デミヒューマンズ その1


「ぬおおおおお許さんぞ人類いいいいいい!」


「何故急に対象を拡大したんですか!? 亜人種とはいえ貴方も人類枠ですよ!」


 一般生徒たちは正門を中心とし十数メートル離れた囲いを作っていた。

 野次馬だ。

 1年から3年を問わず、それでいて亜人種の割合が多い。

 冬休み、王国出身者の大半はまだ帰省中であり、三週間程度の休暇では遠い亜人連合や皇国出身者は学校に多く残っていたからだ。勿論、同じく帰省には時間がかかる帝国や聖国出身の人種もちらほら。

 鼬の頭部を持った獣人もいれば、肌に鱗を乗せた魚人もおり、人種の半分程度の身長のハーフリンクもいれば、同じ背丈でどう見ても中年のドワーフ、さらに隣には見目麗しいエルフも、その背後に制服の袖や腹周り部分を切り落とし、腰から羽を生やす鳥人種、隣に二メートル近い長身と額の二本角を持つ鬼種の男子。 

 王国では珍しい、しかし学園では珍しくない光景だ。

 アクシオス王国は各国の中心地点に位置しており、そして現在の国際交流の中間地点、さらに学園は世界中の将来有望な者を集めているので世界中で最も複数種族が集まる場所である。

 そんな彼らはよく分らないコント染みた侵入者と二年主席のやり取りを見ていた。

 

「―――ふぅ」


 そして小さな、けれど周りに良く響く吐息を聞く。

 1年主席だ。

 銀髪の少女は小さく顎を上げ、呆れ。


「ウィル」


「――――はい!!」


 2年主席が虹の刀を構えた。


「おぉ……」


 野次馬が僅かにどよめき、


「学園名物1・2年主席カップル……!」


 3年の犬耳の獣人男子が噛みしめた。

 隣の喉に鰓を持ち、背に鮫の鰭を持つ半裸の魚人族も頷く。


「俺ぁフロネシス研究員に去年賭けてたけどまさかこうなるとは思っていなかったぜ」


「ふん……俺も……我らが姫君が単独優勝でストレイトどころかフロネシス先輩やフォンもまとめて食らうと思っていたしな」


 巨躯の鬼種が頷き、


「ふっ……甘いわね先輩方! 私たちの! 私たちのクラスメイトのスぺイシアさんが強いのは言うまでもない!」


「そうよ! いつもちょっと小言を言いつつ最後まで面倒を見てくれて、分かりやすい解説をしてくれるんだから!」


「たまに廊下でストレイト先輩と通り過がった時、小さく手を振るのが可愛いのよ!」


 アルマのクラスメイトの3人、王国生まれの人種と皇国出身の鬼種と帝国出身の貴族の娘が続き、


「ティル珊瑚アンゼ! 三学期は宿題手伝わないからな! あと野次馬うるさいぞ!」


 前方アルマが振り向いてキレていた。


「勝手に仲間割れとは! 醜いな……!」


「去年あたりからわりとこういうノリの学園です!」


「許せんぞウィル・ストレイト!」


 赤翼の男が大きく翼を広げ、その背から陽炎を生み出す。

 ウィルは少し眉を潜めて振り向かず声だけ背後に問う。


「アルマさん、この人なんか凄い自分ルールに生きててやりにくいんですが」


「ふむ……つまり御影みたいなものだろう」


「…………なるほど!」


「ははは―――――ウィル、後で耳裏一時間だ」


「……」


 御影の一言に彼は一瞬動きを止めた。

 

「うおおおおおおおお隙ありだぞ人類いいいいいい!!」


 次の瞬間、シュークェが翼をはためかせ突撃した。

 






 ウィルとシュークェの交差をアレスは見ていた。

 野次馬からさらに離れ、街路樹に背を預けながら息を吐く。

 一瞬だった。

 鈍い音がし、


「うおっ!? なんだ!?」


 隣、背の低い金髪碧眼と王国の南西出身故の薄褐色の肌を持つエスカが声を上げる。

 アレスを含め、彼が見たのはウィル・ストレイトとシュークェが地上付近で激突し、


「流石二年主席、あのうるせぇ鳥野郎を一撃で切り捨てたぜ!」


 彼の言う通りのことが起きた。

 炎を纏い突進したシュークェをウィルが虹刀による振り上げカウンターで撃ち、地面に墜落した。

 かなり上手く、それでいて狙って打ち返したのだろう。

 シュークェは正門の外まで地面を削っていた。

 それを見て、アレスは少し変な気分になった。

 鳥が地を滑るというのは慣れない。

 アレスの知る鳥はいつだって地を蹴り、空にはばたくのだから。


「んー? 斬ったって感じじゃなくない?」


「あん?」


「……おや」


 首を傾げたのは、野次馬から離れアレスやエスカと共にいたクラスメイトだ。

 茶の髪をカールさせた人種の彼女は顎に人差し指を添えながら言う。


「私戦闘系じゃないからよく分んないけど、斬撃の音じゃなかったよね。打撃の音だったよ」


「マジ?」


「そうだよね、オリンフォス君」


「えぇ。……良く気づきましたね」


「私、楽器の推薦で学園に来てるしね。耳は良いつもりだよー」


「はー……つまり……峰打ちか!?」


「いえ、ストレイト先輩、刃の方で翼の付け根殴ってませんでした? 峰打ちではないかと」


「なにぃ!?」


「……えぇ、そうですね。僕もそう見えました。良い眼です」


 付け足したのは赤茶色の髪から白い触覚を二本生やし、両手を白い甲殻で覆った甲殻系魚人族クラスメイト。

 確か彼女は、


「ほら、私は絵で推薦貰ったシャコ系なので動体視力は自慢ですし。絵とか漫画とか、細かい動き目で見て覚えて書いたりとか。まぁ戦闘力はいまいちですけど」


「それでも大したものです」


「へへへ……オリンフォス君に褒められちゃいました……ご褒美にやっぱジャケットくれませんか?」


「嫌です。オーダーですから」


「ちっ……」


「行儀悪いなおめー」


「何も気づけなかった分リーリオ君が減点かな……」


「この人口だけはいっちょ前ですからね。なんでそんな人と生徒会長がダンスしたのは意味わからないんですけど。ちょっと詳しく教えてくれませんか? 本にして売ります」


「言うわけねぇだろ!」


「それでオリンフォス君、ストレイト先輩はどういう動きだったの?」


「………………あの人は優しすぎますね」


 嘆息しつつ、アレスは答えた。

 

