?」
「ウィルです。ウィル・ストレイト」
「ウィル。良い名だ。顔立ちはベアトリスに似ているが髪や目はダンテのものか。同時にアンドレイアの血が目覚めているのも感じる。さらには……ふむ。ここまで世界に愛された者を見るのは余も初めてだな」
「あ、ありがとうございます。え、えぇと……」
「ダンテについてか」
「は、はい。大戦に参加していたということでしたが……」
「うむ」
彼女は目を閉じ、頷き、にっこりとほほ笑んだ。
「余は―――――ダンテに子を孕ませてくれと頼んだがフラれたのだ」
ウィルは椅子に座りながら椅子の上で本当にひっくり返るという実に奇妙な芸当を見せた。
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