「カウンターの一撃はあの話を聞かない鳥人族の翼の根本に入りました。構造上、鳥人族の弱点ですね。凡そあらゆる能力が飛行に特化した彼らですが、それゆえに翼は最大の武器であり弱点。そこを殴ったというわけです」


 ただし、


「行動不能とするなら、斬れば容易かったでしょう。なのにあの人は刃を立てなかった」


「土属性とかの防刃魔法かな?」


「さぁ……あの人のあの刀も良く分からないですからなんとも。ただ、先輩は鳥人を行動不能にさせつつ、しかしその誇りである翼を断つことはなかった。……全く嫌になるほど優しいですね」


 彼ならば翼をどちらも両断することも容易かっただろう。

 ウィルたちが現れなければ自分がそうするつもりだった。

 それをしなかったということは話しを聞かない謎の不審者である男を気遣ったということだ。

 軽く呻きを上げなら、刀の柄を撫でる。


「……? なんですか」


 ふと気づいたら3人が3人とも黙ってこっちを見ていた。

 特にシャコ系魚人の彼女の鼻息が妙に荒い。

 

「オリンフォスさぁ」


「はい」


「普通そういうトーンのセリフって、甘いとか手ぬるいだよな」


「はぁ」


「おめー、ストレイト先輩のことめっちゃ好きよな」







「ん……?」


 野次馬を守る様に立っていた御影はさらに後方に生えて来た街路樹が悲鳴と紫電と共に伐採されたのと遠くに見た。

 ついでに照れ隠しー! という叫びも。

 よく分らないが楽しそうなのでヨシとする。

 そして、


「とりあえず一件落着か?」


「えぇ」


 隣、煙草を蒸かすトリウィアが頷く。

 彼女も一応、野次馬に被害を出さないように片手で銃を緩く持っているが、


「ウィル君、刀の使い方も慣れてきましたね。翼の付け根への強打。音からして確実に骨格を砕きました。片翼ではバランスが取れず飛行ができない、つまりは戦闘不能ですね」


「鋭いが、脆い生き物だな。フォンなんか攻撃が碌に当たらないのだが」


「まぁ……私の第二究極魔法による時間加速でも捕らえられないんですから速度域おかしいですよね」


「究極魔法3つも持ってる先輩殿も大概だ」


 だが、ウィルが不審鳥人の翼を断たなかったのは、


「フォンを気遣ったんだろうな」


「えぇ」


 トリウィアは煙を長く吐きだす。


「飛べなかった彼女が目を覚ましたら、翼を断たれた同胞がいるのは忍びないですからね」


「ふふん、相変わらず甘い男だ」


「そこは優しいでもいいでしょうに」


「鬼種的に言うと全殺しが基本で8割殺しが優しい、だ。行動不能は大体3割殺しなのでちょっと甘い判定だな」


「蛮族……」


 種族的な価値観の差からちょっと引かれた御影は笑みを浮かべつつ、前方を見据え直す。

 御影とトリウィアの少し離れて野次馬の守りを準備し、ついでにクラスメイトに絡まれているアルマが待機しており、その先に極虹鍵を背に回したウィルがいる。

 あの虹の黒刀は鞘がないが、柄と刀身の半ばに魔法陣が展開している。それが彼の背に追従し浮遊しているのだ。

 便利な刀だ。

 自分の大戦斧は愛用だが、持ち運びの難がある。

 そのあたりどうにかしたいと思いつつ。

 彼女は見た。


「ウィル!」


「ウィル君!」


 気づきは隣のトリウィアも。

 アルマもまた、クラスメイトたちを下がらせた。

 ウィルもまた背の刀を握る。

 なぜなら、


「ぬおおおおおおおおおおおおお!!」


 雄たけびと陽炎を立たせながらシュークェが飛び上がったからだ。

 火の勢いは強い。

 空気が揺らめくどころではなく実際に翼が燃えていた。

 一気に十メートルほど上昇し、ウィルを見下ろす。


「フハハハハ!! 我こそは≪不死鳥≫のシュークェ! 貴様の斬撃なんぞ一瞬で治るわぁ!」


 燃える翼で空を掴む不死鳥。

 片翼が砕かれたはずなのに。

 斬撃ではなく打撃であることは気づいていないようだが、


「……どういうからくりだ? 鳥人族の翼が砕かれて飛べないはずだろ」


「ですね……私たちも出ますか?」


「……」


「御影さん?」


「いや」


 鬼の姫は少し笑い、


「これまでの先輩殿なら興味深いとかもっと知りたいとか言って突っ込んでいただろうと思ってな」


「…………貴女は変わりませんね」


 帝国の才女は煙を吐いた。

 

「行きますか」


「いいだろう―――アルマ殿! 助太刀に入る、ちょっと妙だからなあの鳥人!」


 声を張れば、少し離れたアルマが手を振ってくれた。

 これでいいだろう。

 そう思い、トリウィアと共に一歩踏み出そうとし、


「――――ん?」


 二人を追い越して走り抜ける背中を見た。

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